第70話 精鋭

 〜 side マンデイ 〜


 『ゴマが先頭を走って。ハクは右翼、フューリーは左翼。ファウストが行ってない場所を探す。敵はそのつど、増えるまえに倒して囲まれないようにして』

 (うむ)

 『ゴマとハクは通信を送り続けて。通信圏内に入ったらなにかしらの反応があるはず』

 『『joゆejdお』』


 ファウストは初動で王城周辺に。


 ならばこちらは敵の手を逃れていた可能性を前提に動くのがいい。路地裏、建物の陰、宿屋。ヨキとリズベットの行きそうな場所を。

 

 兵士がいる。


 問題はなさそう。普通の人間にゴマの装甲は破れないし、ハクをの動きに反応できない。


 これならまとまって動くより距離を開いた方がいい。その分通信範囲が広くなるから。


 『お互い通信圏内ギリギリに広がって。対処できない敵がいた時、通信機に反応があった場合にのみ通信する』

 (心得た)『『joゆejdお』』


 そのまま首都シャム・ドゥマルト内を走る。通信に反応はない。兵士も一撃で沈む者ばかり。


 上空からときの声が聞こえてくる。見上げるとファウストとムドベベが戦闘をしていた。


 手助けをしたい、けどきっと届かない。


 (不安かのう)


 とフューリー。


 不安じゃないと言えば嘘になる。


 ファウストは甘い。いつも他人の痛みばかりを気にしてる。きっとファウストがたくさん苦しんできたから、共感してしまうんだろう。


 ファウストのそういうところが好き。でも甘さは、どうしても戦いの邪魔になってしまう。悩みながら放つ攻撃に重さはないから。


 でも。


 『大丈夫』

 (ほう)


 でも大丈夫。ファウストは。


 『強いから』

 (あれも代表者だからのう)

 『うん』


 しばらく探索を進めていると。


 『delもeyn』


 ゴマから通信が。


 内容はわからない。でもなんとなくの雰囲気でわかる。


 良いことじゃない。なにか悪いことがあった。


 『ゴマの方でなにかあった。集まって』



 ガラガラガラガラ


 

 その時、遠くから音がした。


 視線を送ると、ムドベベが魔法を使っているのが視界に入ってきた。


 荒削りで大規模な土魔法。膨大な魔力に物を言わせて発動する、アスナが嫌いな魔法の使い方。マンデイも好きじゃない。でも純粋な能力差の押しつけは、強い。


 あっちは問題ない。あれに対処できる生物はそういないから。


 建物の上を跳んでゴマの方へ近づくと、聞こえてきたのは人々の歓声と、低いうなり声。


 ゴマは……。


 どこも欠損してない。動きも悪くなさそう。


 『ゴマ、もう大丈夫。手伝う』

 

 囲んでいるのは一般市民と数人の兵士。


 市民のなかには石や花瓶を投げている者がいる。でもゴマが追い込まれたのは、きっと投擲物とうてきぶつのせいじゃない。あの程度のものがゴマを傷つけることなんて出来るはずがないから。


 だとすると、トラブルの元凶はゴマを取り囲むように広がっているあの兵士たち。


 数は六人。いずれも軽装、武器もない。


 どうやって戦うんだろう。わならない。


 でも想像はつく。あの装備で出来るのは魔法か格闘。よく鍛えられた体とゴマとの距離の近さから勘案かんあんすると十中八九格闘。


 体格は成人男性よりやや大きい程度。耐久力や攻撃力でゴマを圧倒してると考えるのは不自然。おそらく俊敏さと連携が武器。


 ならまずは……。


 民衆の一人に接近し、側頭部を殴打。トンファーを使うと殺してしまいそうだったから拳を使う。休まず隣にいた男の鼻を潰す。そして、続けざまに近くにいた巨漢の腕を折る。


 壊された人々の悲鳴を聞いて、ようやく彼らは気がついた。ここが安全な場所ではないことに。そして、私が敵だということに。


 蜘蛛の子を散らしたように逃げる群衆。そのなかを逆行して詰め寄ってくる二人の兵士。


 市民を攻撃されて冷静さを失っているのか、動きが単調。


 トンファーを抜き、すれ違いざまに膝を叩く。確実に壊れるくらいの力でやったのに兵士は平然と立ち上がり、また向かってきた。


 ファウストが言ってた強化魔法だ。やけに固く、とても生き物を殴った感じはしない。


 これなら本気でやっても大丈夫そう。


 魔法で水を操作し、スーツ内で圧縮、循環させる。


 メリメリメリ、と音が鳴った。


 突っ込んで来たのは、市民を殴った時に真っ先に反応した男。


 他の兵士がフォローに入ろうとするが、一人はフューリーに引き裂かれ、一人はハクに氷漬けにされていて、一人はゴマに取り押さえられてた。


 敵の真ん中には長身の女。立ち回りをからリーダーと思われる。


 女はとっさに判断し、ゴマに取り押さえられた兵士のフォローへ向かった。


 その判断は正しい。


 引き裂かれた人間は助からない。氷漬けにされた人間は生死不明。なら、最も確実なところから手を出す。


 選択肢の一つとしては、間違ってない。


 敵勢力のなかでも比較的冷静な者は、周囲の異変を気取り、動きを止めた。でも頭に血が上った兵士は止まらない。



 メリメリメリメリ



 単調な相手は楽。周りが見えていない相手も、目的が判然はっきりしてる相手も楽。


 でも一番楽なのは怒ってる相手。


 どう動くのかが手に取るようにわかる。体重移動、呼吸、りきみ。


 私は、ただ足を置くだけ。


 この人たちはもっと命を大切にするべきだと思う。こんな風に突っ込んできたら……。


 足払いで宙に浮いた体を掴んで、腹に膝蹴り。痛みで丸まった背中にかかとを落とし、トドメに頭部にトンファーを打ち込んだ。


 兵士は少し痙攣けいれんした後、動かなくなった。


 熱くなったら負ける。焦ったら負ける。欲をかいたら負ける。


 勝ちたかったら、ただひたすら相手を壊すことだけを考えたらいい。


 動ける敵はあと二人。リーダー格とさっき攻撃を止めた兵士。


 地面を蹴ろうとした瞬間、女が叫んだ。


 なにを言ったかは聞こえなかったけど断末魔のようだった。



 パリンッ



 氷漬けになっていた兵士が自力で氷を割る。ゴマに抑えられていた兵士も強引に抜け出した。


 敵の力が急に強くなった。動きも格段に良くなっている。そして兵士はみな似たような表情をしていた。血走った目、荒い呼吸、憤怒の形で固まった顔の筋肉。


 ファウストが言ってた付与かもしれない。


 『フューリー、デ・マウは』

 (動きはないのう)


 とすれば、これは敵のリーダーの能力の可能性がある。女の叫びがきっかけと考えるのが自然。でもここまで温存した理由がわからない。なにかわけがあるはず。


 仲間が二人殺されないと発動しなかった。他もゴマとハクに捕獲されているという危機的状況。もっと序盤で使ってたらここまで状況は悪くなってなかった。


 ……。


 リスクがないなら序盤で使ってきたはず。この技にはなにかデメリットがある。それも致命的な。だから追い詰められるまで使えなかった。


 だとすれば。


 『ゴマ、守ることだけを考えて。ハク、ゴマのフォロー。フューリーはまえに。相手の能力を確かめる』


 メリットとデメリットをしっかり見極める。壊すのはその後。


 指示の途中から相手はもう攻撃してきたけど、付与前の方が戦ってて面倒だった。


 確かに女が叫んでからは兵士が俊敏になった。打撃も重い。体そのものが強くなってる。でもより単調。簡単に読める。


 なのにフューリーは何度も被弾している。ちゃんと見てれば対処できるのに。


 『相手を見て。足の運び、呼吸、目の動き、拳の握り。どう動くかわかる。一発一発が重い。もらい続けないで』

 (簡単に言うがのう)

 『言い訳しない。ファウストならやる。戦いのなかで学び、実践する』

 (むむむ)

 『この女だけは気をつけて。すでに冷静さを取り戻してる』


 最初はただ闇雲に殴ってくるだけだった。でもいまは目線を使ったフェイント、味方の位置を把握するための視線の切り替えとフォロー、指示出しを完璧にこなしてる。他の兵士とは明らかに違う。


 フューリーが攻められてる。ゴマとハクが捕まるのも時間の問題。このまま続けば誰かが負傷する可能性がある。


 数を減らさなきゃ。


 『フューリー、守って。一人、確実に壊す』

 (うむ)


 あの女はすぐには壊せない。


 なら……。


 ゴマと向かい合っていた兵士に後ろから飛びつき、首を締め上げる。でも力が強く、思うようにいかない。


 女がフォローしにくるがフューリーに遮られた。このままだと時間がかかりすぎる。別のアプローチをしなくちゃ。


 腕が邪魔。これがあるから締められない。


 スーツの操作をして、相手の腕に自分の腕を絡ませる。



 メリメリメリメリ



 ゴリッ



 相手の肩の関節が外れた。


 確かに壊したのに、なんの反応もない。痛みを感じないみたいだ。


 外れてない方の相手の腕を利用して三角締めに。強化をされていても、急所はおなじみたい。相手の力が徐々に抜けていくのがわかる。


 意識を失った時点で攻撃を止めてもいい。でも、いま仕留めておかないと後で脅威になる。この兵士は、強い。


 相手の力が完全に抜けた後、軽く首を捻った。


 命が終わる、音がした。


 これで相手は三人。


 「あぁあ、もう疲れちゃった。休憩〜」


 !?


 女が呑気に伸びをする。残った二人の兵士も、はぁ、と深い溜め息をついて離れていく。


 なに?


 突然の出来事に、うまく反応できない。ゴマもハクもフューリーもその場で立ち尽くし、お互いの顔を見合わせている。


 あまりにも無防備すぎる女と兵士。といって無闇に責められない。罠かもしれないから。


 いままでギリギリの戦いをしていたのに。どうして急に休む。わからない。なぜ。


 「ねぇ、お嬢ちゃん。強いね〜。そのワンちゃんも大したもんだ。ねぇねぇ、オバさんと一緒に戦わない? 仲間になるの。あなたなら伸びると思うわ。給料は良いわよ? 大切な私の部下を殺したことも大目に見てあげる。どう?」


 相手がなにを考えてるかわからない。なにが目的だ。


 「どうして戦わない」

 「さっき言ったでしょ。疲れたって。昨日も変な奴と戦ったのよ。オバさんもうクタクタ。ゆっくり休みたいわ〜」


 休ませない方がいい。また付与をされるかもしれない。やるならいま。でもわからない。なにを狙ってる。


 (やるか?)

 『まって。狙いがわからない』

 (確かにのう)


 女は大きな欠伸あくびをする。


 「ねぇ強いお嬢ちゃん。将来私の部下になるかもしれないから教えてあげる。まず、一つ。素直なあなたは私になにか秘策があるんじゃないかと警戒してる。相手をリスペクトするのは良いことよ。奥の手を警戒しながら動かないと命がいくつあっても足りない。けど憶えておきなさい。どんな状況でも殺し合いの場で相手の話を聞いちゃダメ。もう一つ。あなたは賢い。戦い方も理知的でスマートだったわ。だからいまも考えてる。私の狙いはなんだろうって。オバちゃん、優しいから全部教えてあげる。もう奥の手なんてないわ。スッカラカン。そして、オバちゃんの狙いはね」


 さっき息の根を止めた兵士がムクムクと起き上がってくる。瞳に光はない。口からはよだれ。獣のようなうめき声をあげている。


 「時間稼ぎなの」


 やられた。


 動く死体。ドミナ・マウだ。


 「ちょっと遅いわよ、根暗! 私の可愛い可愛い部下が三人も殉職しちゃったじゃない!」


 と、女。


 すると、いま起き上がった死体が口を開く。


 「俺の……手駒が増え……た。感謝す……るぞ。ユキ」

 「あんた後で私に殴られなさい」

 「ククククク。構わ……んぞ」


 建物の陰からゾロゾロと湧いてくる死の兵士。こんな数、一体どこから。


 その時、遠くで大量の羽音がした。見ると空を覆うほどの飛竜が飛んでいる。向かい合うのは大きな鳥と、翼をもった人。


 この数は厳しい。ポジションもよくない。


 状況が悪すぎる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る