第65話 潜入 王都 Ⅳ

 『ヨキさんと長く話したかったので新しいドローンを造ってました。こんな深い時間になって申し訳ない』

 『俺の方は別段話すことはないのだがな。ちょっとまってろ。リズベットを起こす』

 『えぇ、まちます。ちっ、またアイツだ』

 『アイツ?』

 『無駄に強い竜騎士がいるんです。適当に相手をしながら通信するので、出来るだけ早くお願いします』

 『あぁ』

 「おいリズベット。起きろ」

 「ZZZzzz」

 「おい! ファウストだ」

 「ZZZzzz」


 面倒な奴だ。なにをしても起きないくせに、起こさないと腹を立てる。


 しょうがない。


 手で口と鼻を塞ぐ。するとリズベットはモゴモゴと口を動かした後、あろうことか俺の指を噛もうとしてきた。


 「おい! いい加減にしろ! ファウストだ!」


 リズベットはバッと体を起こして、俺を睨みつける。


 「どうして口なんて塞ぐんですか! ひどい! もっと優しく起こしてくれてもいいじゃないですか!」


 ならすぐに起きろ。


 「ファウストが来た」

 「あっ、はい」


 どうも俺の周りには面倒な奴が集まってくるようだ。最悪の寝起きの悪魔、口うるさい鳥。


 『リズベットが起きた。なんの用だ』

 『なんの用じゃありませんよ! オキタとはてっきり接触して平和的に交渉するものだと思ってました。どうして全滅なんてさせたんですか? 危ないじゃないですか!』


 そうくるだろうな。過保護鳥。


 『お前に一つ言っておかなくてはならんことがある』

 『なんです? うわっ、ちょっとまって。コイツ……』

 『無事か?』

 『問題ありません。嫌な戦い方をしてくるんです。飛竜の扱いがうまい』

 『通信できるのか?』

 『大丈夫。早く話してください。どうしてオキタたちを皆殺しにしたんです?』

 『ファウスト、お前はオキタに実力を示し、信頼され、情報を得る。それをするのに、どれほどの時間がかかると思ってる』

 『だからオキタの手下でも捕まえて毒を打って情報を引き出せばよかったんですよ!』

 『使い走りの犬がなにを知っている』

 『潜入は失敗です。危険ですのでいますぐ引き上げましょう。主様に待機してもらっているので、迎えに来ます。準備をしておいてください』


 本当にコイツは……。


 『断る』

 『なぜです!』

 『お前は勘違いをしている』

 『はい?』

 『デ・マウと戦うと決めた連中は、自らの命運をお前に賭けたんだ。

 なにもル・マウのためだけじゃない。お前に命を造られた者、生み出された者、保護された者、救い出された者、生きる意味を与えられた者、俺たちはお前のために戦い、報恩のために剣を抜くのだ。

 危険だから止めろ? それを繰り返して勝てる相手だと思っているのか? もしそうだとしたら、ファウスト、お前は救いようのないバカだ。

 お前はリズベットにこう言ったな。撃つ時はなにも考えるなと、集中しろと、反省は全部終わった後にしろと。

 ならお前はどうだ。本当に勝利に貪欲になっているのか? お前に命を賭け、付き従う者の意志に報いる働きをしているか?

 危険なぞ百も承知。不安ならリズベットとマグノリアだけでも連れて帰れ。俺は勝利のために剣を振る。

 怖いのなら部屋に鍵をかけて震えていればいい。だがいつかお前のいる部屋の扉を敵が叩くぞ。断言してもいい』

 『ここで死んだらなんの意味もないじゃないですか!』

 『いいだろう。撤退しよう。なんの情報も得ていないがそれでもいいだろう。不意打ちを食らって誰かが死ぬかも知れんが現在いまが安全だからそれでいいだろう。未知の敵に対処できずに総崩れするかもしれないが怖いから尻尾を巻いて逃げよう。いいだろう。それがお前の望みなのならな』

 『そんなことは言ってません!』

 『おなじだ。お前が知る俺が、マグノリアが、リズベットが、そう簡単に死ぬと思っているのか?』

 『なにがあるかわからないじゃないですか!』

 『なにがあるかわからんのは、今回に限ったことじゃないだろうが! お前は物見遊山でもしているつもりなのか? 俺たちがしているのは殺し合いだ。最後に立っていられるのは一方だけ。デ・マウは国のためにお前を排除せねばならん。お前はル・マウの贖罪、お前の未来のために戦わなければならない。双方が手を取り合って万歳三唱する結末なんぞ期待するな。今後、確かなものなど一つもないと思え』

 『ですが……』

 『お前が進むのはそういう道だ。先も見えず、足元も悪く、退路もない。お前は(知の世界)に選ばれたのだろう? 世界を救うために生み出されたのだろう? なら覚悟を決めろ。お前は死の山を越えていかねばならぬ。お前を慕う者の死も、愛する者の死もあるだろう。それでも進まなくてはならないのだ。それが嫌なら逃げればいい。だが憶えておけ。お前が逃げて築かれるのは、もっと巨大な死の山だ』

 『僕だって、僕だって好きで生まれたわけじゃない! よくわからない理由でこの世界に生まれて、いきなり命を狙われて、逃げて……。僕が望んでこんな状況になったんじゃない! なに一つうまく行かない、大切なものがなくなっていく。そんななか、ようやく出来た仲間なんです。皆と知り合って、居場所が出来て……。だから誰一人欠けて欲しくないんです! そう思ってなにが悪いんですか!』

 『甘えるな! その甘さが味方を殺すとどうして気づかん! もっと集中しろ。勝つことに。敵を退けることに!』

 『……。飛竜の対処が面倒臭いので、いったん退きます。しばらくして主様と戻ってくるので撤退の準備をしておいてください』


 ちっ。本当に救いようのないバカだな、コイツは。


 もうやってられん。


 『ファウストさん。リズです』


 ん?


 『なんです?』

 『私はヨキさんの言うことが正しいと思います』

 『そうですか。話は後で聞きます。とりあえず撤退の準備をしてください』

 『イヤです。ここに残ります』

 『リズさんまで……。はぁ。そもそもリズさんも同罪ですよ? ヨキさんを止めることが出来たはずなのにしなかった。第一王子の部下を殺すことになんの疑問ももたなかったのですか? 情報を集めるだけで良かったのに……』


 スーっと、息を吸ったリズベットが目を瞑る。


 そして……、


 『ファウストさん。後悔は全部終わった時に一緒にやりましょう。いまはすべきことだけに集中するんです。どうか私たちを止めないで下さい。情報を取ってきます。それが私たちの集中すべきこと。ファウストさんはいずれ来る決戦のために行動してください。それがあなたのすべきことです』

 『……』


 さすがは人たらし、まさか過保護鳥を黙らせてしまうとは。


 『マグノリア』

 『マグちゃん……』

 『私たちヲ、信じテ』

 『…………』


 やはり無駄、か。


 アイツのことだ、リズベットとマグノリアは連れて帰ろうとするだろう。第一王子との交渉がどう転ぶかわからんが、俺だけでやるしかないか。


 まぁ不可能ではあるまい。敵戦力をいくつか削るくらいなら。


 『あぁあムシャクシャする!』


 ドンッ


 ?


 『なにがあった』

 『すいません。ちょっとムシャクシャしたので飛竜を一頭落としました。新攻撃ギアの性能テストも兼ねて。あぁクソ! コイツだけは……。ちっ』

 『無事か?』

 『ウザ飛竜だけはどうしてもやれない。毎回おなじ乗り手なんですけどクネクネ動いて面倒臭いんです』

 『そうか』

 『ヨキさん。必ず成功させてください。リズとマグちゃんの命を預かっているということを絶対に忘れないように。リズさん、そこのアホ剣士を助けてあげてください。あなたに差し上げた武器はそういう武器です。誰も手の届かない場所、味方の死角、あなたなら完璧にフォロー出来る。集中しましょう。僕も自分のすべきことに集中します。マグちゃん。魔力の管理はしっかりしてね。決して熱くならないように、冷静に慎重に立ち回って。それと最後の要になるのはマグちゃんなんだ。危なくなったらすぐに撤退して、俺のところに来て。連絡はいままで通り三日に一回通信で。くれぐれも無理はしないように。撤退のなかには戦略的なものもあると理解してください。今度の接触で新しい洋服を落とします。また人混みのなかで魔力を変えましょう。あと、タイミングを見計らって場所を移動してください。おなじ所に留まり続けるのはよくない。以上、健闘を祈ります』

 『あぁ』『はい』『わかっタ』

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