第51話 空 ノ 主

 こうやって圧倒的強者と対面しているとルゥが怒った時のことを思い出す。


 生物としての力の差。潜りぬけて来た場数の違い。この鳥には、すべてで負けてる。


 俺のスタイルはスーツ選びと立ち回りですべてが決まってしまう。


 いま選択できるスーツは、オーソドックスな普段使い【鷹】、防御用【亀】、移動用【隼】、潜入用【梟】、ラピットフライ捕獲用【燕】、ロマン型【コメット】。それぞれにシェイプチェンジ状態があり、スーツの弱点を補完できるようになっている。


 防御用スーツは連携、味方のフォローがなければ使えない。移動用【隼】は防御面に不安があり、攻撃を貰えば一撃で再起不能になる可能性があるから無理。潜入用スーツ【梟】は速度に難があるから却下。【燕】は速度で翻弄できそうな気がするが決定力に欠けるからボツ。この巨体を網で捕獲出来るとは思えないし、決定力の低さにも難がある。【コメット】は、ロマン型だからな……。


 このように消去法で【鷹】を選択したわけだが、どうだろう。


 はぁ。緊張する。白旗も創造しておくべきだった。


 「ねぇファウスト君」

 「なんです?」

 「君がどれだけ頑張っても主様は死なないと思うから、殺す気でやっていいと思うよ」

 「そのつもりです」


 深呼吸。深呼吸。


 「あっ、あとさ」

 「なんですか」

 「死なないでね」


 生きて帰ったらお前を佃煮にしてやる。


 「そのつもりです」


 とりあえず序盤は回避重視。一撃でももらったらマズイ。相手の動きを覚えたら攻撃に転じる。


 最後まで回避には気を使い続けよう。なにがあっても避け続けるんだ。


 最終確認だ。


 攻撃ギアの変形は、問題ない。スムーズにいける。


 シェイプチェンジはもう死ぬほど試した。テンパって変なミスをしないかぎり問題はないだろう。シェイプチェンジには0.5秒ほど時間がかかる。その間、無防備になるからタイミングはしっかり見極めよう。


 【適応力】は作動する。その他の武器もよし。


 さぁ、やるか。


 俺は翼を広げて離陸。


 主様も上空へ。


 生み出す風の量が段違いだ。


 翼の動きだけじゃない。俺と同じ、風の魔法を使ってる。じゃないとあの巨体で空を飛ぶことは出来ないだろうし。


 飛んでると威圧感が倍増だ。


 空、この場所は主様のホーム。


 勝てるビジョンが浮かばない。地上にいる相手に一方的にマウントをとるために創造したフライング・スーツだ。鳥との相性は悪い。


 風に巻き込まれてバランス崩すのも負け筋。もしそんな展開になったら……、風魔法で対抗してみようか。ダメなら翼を折りたたんで、ジェット噴射の急加速で回避。とにかくあの風が直撃したら間違いなく撃墜されるか、翼が壊れる。


 まずは速度負けしないように。回避、回避、また回避。


 魔力の残量には常に気を使え。テンパるな。


 主様のくちばしが開き、女性の悲鳴のような鳴き声を上げる。



 Gyoaaaaaa!



 たのむよ。


 怖いから鳴かないで欲しい。


 開戦の合図だよな?


 うわぁ、ホントにはじまったよ。ひくわ。


 主様が上空に飛翔。


 ちょっとびっくりする位の風が生み出される。俺は周囲の風をコントロールし、主様に背を向けた。


 俺の背中には対空戦用の装備、【バック・アイ】がついている。逆光で見難いが、背を向けていても、ちゃんと捕捉できるのだ。主様って体がバカでかいお蔭で見失うリスクがないから、それだけはやりやすいかもしれん。


 そのまま飛行して距離を離していく。主様の速度は欠伸が出るほど遅い。魔力をチャージしながらでも充分離せそうだ。これは朗報。


 が、羽ばたかれると追いつかれる。呑気に魔力の回復はさせてくれない微妙に嫌なパワーバランス。


 俺が背後を気にしないから隙があるように見えたのか、主様が素直に急激に高度を下げて接近してきた。


 遅い。遅すぎる。


 こちとらいつもラピット・フライと飛んでんだ。その程度の攻撃がかわせないはずはない。


 羽を広げ減速、体を捻って進路を変え、ジェットを噴射。主様とすれ違って上をとった。


 この速度差なら回避に余裕がある。攻撃に転じてもいいかなと考えていたら、主様がその場で回転して、上をとった俺に向かって、翼を振る。


 なかなかアクロバティックなことをしてくるな。


 バカのくせに戦闘IQは高いみたいだ。


 ものすごい風圧。まるで台風。


 あわよくば主様が生み出した風を利用してカウンターを食らわせてやろうとしたのだが風の量が多すぎて、とてもじゃないがそんなこと出来ない。


 素直に翼をたたんで風を受け流す。


 さすが不干渉地帯の主。通常攻撃が重い。


 この距離では不利、と言っても近づいてしまったら死あるのみ。あの爪で握られたらどうしようもない。くちばしで突かれても腕一本くらい簡単にもっていかれかねん。


 魔法の弾を打ち出すガジェット、【マジックバレット】で牽制けんせいしてみる。まずは電気。熊くらいなら体の自由を奪うくらいの威力があるのだが……。


 ダメか。風もおなじだろうな。そよ風程度にしか感じないはず。


 このまま中・遠距離で戦闘しても勝ち目はない。こっちは普通に飛行するのにも魔力を使う。相手がこの空中戦でどれだけ消耗してくれるのかはわからないが、元々飛行する生物なのだ。続ければジリ貧になるだろう。


 滑空して魔力を充電しようとすると、すぐに距離を詰めてくるか、あの台風みたいな風を撃たれる。やはり歴戦の猛者。不干渉地帯の王。直感で俺が嫌がることを理解している。


 勇気を振り絞って接近するしかないか。嫌だなぁ。あれに捕まりたくはない。が、やらないことには、はじまらない。長期戦に持ち込むメリットも薄いし。


 落下の速度を利用して、最大火力を叩き込んでやろう。


 俺は攻撃ギアを【衝撃】に設定して高度を上げていくと、主様は逆に、高度を下げていった。


 俺たちの距離が離れていく。


 なんだ? なにをするつもりだ?


 目的は不明だが、とりあえず回避だ。避けて避けて避けきる。話はそれからだ。


 と、地面スレスレを飛行する主様の下の地面がメリメリと盛り上がってきた。


 なるほど土魔法か。


 主様が高度を上げ、俺に接近、そして鳴く。



 Gyoeeee!



 土の弾丸が一斉に俺めがけて飛んで来た。


 うえ、なんちゅう数。


 気合だ。気合で回避するしかない。


 くぅ、しんどい。


 何度も繰り返されたら、そのうちヒットする。


 いままで見たこともないようなレベルの風と土の魔法。遠距離対面は圧倒的に不利で中距離もキツイ。なにがキツイってこっちに攻撃手段がないのがキツイ。


 主様がまた高度を下げていく。土魔法がくるぞ。


 させるか。


 俺は急激に高度を落とし、アホ鳥の後頭部にそのまま……。



 【衝撃・オーバーハンド】



 その昔、フライングスーツの開発と同時進行で、魔力を様々な形に変換するギアも創造した。モデルはマクレリアがする魔力で殴る攻撃手段。


 それが魔力変換式攻撃ギア。


 ダメージは……。


 通ってるようには見えない。主様の羽毛って、柔らかいんだよな。柔らかくて固い。衝撃を吸収される感じ。


 他の攻撃ギアを試してみてもいいけれど、たぶん無駄だろうな。どれも主様の羽毛を突破できる性能はない。


 まぁ土の魔法を止めることが出来たのは評価できるか? 逆に言えば成果はそれだけだが。


 高い火力を維持しようと思ったら加速は必須。だが打つ度に急降下や加速をしてたら、頭の悪さに定評のある主様でもさすがに慣れてきて、カウンターを狙ってくるだろう。


 こうなったら、【シェイプチェンジ】からの連打しかない。高火力の連打で羽毛の耐久を上回る。


 倒せば勝ち、耐えられたらごめんなさいだ。


 俺は【鳥籠】を発動。


 ドローンを飛ばし、【マジックバレット】を風に設定。【鳥籠】の核となる発信器をスタンバイする。


 針が肉に刺さってくれればいいが、刺さらない気がする。羽毛で防がれそうだ。最悪、羽毛のなかに入り込んでくれたらそれでいいか。


 馬鹿デカい主様の体に合わせて、核とドローンの位置を調整して、と。


 よし。


 俺は低空を飛行。主様が追いかけてくる。


 距離をとられて土魔法の連発されるのが怖かったのだが、近づいてきてくれたのは助かる。さっきは土の魔法の予備動作の最中に攻撃を当てたし、それを警戒しているか?


 マジで近づきたくないが……。


 ふぅ。

 

 男は度胸。


 タイミングを見計らい、翼を広げて急激に減速。【マジックバレット・風】で【鳥籠】の核を発射、主様の背中に打ち込む。


 よし、羽毛のなかに埋まったようだ。落とされてない。


 すぐさま【鳥籠】を起動。


 ドローンが主様の周囲を飛行。一斉に電気を流す。【鳥籠】は電気の網を形成して相手を捕獲するギミックなのだが、トラップのようにして運用したり、目くらましのように使ってみたりと、結構使い勝手がいい。


 無事、主様が怯んだのを確認して急加速。上空へ。


 ある程度飛んで主様の様子を確認すると、【鳥籠】は既に半壊、ちょっと暴れるだけで俺の自信作があれだ。悲しくなる。


 だが俺の姿を見失ってくれてるみたいだ。


 これは吉報。


 俺はそのままジェットで加速しながら落下。



 【衝撃・オーバーハンド】



 やはり手ごたえはなし。


 が、そんなの想定済みだ。


 連打で畳み掛ける。


 スーツの機能を停止、粒子に戻し、再構成。



 シェイプチェンジ【山猫】



 【山猫】。


 背中に装備していたジェットを体の各部位に散らし、翼の部分を筋肉に変換した地上戦闘用モデル。


 【鷹】のような飛行能力はないが、分散させたジェットによる予備動作なしの高速連打が可能になる。


 筋肉量は充分。機敏性も申し分ない。


 その空っぽの頭、かち割ってやる。


 ジェットで体を回転させ、



 【衝撃・ニードロップ】



 どうだ。


 一瞬、主様体が脱力したように見えた。


 押し切れるか?


 そのままの勢いで眉間に拳を打ち下ろす。休むことなく連打、連打。


 手ごたえはあった。


 だが……。


 一瞬、主様の目が光を失った。だが、再び力が宿り、ギロリと睨みつけられた。


 こ、怖い。


 これでも駄目か。どういう体の構造をしているんだ、まったく。


 俺は主様に風の魔法を当てて距離をとり、森に潜伏し、スーツを【鷹】に戻した。


 これ、フューリーとどっちが強いんだろう。


 少しでも追いつけているだろうか。


 ダメだこりゃ。もう攻撃手段が残ってない。


 攻撃ギアを切り替えて眉間に打ち込んでみるか。だが、【鳥籠】はもう壊れた。隙を生まなきゃシェイプ・チェンジは使いにくい。


 次の戦略を考えていると、地面がふわっと浮きあがった。


 休ませてはくれないか。


 ていうかこの勝負、いつ終わるんだろう。こっちはもう手詰まりだ。全部出し切った。全部耐えられた。負け確定。


 だいたいなんだよ。


 こんなの無理じゃん。そもそも戦いたくなかったんだ。なのにマグちゃんがさ。マグちゃんが……。


 どうしよう。


 降参なんてしたら父親の威厳がなくなってしまう。


 痛いのはイヤだが降参も出来ない。だがしかし正攻法じゃ絶対に勝てない。


 ぐぬぬ。


 しょうがない。少し絡め手感はいなめんが、戦場を変えるか。


 おいアホ鳥、我慢比べをしよう。


 急加速。


 土の魔法を無視して一気に高度を上げていく。


 ついてきてくれるかな、と様子をみると、主様、発動していた土魔法を捨てて追いかけてきてくれた。


 そうだ。それでいい。


 【適応力】を起動。


 いいかアホ鳥、こういう強さもあるんだ。


 俺は小心者。


 だから、いつも考えてる。こうなったらどうしよう、こんなことされたらどうしよう。どうやったら逃げ切れるだろうか。どうやったら戦闘を避けられるだろう。こんなことばっか。


 お前に小心者の牙を見せてやる。いまから行くのはお前が知らない世界だ。


 敵は俺じゃない。環境。


 気圧、温度、空気の薄さ。耐えてみろ。


 さぁ、泥仕合の始まりだ。


 しばらく飛んでいると主様が追いかけるのを止めた。根性なしめ。


 【マジックバレット・電気】を打ち込み挑発する。主様のダメージはない。だがそれでいい。怒ってくれたらそれで。


 ついて来い。かかって来い。それだけでいい。


 ちょこちょこ魔法を撃ちこんでいると、ついにプチンとキレた主様が追ってくる。


 よしよしよしよし。いい子だ。


 俺はまたグングンと高度を上げていく。すでに実験で成功している生存可能高度は上回っている。スーツがどれだけもってくれるかはわからない。


 ここからは創造する力、俺が造ったものを信じるしかない。


 辛い。寒さを感じる。いつまで気圧を調整できるかわからない。酸素の供給もいつまでもつことやら。


 このまま意識を失ったら絶対に死ぬだろう。


 もう諦めてくれ。


 意識が朦朧とする。


 失敗した。


 無理だった。


 視界が狭くなっていく。心もしぼんでいくのがわかる。


 こりゃもう降参しかない。父親の威厳なんてクシャクシャに丸めてゴミ箱にポイだ。


 捨て鉢気味に下を確認すると主様がクルクルと回転しながら落下していくのが見えた。


 ん?


 勝った?


 おい勝ったぞ。


 俺の勝ちだ!


 卑怯とか言うなよ。勝ちは勝ちだ。


 ばーかばーか。俺の勝ちだばーか。ばー……。


 あれ? あれれ? あの……、これってさ……。


 このまま、落下していったらさ……。


 主様、死ぬのでは?

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