第17話 傷ダラケノ 人形

 意識が戻ったのはいまにも朽ちてしまいそうな、ボロボロのベッドのうえだった。


 マンデイはどうなった。壊れかけてたんだ。魔核に傷がついてた。マンデイはどこだ。


 重い体をなんとか持ち上げる。


 まだ魔力は回復していないようだ。あぁ腹が減った。眠たい。


 マンデイは……。いた。ちゃんと寝かされてる。なんだあれ。シールド? 結界? 誰かがマンデイを治療してくれてるのか? だが魔核が傷ついているんだ。どうにもならんだろう。


 部屋の隅には安楽椅子に座った人形がある。


 朽木のような印象を受けるガリガリの老人。特徴的な長い髭。立ちあがったら膝くらいまであるんじゃないだろうか。どういうデザインだ。センスゼロ。マンデイの圧勝。木製かな? しかしよく出来てる。


 いかん、こんなことを考えている場合じゃない。


 「あの〜すいません。誰かいますか」

 「いるよぉ」


 と、返事。


 女の子? やたら萌え声だけど……、どこから聞こえてきた? まったくわからなかった。


 「目が覚めたんですが」

 「見えてるよぉ」


 やっぱり声の発生源がわからない。霞かすみがかかったように頭がぼうっとしている。


 「すいません。あなたがどこにいるのか、わからないのですが」

 「後ろだよぉ」


 なんだ、後ろか。


 いや、なんで後ろにいるの?


 振り向くと、そこには妖精がいた。


 ルビーのような紅く美しい瞳、掌サイズの体、フワフワしたメルヘンチックな白い服、トンボみたいな羽、触覚。


 触覚?


 妖精じゃないなコレ。


 虫だ。眼球もよくみたら複眼。やっぱり虫だ。人みたいな虫。


 「あ、あぁ、助けてもらったみたいで」

 「私じゃないんだけどねぇ」


 かなり緩いなこの妖精。調子狂う。


 喋り方も雰囲気もゆるゆるだ。


 「助けてもらったみたいで……。どうも、ありがとうございました」

 「お礼なら、あの人にぃ」


 チョロチョロと俺の周りを飛びながら、人形の方を指さす。この妖精、痛い系なのかな。人形が助けてくれたって。


 あっマンデイみたなことか。そういうことか。


 「あの、ありがとうございました。マンデイの治療もしてくれてるみたいで」


 人形が瞬きをする。顔の動きでコミュニケーションをとる人形なのかな? やはりマンデイ的な存在なのかもしれない。それにしても完成度高いなぁ。細部までよく造り込まれてる。デザインはいただけないが、仕上がりは文句なし。


 しばらく人形の顔を眺めていると、次第に頭がクリアになってきた。


 あれ、これって人なのかな。だがまったく人の気配がしない。生きているのか死んでいるのかよくわからない感じ。やっぱり人間というより人形と言われた方がしっくりくるような……。


 俺が一人で考えていると、人形みたない人、もしくは人みたいな人形はゆっくりとした動作で立ちあがってどこかに行ってしまった。


 部屋に沈黙が訪れる。


 「あれ、俺、なんかやっちゃいました?」

 「やっちゃってないよぉ」


 今度は妖精も飛んでいって、部屋には俺とマンデイ二人が残される。なんなんだこの人たちは。たぶん命の恩人ではあるのだろうが、行動がよくわからん。


 とりあえずマンデイだ。


 俺は立ち上がって、マンデイの傍まで歩み寄る。体がすごく重い。魔力が空になる状態は慣れてるはずなんだけど、ここまでしんどいのは初めてだ。


 マンデイは……。これはまだ生きてるのか? まったく動かない。マンデイの周りに張られた結界のようなものをよく観察すると、ミルフィーユ状に何層にもなっている。


 緻密だ。それに美しい。


 アスナの魔法を見慣れている俺は、あまり他者の魔法を美しいとは感じない。だがこれは……。


 どれだけ上達しても、まったくロスのない魔法はありえない。魔法とはあくまでの自然の模倣である。よっていくら極めても自然そのものにはなりえない。


 だがこの結界、限りなく自然に近い。いや、自然そのものであるかのような錯覚さえおこす。これは妖精の魔法か?


 「触っちゃダメだよぉ」


 後ろから声がする。


 妖精の手には小さな湯呑が。


 「あっすいません。あまりに綺麗だったもので」

 「ルゥは魔術の達人だからねぇ。飲む? 毒は入ってないよぉ」

 「毒入りなんて思いませんよ。頂きます」

 「?」

 「なにか?」

 「信じるの?」

 「なにを?」

 「毒が入ってないって、信じるの?」

 「信じますけど。どうしてです?」

 「別にぃ。じゃあ飲んで飲んで。美味しいよぉ」


 そう言われれば喉が渇いてる。カラカラだ。出来れば肉も欲しいな。腹が減ってしょうがない。


 妖精に渡された小さな湯呑を傾ける。子供の体には丁度良いサイズだな。喉の渇きも手伝い、一口で空にしてしまった。


 むっ! これ、酒じゃないか。しかもかなり強い。


 「これ酒じゃないですか」

 「酒じゃないよぉ」


 どういう嘘だよ。酒だろ。


 「よくなった?」

 「なにが?」

 「体」


 体? そう言われれば体が軽くなったような気がする。かなりしんどかったはずなのに。


 なるほど、あれは薬だったのか。不思議と空腹感もなくなったような……。


 「これは薬だったのですね」

 「薬じゃないよぉ」


 じゃあなんなんだよ。


 「ところでマンデイの、この子の具合はどうですか。ひどく損傷していたんです。シカみたいな奴に突進されて」

 「ダメだよぉ。この子は、もう助からない」

 「でもいま治療してくれてるんですよね?」

 「治療じゃないよぉ」


 やはり助からんか。


 俺はマンデイも失うのか……。


 この子のために生きようって決めたのに。頭ぶっ壊れそうになりながら、プライドもズタズタにされながら、死の番人から逃げてきたんだ。助からない? 俺だけ生きてどうなる。一からやり直すのか? ひとりで? 無理だ。心がもたん。


 「これはなにをしてるんですか」

 「延命だよぉ」


 なんかこの妖精の口調、腹が立ってくるな。命の恩人だってわかってるんだが、この萌え声が無性に鼻につく。


 おい触覚をピコピコ動かすな。うっとうしいぞ。


 「あら、怒ってるのぉ」

 「いや、そんなことはないです。はい」

 「怒ってる」

 「はい、すいません。少しイライラしてます。本当にすいません」


 この妖精は恩人なんだ。なにを考えてるんだ俺は。いいじゃないか。触覚をピコピコ動かすくらい。よくみたら可愛いぞ。いや、ダメだ。やっぱり無性に腹が立つ。おい、チョロチョロ飛ぶな。目が疲れる。


 「元気になった証拠だねぇ」

 「どうも」

 「でも怒るならお門違いだよぉ」

 「はい。あなたは命の恩人で……」

 「違う違う」

 「え?」

 「その子が壊れていくのはぁ、全部あなたのせいなんだよぉ」


 な、なんだ急にコイツ。


 「わかってますよ。全部俺のせいです」

 「わかってないって。ちゃんと受け入れないと。あなたは弱くてぇ、だからこの子は壊れていくの。可哀想な子」

 「受け入れてますよ」

 「ちゃんとは受け入れてない。あなたは主様に気に入られたの。だからしっかりと生きないとダメなんだから。自分の弱さや行いをすべて受け入れて包み込むくらいの精神力をみせなくちゃ」


 主様? あの人形だろうか。あるいは管理者のこと?


 気に入られたからってなんだってんだ。マンデイは……。


 「さぁ、ルゥのところに行くよぉ」

 「もう少しマンデイの傍にいちゃダメですか……。大切な子なんです」

 「この子はぁ、しばらくもつから大丈夫だよぉ。それよりルゥのところに行こうよぉ。あの人ずっとソワソワしててぇ、すっごく面倒臭いの」


 ルゥ=主様? 髭の人形=ルゥ? 全員同一人物? 誰が誰かまったくわからん。


 「わかりました。行きましょう」


 妖精はするすると飛んでいく。


 この部屋の扉、全部少しだけ空いている。妖精が動きやすいようしているのだろう。


 階段を降りてキッチンみたいな場所に出た、そしてまた階段を降りる。また階段。そして階段。この建物って何階あるの? ビルみたいだ。


 街に住んでいた頃、二階建の建造物はかなり珍しかった。大金持ちの俺の生家ですら一部に簡易な二階の空間があるだけで、ほぼ平屋だった。そう言えばここまで来る途中も平屋ばっかだったような。


 ここを造った人間はかなり進んだ技術を持っているのだろう。そういえばルゥなる人物は魔術の使い手だって言っていたな。魔法で建てたのかもしれん。


 ん?


 このチートじみた感じ、もしかしたらルゥ氏は他の世界の代表者なのでは? だから俺を助けてくれたとなれば辻褄が合う。


 「ルゥ、入るよぉ」


 返事はない。


 「入っていいってぇ。行こうか」


 なにも聞こえなかったんだけど?


 ルゥなる人物が待つ部屋は、書庫だった。しかも尋常じゃない広さの。


 書架は森の木々程の高さがある。それが延々と奥に伸びているのだ。


 なんか旅に出てからというもの、巨大なものを見過ぎて驚き疲れた感がある。カエルは小型犬サイズ、幼虫もデカくて熊は大型トラック、そしてそれを上回る体格の鳥、果ての見えない壁にビル並みの木々、今度は書庫ですか。この辺のものは生粋のテキサスっ子もテンガロンハットを投げ捨てるレベルで、あらゆるものがデカい。


 まぁ俺が生まれた地区の物のサイズは普通だったから、ここが異常なだけか。


 で、ルゥなる人物は、俺が目を覚ました時に安楽椅子に座っていた人形じみた人、あるいは人のような人形だった。


 とりあえず人だと思っておこう。人形だと思って接していて実は人でした、ってパターンは失礼だろうし。


 この人が他の世界の代表者である可能性もあるんだ。友好的にいきたい。


 失礼のないように。礼儀正しく。


 「この度は命を救って頂き、誠に感謝しておりますよ」


 マズい、なんか武士みたいになった。


 そうだ俺、幼卒引きこもり野郎だったんだ。こっちにきてからも修行ばっかで教養ゼロ。礼儀正しくってどうすりゃいいんだ。失礼じゃなかったかな。怒ってないよね?


 ルゥの表情に変化はない。瞬きすらしない。


 よ、よめねぇ。


 なに考えてるかまったくわからん。


 「ほらほら、挨拶なんていいからぁ、ルゥに近づいて」

 「あっ、はい」


 大丈夫だったみたいだ。よかった。ルゥが挨拶にうるさい体育会系の人じゃなくて。


 「なんだテメェ挨拶もまともに出来ねぇのか腕立て五十回だゴルァ」


 的なことを言われたら、ついていける自信がない。


 妖精の言う通りにルゥに近づくと、ルゥはカメレオンみたなスローな動きで、俺の頭を掴んだ。で、魔力を流される。


 これ、たぶん俺とマンデイがいつもしてたのと似たやつだ。なるほど、これがルゥのコミュニケーションなんだな。この人、喋れないのかも。


 しばらくそのままジッとしていると、ルゥが俺の頭から手を離す、そして手招きで妖精を呼ぶ。妖精がルゥの口元まで飛んでいく。ルゥの口元がかすかに動き、妖精がうんうんと肯いた。


 そして。


 「ルゥはこう言ってるよぉ。あなたは想像力とサプライズのない、単調でつまらない、ゴミカスみたいな人間だって」


 な、なんですと?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る