第18話 懊悩 ト 閃キ


 「だからぁ、君はサプライズのない単調でくだらないゴミクズ野郎なんだってぇ。あっルゥの感想だからね。私のじゃないからね」


 ん? なにを言われてるんだ俺は。


 「続けるけどいい?」

 「いや、別にいいですけど」


 ルゥ氏はまたボソボソとなにかを言う。妖精がうんうんと肯く。


 「与えられたもので満足してぇ、ただ発展もなく無為に過ごす姿は惨めな飼い犬のようだ、だってぇ」


 なんか知らないけど無茶苦茶ディスられてる。


 「そういう姿勢の人間を見ていると反吐がでる」

 「はぁ? なんだとコラ。せめてなんか表情に出せや。とりあえずケンカを売られてるって認識でおっけ? よっしゃ、買ったらぁ、表に出ろヒゲ人形。生まれてきたことを後悔させてやっからよ。おい、だから飛ぶなって。あぁ触覚を動かすな。テメェもついでにスクラップにしてやんよハエ野郎が」


 と、言えたらどれだけ幸せだろうか。自分の小心者っぷりが実に嘆かわしいよ。


 「すいません。なにを指摘されているのかまったくわからないのですが」

 「だよねぇ。私もよくわからないの。ねぇルゥ、ちゃんとわかるように言ってあげて」


 スクラップ(仮)がモゾモゾと口を動かす。このジジイ、いま溜め息をついたように見えたのだけど、気のせいだろうか。


 「世界の在りようはいくつかの地点からの観測結果を統合、吟味考察して弾き出される。しかし君が……、ルゥわかなんない。もっとわかりやすくしてよぉ」


 あっ、いま溜め息ついたよな、スクラップ(仮)、ちゃんと聞こえたからなっ。


 「神の意図を考えろ。だって。ん? なになに、なんだって?」


 スクラップ(仮)の口元に体を寄せた妖精は、両手を広げて驚いたような仕草をする。ダメだ俺、コイツの一つ一つの動作に腹が立つ。なんでだろう。


 「あなたのお人形さんは助かるんだってぇ」

 「は? マンデイが助かるのか? 頼む! 頼みます。お願いします。マンデイを助けてやってください。もっと見せてやりたいものがあるんだ。目だって耳だって口だってまだ造ってないんです。あの子はこれからなんだ」

 「ちょっと落ち着きなよぉ。うんうん。あぁ、そうだね。それで? なるほどなるほど」

 「なんですか。俺、なんでもします」

 「ねぇ、あなたの名前ってなんていうの?」

 「ファウストです。ファウスト・アスナ・レイブ」

 「うんうん、ファウスト君ね。いい名前だなぁ」

 「ありがとうございます。で、マンデイを救う方法は」

 「いまから言うことに怒っちゃダメだよぉ。わかった、ファウスト君」

 「はい。ちゃんと言うことを聞きます。怒りません。だから教えてください」

 「ルゥの言葉をそのまま伝えるよぉ。まず神の意図を考えろ、友達だろ。つぎ、お前は一人で生きているつもりか。最後っ、あの子を救う方法がわかった。でも教えない」

 「なぜですっ!」

 「あっ! 怒ってるぅ!」

 「怒ってません! なぜ教えてくれないんですかっ!」

 「自分で考えろ、それまで出来る限り命は繋いでやるだってぇ。ちょっとルゥの擁護っていうか補足情報をいい?」


 自分で考えろ? 神の意図? 一人で生きている? なんのことだ。さっぱりわからん。命を繋ぐっていつまでだ。


 「なんです」

 「ルゥは知識に関しては貪欲なのよぉ。そのためにあらゆるものを捨ててきた。そういう人なの。そして知識は自分で積み上げていくものだと思ってるの。信念、みたいなものかなぁ。だからぁ、私たちに出来るのはあくまでも君の補助だよぉ。あの子を直接救えるのは君の能力だけだしね」

 「俺の、能力……?」




 妖精とのやり取りがあってから一週間が経った。マンデイを救う手段はまだわからない。


 延命用の魔術のなかで、マンデイは静かに横たわっている。ルゥが張った結界は繊細で、他者のエネルギーが接触すると乱され、その効力が著しく損なわれるという。つまりルゥの補助がなければ俺は、マンデイに触れることすら出来ないのだ。


 マンデイはいま、なにを感じているのだろうか。いつもは俺がマンデイの目になり、耳になっていた。この子は俺がいなかったら、なにも感じることが出来ない。


 なぁマンデイ。お前はいまなにを考えているんだ。生まれてきたことを悔やんでなんていないよな。だとしたらそんなに悲しいことはないぞ。また一緒に散歩したいな。いろんなものを見て、腹いっぱい話をするんだ。


 ……。


 繋がってないとなにも感じられないのは俺も一緒だ。なにもわからん。


 ルゥとの会話の後、俺は妖精から二つの魔核を貰った。一つは完全に破損した魔核、一つはまだ魔力を内包している魔核。これはおそらくルゥからのヒントなのだろう。


 二つの魔核をテーブルに置いた俺は、たっぷりとそれらを観察した後、検証をはじめた。


 壊れた魔核は再生することが出来た。コストは高いが不可能ではない。だが再生可能だったのは表層的な部分だけで、それに魔力を注ぎ込んでみても生きた魔石にはならなかった。つまり魔核は魔力を含んだ核だというだけではなく、もっと他の要素があるということになる。


 最も考えやすいのは、魔核そのものが生きているという説。創造する力は生き物に対して軒並み無力だ。死体に対して効力を発揮するわけだから、対象が生きているか死んでいるかという点に反応しているように思う。


 死の境界線、仮死状態ならどう反応する?


 だが実験できない。この生きた魔核もマンデイみたいに意思を持っているのだとすれば、無下に扱うことは出来ないからだ。


 俺がこれを壊したら、たぶんマンデイは悲しむだろう。だから出来ない。甘いことを言っているのはわかってる。だがしょうがないのだ。


 他にも色々な仮説を立てた。だがどれも決定打に欠けるものばかり。


 時間だけが過ぎていった。ルゥ曰く、延命だけなら一年はもつそうである。が、果たして俺は一年間でマンデイを救う方法を発見できるのだろうか。


 このままマンデイが死んでしまうのでは、という不安は日に日に強くなっていった。


 ある日、考えることに疲れた俺は、斧を創造して薪割をした。体を動かさなければどうにかなってしまいそうだった。


 この森を散策するには俺の戦闘力は低すぎる。家の近くで完結する運動を、と考えた結果、薪割に行き着いたのだ。


 そうやってしばらく体を動かして、たっぷり汗をかいた後、その場に寝転んだ。この森の木々は前世のクヌギによく似ているがサイズが違いすぎる。はるか頭上で葉が青々と茂っているため陽の光は地面まで届かず、昼間なのに森は薄暗い。


 ふと風に揺れた葉の隙間から光が差し込み、顔にクリーンヒット。


 軽く舌打ちをして瞑目すると、汗が目に入って染みた。悪態をつきながら指で目を擦ったのだが、今度は指がピリッと痛んだ。


 俺は起上がって痛んだ指を場所を観察した。


 そこには五ミリほどの傷があった。数日まえに草で切ったものだ。薪割で傷が広がったのだろう。


 悪態をついたあと俺は、書庫の風景をなんとなく思い浮かべた。


 開いていたページは人工義足の本。著者は若かりし頃のルゥ。書かれていたのは義足に神経を繋げて使用者の思い通りに動かすという試みの過程と結果。


 その時、俺は思いついたんだ。魔核のための義足が造れないかと。


 急いで立ちあがった俺は、庭に出て枯れかけの植物を引っこ抜いた。茎を折って、その破損部位を補うパーツを創造。それでその植物がちゃんと育てば、この説はとりあえず立証されることになる。


 魔核が生きているという前提が正しければ。


 もし生きた植物の欠損部位を俺のパーツで補えることに成功したら、その技術を発展させ、魔核でも似たようなことが出来るはず。だが、この辺りの葉っぱは一つ一つが強くて鋭い。作業の途中で指先が切れてしまった。


 魔核の破損した部分を補うパーツを造るという試みの結果は惨敗。


 俺産の根っこと茎をつけた植物を植えると、枯れないどころか、より生き生きとしはじめた。完全に枯れていた植物は復帰できなかったが、葉先が黄色く変色している程度だったら新芽みたいな色になった。試しに別の植物でも検証していたのだが、そのすべてで同様の結果が得られた。実験の第一段階は成功したのだ。


 だが第二段階、実用過程で問題が。


 魔核のための義足を造るには破損している部位を正確に把握していなくてはならないのだが、マンデイには延命用の魔術が張られているため、長い時間をかけて調べられない。そして魔核の破損部位を調べるのは植物を調べるのとはわけが違う。魔核はかなり複雑な構造をしているのだ。最初に渡された実験用のもので試してみたが、かなり根気がいる作業だった。


 おそらく調べている間にマンデイの核は魔力を枯渇させて機能停止するだろう。


 いままでで一番有効だと思われた手法だっただけに、心のダメージもデカかった。


 俺は指先の傷を眺めた。もう肉が盛り上がって、傷を塞ごうとしている。


 生きてるってのはスゲー。


 こうやってケガをしても元に戻ろうとするんだもんな。


 その時、頭のなかでなにかがチラついた。小さな光のようなものだった。


 そして夕食時、小さな光が爆発した。


 俺は手にしていたパンを放り投げて庭に出た。小さな玉を創造し、特徴を付与。枯れかけていた草を引っこ抜いて茎を千切り、断面に球を埋め込んだ。その状態でもう一度地面に刺した。


 「ダメだよぉ。食べ物を粗末にしたら」


 妖精が俺を追って出てきた。


 「うるさい。黙ってろ!」


 植物の枯れていた部分は瑞々しく変化していった。


 目の奥が熱くなった。


 「なぁ妖精さん」

 「私にはマクレリアって名前があるのぉ。これで何度目だよぉ」


 涙が出てくる。この世界で得たものは、ほとんどなくなってしまった。家族も、家も、生活も。だが、マンデイだけが残ってくれた。だから、この子だけは絶対に失いたくなかったんだ。


 「マクレリアさん」

 「なぁに」


 俺に出来ることなんて限られている。だが、やれることはある。例えそれが小さなことだったとしても。


 「マンデイを救う方法がわかった」


 そうだ。俺はマンデイを救うことが出来るんだ。


 またマンデイと散歩ができるし、いろんなものを見せてあげられる。


 俺は一人で生きているんじゃない。マンデイがいる。


 管理人は、俺に二つの力を与えてくれた。(創造する力)(成長率の向上)この組み合わせには意図があった。


 そうだな? ルゥ。


 俺はマンデイを救える。

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