第12話 避難勧告

 ――あなた、は逃げ、なくて、はなら、ない。


 管理者が接触してきたのは五歳の誕生日の夜だった。


 その日、マリナスが新しい魔核をプレゼントしてくれた。フロストウルフというイヌ科の生物から採取されたものだという。


 ベッドのなかで、(小さめのやつだったら造れるかな。でもどうせ目も耳も鼻も造れないしなぁ。とりあえず造っとくか? しかしいくら小さくても魔力足んないよなぁ、どう考えても)と、一人で悩んでいる時に彼女の声が聞こえた。


 いつも通り突然のことだった。


 やぁ久しぶり。ちゃんと眠れたか?


 俺は念じる。すると。


 ――休眠、はまだ、必要。時間、が、ない。あなた、は逃げ、なくて、はならな、い。


 どうした。逃げるってなに。


 ――私、の、存在、を察知し、た、ホモサピエンス、がい、る。私、は、盗ま、れた。情報、を。


 もしかして魔王が襲ってくるの?


 ――まおう?


 侵略者。


 ――違、う。あなた、を狙、うのは、あなた、の存在、が障害に、なる、ホモサピエンス。


 誰それ?


 ――王。


 はい?


 ――国、の王。


 は? どうして王様が俺を狙うの?


 ――時間、が、ない。目を、つぶって。


 よくわからん。どういうこと?


 ――目を、つぶって。


 わかった、やるよ。


 彼女の言う通り目をつぶってみる。


 ――集中、する。


 なにに集中すればいい。


 ――あなた、の内面、の無に、集中、する。


 さっぱりわからん。


 無に集中するってなにさ。そんな達人みたいなことできないぞ。


 ――それでいい。


 いいんだ。よかった。


 パチッと音がして、まぶたの裏でなにかかが弾けた。俺は驚いて目を開く。


 ――ダメ。目を、つぶる。やめちゃ、ダメ。


 俺の異変を察知して、隣で横になっていたマンデイが体を起こす。


 (マンデイ。大丈夫だ。俺の友達が来てるんだ)

 (ともだち?)

 (俺とマンデイみたいな関係の)

 (ともだち)

 (そう。友達だ)


 ――時間、が、ない。


 わかったやるよ。


 (マンデイ。ちょっとまってろ。心配しなくていい)

 (わかった)


 俺は再び目をつぶる。パチパチと何かが弾けた後、一人の男が映った。管理者の不思議パワーなんだろうが、目をつぶっているのに映像が見えるのは妙な気分だ。


 丸椅子に腰かけている男が酒を飲んでいる。酒場? 音が聞こえてくる。とても騒がしい。ケルト音楽みたいなのが流れている。


 ――この、雄、は、人、を抹殺、する、仕事、を、してい、る。


 殺し屋か。


 ――見て。


 今度はアスナが映った。見慣れた寝間着姿だ。怒っているような表情をしている。向かいに立っているのは、さっき酒を飲んでいた男。嘘みたいに長い剣を装備している。


 アスナが魔法を発動させた。無駄がなく美しい攻撃魔法だ。しかし剣の男は涼しい顔で魔法を払いのけ、アスナに切りかかる。


 ちょっとまて。母さんは殺されたのか?


 ――まだ、違う。あなた、の金狐人、の保護者、は、この、雄に、殺される。あなた、のホモサピエンス、の雄、の保護者は、戦う、能力、が、ない。殺される。金狐人、の使用人、の、ホモサピエンス、も殺される。


 なんで? アスナは有名な魔法使いなんだろ? それに狙いは俺じゃないか。


 ――あなた、の母、金狐人と、金狐人の配偶者、は、狭所で、の戦闘、を出来ない。攻撃、すれ、ば、巻き込、まれる。あなた、や、ホモサピエンス、の、配偶者が。


 ――王、は、自ら、が関与、して、いると、いう事実、を隠蔽、し、なくて、は、ならない。目撃、した、者、をすべて、抹殺、し、燃やす。


 まてまてまてまて。


 ――時間、が、ない。休眠、しなく、ては、なら、ない。


 ちょっとまて。どうすればいい。


 ――逃げ、て。


 逃げたらどうなる。両親は助かるのか?


 ――その可能性、を想定、す、ると。情報、を得る、目的で、あなた、の母、金狐人、と配偶者、が拷問、され、殺され、燃やさ、れる。あの雄、は、強い。


 じゃあ、逃げられない。拷問されるとわかってて逃げられるわけないだろう。


 ――あなた、は助か、る。


 俺だけ助かってもしょうがないだろうが。


 (ファウスト?)

 (マンデイ、大丈夫、大丈夫だからちょっと静かにしてろ)


 ――あなた、は、生きなくて、は、ならない。


 わかってるよ! 魔王を倒さなきゃいけないんだろ? そんなのわかってる! でも両親が殺されようとしてんだぞ。


 ――友達、だから。


 はい?


 ――生きて、欲しい。侵略者、も、もういい。生きて、欲しい。また、会いた、い。私、は、あなた、を大切、に思ってる。


 そうか、よくわかった。いいか、聞け管理者。


 ――なに。


 お前が俺に生きていて欲しいと思うのと一緒だ。俺は両親やテーゼに生きていて欲しいと思ってる。だから一人で逃げるなんてできない。もう嫌なんだ。失望させたり逃げたり後悔しながら生きていくのは。


 ――あなた、が消滅、すれ、ば、保護者、は、助か、る。


 ――あなた、が消滅、すれ、ば、私、は悲し、い。


 勘弁してくれ誕生日だぞ。


 考えろ。考えろ俺。


 この男はいま現在こっちに向かってるのか?


 ――三日、後。王、が依頼、する。明日。報酬、の交渉、の後、雄が、くる。


 少なくとも三日間の猶予があるわけだな。わかった。


 ――あなた、に、消滅、して、欲し、く、ない。


 わかってる。わかってるから。


 おい管理者。俺の体にまだ改造の猶予はあるか?


 ――内容、に、よる。


 追跡されないようにして欲しい。魔法とかで探せないように。できるか?


 ――でき、ない。


 クソ。


 ――でも、誤まっ、た、情報、を、流す、ことは、でき、る。


 どうするんだ。


 ――あなた、のもつ、性質、を少し、だけ、変える。


 二日で歩けるようになるか?


 ――おそらく、は。でも、万全、では、ない、かも、しれな、い。


 構わない。やってくれ。あと、もし逃げるとしたらどこに逃げたらいい?


 ――西、にある、森。獣、の管理者、が管轄す、る土地。


 わかった。五分まってくれないか。することがある。


 ――五分、まつ。雄、の老い、た、個体、を、探す。森、で。


 森に住む老人を探せばいいんだな?


 ――そう。五分、まつ。


 ありがとう。


 (マンデイ)

 (なぁに)

 (いいか、よく聞いてくれ。ちょっと問題がおきた。俺は逃げなくちゃいけない。いままでみたいに安全な場所じゃない。お前はここに残れ。きっとアスナが面倒をみてくれる)

 (いやだ)

 (なぁマンデイ頼むよ。わがままを言うな。遊びじゃないんだ)

 (ファウストがいるばしょが、マンデイのいるばしょ)

 (外で一人で生きていくには魔力がいる。マンデイに供給しながらだったらエネルギーが足りないんだよ。わかってくれ)

 (ファウストがいなくなったらマンデイはなにもたべない)

 (頼むよマンデイ。本当に危ないんだ)

 (マンデイはファウストをたすける。ファウストより、うまくなる。ファウストより、つよくなる。マンデイは、ファウストといく)


 お互いに譲らないまま、時間だけが過ぎていく。


 ――五分、経った。改造、を、はじめ、る。


 あぁクソ。うまくいかないもんだ。




 結果から言うと、今回の改造はそこまできつくなかった。


 あくまでも前回に比べれば、の話だけどね。


 ずっと体のなかを虫が這っているいるような感覚、と表現すれば一番しっくりくる。あちこちが痒くなるんだけど掻いても叩いても改善しない。目の裏が痒くなった時はどうしていいものかわからなかった。


 一日目の夜。頭が変になって壁を殴り続けた。アスナの魔法で物理的に鎮静されたんだけど、大量の虫に襲われる夢で朝方に目が覚めた。


 アスナが教室を休んで俺の介抱をすると言いだしたので、もう大丈夫だと伝えた。


 (マンデイ)

 (なに?)

 (今日は母さんから魔力を貰え)

 (どうして?)

 (俺と一緒に逃げよう。そのまえにありったけの魔力をストックしとくんだ)

 (わかった)


 マンデイは俺の言いつけどおり、限界まで魔力を吸いとった。


 (いい子だ)

 (うん)


 なんとか平静を装わなければ。


 「ごめんね、母さん」

 「いいのよ。でも本当に大丈夫なの?」

 「大丈夫。昨日はちょっと具合が悪かったんだ。もうよくなってるから」

 「そう」


 虫が体のなかを這う変な感覚はまったく治まらない。脂汗が止まらず、集中力に欠ける。母の指示なのか、テーゼが俺から離れようとしないのがなんとも腹立たしい。


 しょうがない。テーゼにも協力してもらおう。


 「テーゼ」

 「なんです?」

 「豚かニワトリが欲しい」

 「肉ですか?」

 「いや、そのまま」

 「生きたままですか?」

 「魔法の練習で使いたいんだ。死んでる状態がいい。血抜きするまえのそのままの状態で」

 「旦那さんに頼めば可能であると思いますが……」

 「父さんには言わないで欲しい。母さんにも。テーゼ、これは二人だけの秘密にして欲しいんだ。誰にも言わないで欲しい。頼めるか?」

 「それは別に構いませんが、少し休まれてからの方がいいのでは? 顔が真っ青ですよ」

 「いいんだ。テーゼにしか頼めない。お父さんの店で買っちゃダメだよ」

 「わかりました。すぐに戻りますから坊っちゃんはここで休んでいてください。どれくらいの量が必要なのですか?」

 「豚なら一頭、ニワトリなら十羽ほど」


 テーゼが部屋から出ていこうとしたから、俺は呼び止めた。


 「テーゼ。ありがとう」

 「どういたしまして、坊っちゃん」


 その日の夜。俺の部屋に母がきて、頬にキスをしてきた。


 「可愛いファウスト。なにを隠してるの?」

 「なにも隠してません」

 「テーゼから聞いたわ豚のこと」


 ちっ、テーゼめ。


 「お母さんは僕のことを愛していますか?」

 「なによりも」

 「僕もお母さんのことをなによりも愛していると言ったら信じてくれますか?」

 「当然、信じるわ」


 アスナ相手に隠し通すのは無理か。


 (マンデイ)

 (なに)

 (いまから映像を送る。アスナにそのまま転送してくれるか)

 (うん)


 俺は自分の身に降りかかったことをそのまま追想してマンデイに送った。


 「母さん、マンデイと魔力を交わして」

 「うん」


 俺は映像化して流した。前世の記憶から、生まれた日のこと。管理者との会話。すべて。


 アスナは目を見開いていた。


 「すみません。いままで隠していて」

 「自分の息子が神様の友達なんて鼻が高いわ」

 「神様?」

 「(名のない世界)の神様ね。知の神。その名の通り名前がないの。思ったよりドジな神様なのね」


 そこは否定しない。


 「で、これからどうするつもり?」

 「自分の死体をでっち上げる」

 「それで?」

 「逃げる」

 「どうしてそれを私に話そうと思ったの?」

 「母さんからは逃れることができないと判断した」


 アスナは微笑んだ。美しい人だなと思った。


 「ファウスト。あなたは一人立ちするには早すぎる。まだまだいっぱいお話ししたいこともある。でもきっとあなたは私が一人占めしていい人じゃないのよね」


 急に抱きしめられた。とてもいい匂いがする。安心する匂いだ。


 「一つ約束してくれる?」

 「なに?」

 「私の子供になるまえにファウストがどういう人間だったかなんて私は知らない。でもいまのあなたは間違いなく私とマリナスの子供なの。それだけは忘れないで」

 「もちろん」

 「もう一ついい?」

 「はい」

 「もう一度愛してるって言って」

 「愛しています。心から」

 「私も愛してるわ。なによりも」

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