名ノナイ世界ノ勇者 〜【創造する力】とかいう産廃を授けられた俺が真の英雄になるまで〜

長佐 夜雨

序章

第1話 転生

 いつの間にか、人生が変な方向に進み出した。


 理由もなく他人の視線が恐ろしくなって、誰かが近くにいると満足に息も出来ない。


 子供の頃はよかった。誰とでも仲良くなれるタイプだったし、勉強や運動も苦にならない、いわゆるクラスの中心人物のひとりだった。


 だが破滅の鐘は少しずつ、確実に近づいてきていた。


 最初は小さな違和感だった。


 クラスメイトの笑い声、視線や咳、ペンがノートのうえを滑る音、そういう小さなノイズが、まるで車のクラクションとか、雷の音みたいに大きく響いて脳を揺らす。


 小さな不快感。


 気のせいだと思って様子をみた。でもどれだけ時間が経っても改善せず、むしろ徐々に悪化していく。


 しだいに周囲の人間が俺を騙そうとしている、傷付けようとしていると思い込むようになり、中学に入学した頃には、自室のドアは重く閉じられてしまった。


 どこで間違ったのだろう。


 ドアノブにかけた革のベルトを眺めながら考えていた。どれくらい、そうしていたのかわからない。いくら考えてもなんの成果もあがらない。


 頭のなかで拍動する血管の音が嫌に響いていた。


 中学一年生の夏、親に連れていかれて精神科に通いはじめた。道中はなぜか売られていく奴隷の気分になった。いくつもの薬を試し、老いた医師と話をした。でも症状は改善しなかった。


 通信制の高校に入学した。ここから人生を変えてやるんだとポケットのなかで強く拳を握った。だが次の日、俺はガタガタと震えながら布団のなかでうずくまっていた。


 漠然とした他人への恐怖が、俺の人生をぶち壊してしまった。普通の人たちが普通にこなしている日常が、送れない。


 もういい。もう無理だ。


 ドアノブにかけられたベルトの輪郭が、テレビの青白い光を反射していた。


 もう終わるんだ。




 気がつくと光に包まれていた。なにも聞こえず、体があるという感じもしない。ただ光だけを知覚している。


 俺はうまくやったのかと思いながら、一番強く輝く場所を、ただなんとなくみつめていた。


 だが不思議だ。


 俺はベルトを眺めていた。まだ首にかけてすらいなかったんだ。


 確かに死のうとはしたが、実際に行動には移していはい。


 いつ死んだんだ?


 ふと光のなかから音が響いてきた。


 ノイズだ。


 チャンネルの合っていないラジオのような。


 次第に一つ一つの雑音がまとまっていき、声になった。


 ――あなた、の人生、は終わ、った。次、のステージが、はじま、る。


 もういいよ。そんなのはじまらなくていい。次なんてないんだ。


 ――あなた、の人生、は終わ、った。次、のステージが、はじま、る。


 だからもういいんだって。


 ――私は、あなた、の名もな、い世界、の管理者。あなた、は父、の世界の、不具合を修正し、なくて、はなら、ない。


 自分でやれよ、管理者。俺の知ったこっちゃない。


 ――私は、あなたの、友達。あなたは守、らなくて、はならない。約束を。


 なんで俺が。


 そこで光が一点に収束していき、俺を支えていたなにかが外された。


 体が落ちていく。落ち葉みたいにゆっくりと。


 ――あなた、は、再構成された。止めなくて、はならない。約束、を果たさなくて、はならない。

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