がっこうがえり!
山下太一郎
第1話
真由美の顔を正面から見られない。そう考えているのは僕だけだろう。
孝光は校門から駅まで続くゆるくながい坂道を下りながら思う。
高校1年の出会い頭で一目ぼれ。その勢いで接近したら、真由美は孝光を知っていて、それどころから、彼女も一目ぼれだったと話された。偶然の偶然なのだと理解しているけれども、それにすさまじいまでの、これまでの人生では感じていない重みを名付けたい気持ちを止められなかった。
これは運命だ。
いつのまにか、葉桜が茂り、目に痛く明るい新しい緑になった、五月の中頃。
「夏服初めてだな」
「え?」
真由美を見た。「中学は夏服なかったの?」「高校での夏服って意味だし、孝光くんが私の夏服姿見るのは初めてっしょ」
歯を見せて笑う真由美を見る。夏服の話ってしていいものなの? 僕が? 疑問がわく。女の子はあんまり歓迎じゃないでしょ、夏服。
「そりゃあねぇ。なんなんですかね、夏服って」
そう言うと、真由美は空を見あげて笑った。夕方前の空はまだ明るく、今日は青空で、夏に向かって青色が薄くなっていく青空だった。
「男子の夏服、孝光くんの夏服姿も初めて見るねぇ」
彼女の孝光に向けるすがめた目は下心のある証拠だ。
彼女と付き合い始めてひとつきほどだが、真由美は、いろいろと興味が多く、またそれを隠そうともせず、そして、それを後悔するクチなのだが、不思議と僕相手だとなにも後悔しないそうだ。それを僕に言うのはとても真由美らしい。
「夏服は男と女も下が違うだけだしなぁ」
「女子は、ブレザー、サマーセーター、ワイシャツ、ポロシャツとバリエーション豊かだよ」
「ブレザーは冬服でしょ。暑くないの」
「冷房次第だなー」
冬服は、男子は詰襟学生服、女子は茶色のブレザーだ。女子だけあまりに古いデザインのセーラー服だったため、今風に変更されたのは数年前の話だ。男子はそのまま。おおよそ知ってはいるけれど、世の中の男子の扱いは、そこはかとなく雑だ。決めるのがおっさんだからだろう。おっさんの嫉妬は見苦しい。
「夏服のスカートは、めっちゃくちゃ軽いのよ。それこそ風でめくれるくらい軽いし、めっちゃ透ける」
「あー」
答えにくい話をする。めくれるのも、透けるのもなんども目にしている。夏服で軽くて風通しがいいのに、下に短パンをはかざるを得ないのだから、意味不明だとは男子でも思う。
「男子の夏服ズボンも透けるよ?」
男子のズボン透けは誰も幸せにならない(というと、まるで女子のスカート透けは誰か幸せになるみたいだ)のは周知の事実だろう。
「いいのいいの。孝光くんの夏服姿を見たいだけなんだから」
息を止め、真由美を見た。
「孝光くんも、私の夏服姿をみたいでしょ?」
だからそうやって答えにくい質問はやめてほしい。
そう思っても、答えが彼女にだけ聞こえるならそれでいいや、とあきらめる孝光だった。
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