第4話 縁谷聖子
/要
昼休み。
宣言通り、縁谷さんがやってきた。
「それで、お話というのは?」
お昼のお弁当を食べ終えた後、縁谷さんと一緒に教室の外へと出る。
ちなみにお弁当は、茜が作ってくれたものである。
「うん……ちょっと変な話なんだけどね。最遠寺さんって、幽霊って信じる?」
「幽霊、ですか?」
思わぬ内容に、私は目をしばたたかせた。
「うん、幽霊。お化けでも何でもいいけど、そういうの」
突然そんなことを言われても困ってしまうが、一応その答えを私は知っている。
問題は何て答えるかだけど……あ。
考えているうちに、思い当たることがあった。
「……もしかして、最近学校で噂になっている幽霊騒ぎのことですか?」
「分かっちゃった? 実はそのことで」
幽霊騒ぎ、か。
どんな学校にもついて回る怪談話のようなもので、この学校にもそういう噂はある。
生徒の半数が寮生活を送っているせいもあって、特に深夜の噂が絶えない。
もちろん私が転入してくる以前からもあったらしいけど、ここ一ヶ月ほどの間に、その噂が極端に大きくなっていたのも事実だった。
「最近特にひどいでしょ? 私も寮に入っているからよくそういうのを聞くんだけど……」
なるほど……確かに四六時中この学校にいる者達にとっては、あまり嬉しくない噂かもしれない。
私はほとんど気にしていなかったけれど。
「耳にはしています。私は市内に下宿していますから、夜はこの学校にいませんし、見たことはありませんが」
「そういうのって……本当にいるものなの?」
「…………」
尋ねられ、私は顔をしかめた。
その質問を不快に思ったわけではなくて、ちょっと戸惑ったというべきだろうか。
噂云々については、女の子が怖がりながらも喜びそうな内容であるし、特にどうということはない。
問題なのは、どうしてその話を私に振ってきたのか、ということだ。
彼女が普段から親しい友人というのならば違和感もないけれど、別にそういう間柄でもない。
……まあ、いいか。
「いる――らしいですわね」
直接断定するのもはばかられたので、伝聞という形で答えることにする。
「わたくしも人から聞いただけですので。意思の残滓、魂の欠片、想念……そういったものは、それなりに漂っているらしいですわね。ですが、あまりに希薄な場合が多いために、通常、普通の人には認識することができないとか」
「そう……なの? でも幽霊見たって人もけっこういるじゃない」
「条件が揃えば、見えることもあるそうです。その幽霊と、何らかの因縁があった場合や、もしくは土地、その他の何かにより影響されて、対象の存在力が上昇している場合。あとは観測者の認識力が、常人より高い場合……とか」
世間一般で霊能力者と呼ばれている人は、この認識力が常人より高いことが多いらしい。
だから『視える』んだとか。
「へえ……やっぱり詳しいんだね」
「……やっぱり?」
私は首を傾げる。
やっぱり、というのはどういう意味なんだろうか。
もしかして私、オカルト少女とでも思われてた……?
うーん、それはそれでちょっと嫌だなあ……。
などと思っていると、縁谷さんはふるふると頭を横に振ってみせる。
「あ、うん、ごめんなさいね。別に変な意味じゃないから。この幽霊騒ぎって、実はけっこう深刻なの。寮にいる生徒はけっこうな人数の子が見てて、風紀、っていうと変だけど、とにかくあまりいい状態とはいえないわけ」
「はあ」
とりあえず相づちを打つ。
「でも先生達はあまり真剣に取り合ってくれなくて……。実際に何か被害があったわけでもないし、ほったらかしなのよ。でもやっぱりそれじゃあ困るし……正直気持ち悪いから」
気持ち悪い、気味が悪い、というのは心情として納得できる……かな。
とはいえ、とも思う。
「わかりますけれど、どうして縁谷さんがどうにかしようと思うんですの? 何か実害でも?」
「ううん、私は特に何にもないよ。ただ生徒会として放っておけなくて、何とかしなくちゃって動いてるの」
生徒会って……?
ああ、そうか。
そういえば縁谷さんって、生徒会のメンバーだったような。
「といっても、そんなに真面目な話でもないんだけれどね。副会長の
なるほど。
生徒会のトップ二人がオカルトだかホラーだか、そういったのが好きだったということか。
「わかりました。ですけれど、どうしてそんな話をわたくしに?」
分からないのはここである。
「だって、最遠寺さんの下宿先って、その……霊能探偵事務所なんでしょ?」
「…………っ!?」
単刀直入にそう言われ、思わず返す言葉を失ってしまう。
しばらく口をぱくぱくさせながら、慌てて思い返してみた。
柴城興信所。
裏では物騒な仕事も引き受けるけど、表向きはただの探偵事務所だ。
そういう宣伝をした覚えは……ないはず。うん。
「ちょっと……待って下さいな。どうして、そんなことを?」
「……本当にそうなの?」
私の反応に、縁谷さんは驚いたように見返してきた。
か、鎌かけだった……?
いや待て、ここはとにかく落ち着いて……。
「ですから、どうしてそんなことを?」
直接は答えず、同じ質問を繰り返す。
ちゃんと答えてくれるかというこっちの心配を余所に、彼女はすぐに説明をしてくれた。
「長谷先輩のお父さんが、府警の警部さんで。今年に入って何度か最遠寺さんと仕事をしたことがあるって、先輩に洩らしたことがあったらしいの。詳しい仕事の内容はさすがに教えてくれなかったそうだけど、話の断片から推測するに、どうやらいかにもな事件を扱っているんだろうなって、先輩は言ってたから」
「……それで、直接確認して来いと……そう言われたんですね?」
「うん、まあ」
なるほど、そういうことか。
私も茜を手伝って仕事をしているから、直接の依頼人である京都府警生活安全課13係の面々のことはよく知っている。
もちろん、長谷警部のことも。
……あのおしゃべりめ。
何て答えようか少し迷ったものの、結局正直に話すことにした。
「霊能というのは少しオーバーですが、そういった案件も扱うことはあります。幽霊、というのはわたくしは初めてですけれど」
これは本当である。
実際事件を起こすのは大半が人間である。
その血に人間でないものが混じっている場合が多々あるが、それでもしっかりと形をもった人間だ。幽霊、というのは、正直なところよく分からない。
「じゃあ最遠寺さんって、そういうの、見えるの?」
「見たことはないですわね。見たいとも……あまり思いませんし」
「ふうん……そうなんだ。でも、見える人はいるんでしょ?」
「見える人、ですか」
興信所の面々を思い浮かべながら考えてみたけれど、結局分かりはしなかった。
この手の話をしたことがないのだから、分からないのも当然だけど。
まあ……あの人達だったら、誰か一人くらいそういう人がいても、ちっとも不思議じゃない気がする。
「帰ってから聞いてみないことには、何とも言えませんわ。……まあ、もしそういう人材があったとして、縁谷さんとしてはどうして欲しいのでしょうか」
「私、というよりは生徒会として、だけど……」
そこでうーんと考え込む縁谷さん。
もしかすると、具体的なことは何も言われてなかったのかもしれない。
「やっぱり原因究明して解決して欲しい、ってことになるんじゃないかな?」
「それは分かりますが、わたくしがお聞きしているのは、これを正式に依頼されるのかどうか、ということです」
私一人で解決できる程度のことならば、別に依頼という形をとってもらうほどのことではない。
もっともそれは、現状ではまだ分からないけれど。
「正式に依頼かあ……。やっぱりそうなるものね。でもそうなると、お金とかかかっちゃうの?」
私は軽く肩をすくめてみせた。
「依頼を受けるかどうか、料金が発生するかどうかを決めるのは所長ですからね。わたくしからは何とも」
茜のことだから、私が頼めば料金など請求しないとは思うものの、迂闊な受け応えをするつもりもなかった。
「ですがその前に、確認する必要はありますわね」
「え、確認?」
「ええ。この幽霊騒ぎが本当に存在しているのか……もしくはただの噂話に過ぎないのか。ただの噂に過ぎなかった場合、その発生源をつきとめるだけで、噂話など簡単に収まるでしょうし」
「ただの噂話……っていうことはないと思うけど」
「わざわざ縁谷さんがこのお話を持ってこられたのですから、わたしくもただの噂話とは思ってはいませんけれどね。ですが、だからこその確認です。わたくしにしてみれば、このことについて大した予備知識も持っていませんし、ある程度の下調べは必要ですから」
そう説明すれば、縁谷さんは納得してくれたようだった。
「じゃあどうしよう? 私達……えっと、生徒会もその辺は手伝った方がいいってことかな?」
「もしすでにそれなりの情報収集が出来ているのだとしたら、助かりますが」
「うん、わかった。じゃあ今日の放課後にでも生徒会室に来てくれる? 一応長谷先輩には言っておくから」
放課後、か……。
帰ったらまた由羅に特訓に付き合ってもらうつもりだったのだけど、別に約束したわけでもないし、たまには身体を休めるのもいいかもしれない。
「わかりました。ではまた放課後に」
「うん」
縁谷さんは頷くと、今からちょっと行ってくると言って、三階の教室へと向かっていった。
早速副会長のところに確認に行ったのだろう。
ずっと廊下で話し込んでいたので、時計を確認しようと近くの教室の中を覗き込もうとしたところで、チャイムが鳴った。予鈴である。
姿はもうないが、縁谷さんが登っていった階段を見上げて、ふと思う。
「ちょっと思ってた印象と違う、かな」
見た目はおしとやか、といった感じの縁谷さんであるが、実際話してみると、普通の女の子というのがよくわかった。
意外と活発そうだし。
ふう、と息を吐く。
そのつもりはないとはいえ、何となく猫を被っているような自分と比較すると、何だか溜息をつきたくなるような心境だった。
もしかすると、ちょっぴり普通の女の子から外れかかっている自分に、不満を覚えてしまったのかもしれない。
少し思い返してみる。
私が京都にやってくるまでの間は、かなりの温室育ちだったという自覚がある。
それが何となく嫌で、京都に来るにあたって、それまで長く伸ばしていた髪を切ったりもした。
由羅の髪を見ていると、時々後悔してしまうのは否めないとはいえ、彼女とのものの違いにむしろ切って良かったとも思ったりしている。
何ていうか、あの髪は反則だ。
あれだけ長く伸ばしているくせに、毛先には何の乱れもなくて、物凄く綺麗なのだから。
しかもあの本人ときたら、ほとんどまともに手入れもしていないというのだから、無性に腹が立つ。インチキである。
まあ、あの能天気な由羅に言っても仕方無い、かぁ……。
少し話が逸れたけれど、温室育ち脱却を目指して京都にやってきた私を待っていたのは、予想を上回る規格外な連中ばかりだった。
由羅ももちろん、その一人である。
こんな環境にいれば、自分が外れていくのはもう止められないのかもしれないし、むしろ私自身がそう望んでいる節もあるから、文句を言うのは筋違いなのかもしれない。
でもやっぱり……縁谷さんのような女の子を見ていると、どこかで未練が残っていることを思い知らされる。
そこまで大袈裟に考えることでは無かったとしても。
「うー……」
何となく悶々してきたので、思考を打ち切る。
ちょうどそこで、授業開始のチャイムも鳴り出した。
縁谷さん、遅刻かな、とか思いながら。
私はそそくさと教室へと戻った。
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