第14話

酷い寝汗を書いた不快感からか、パルミラは目を覚ました。

息が荒いのもひどい夢を見た結果である。

彼女は自分の背中を、正確に言えば矢を受けた場所をまさぐった。

当然そこに傷はなく、夢の中でのみ受けた傷である。

そこに何もない事、そしてそこに熱を持っていない事から、彼女は大きく息を吐きだした、

余りにも現実味のある夢だった。

そして痛みは本物以上のものを感じさせる夢であった。

あれは一体……と考えた後、パルミラははっとした。

あの場所に矢傷を受けた人が、この城にいるではないか。

イオだ。イオが同じ場所に傷を持っていた。

だがしかし、それではつじつまが合わないではないか。何故イオの傷の夢を、自分が見るのだろう。

イオの傷を見たからか?

彼の背中の手当をしたから、そんな夢を勝手に作ってしまったというのか?

それの意味が全く分からない。

それともこの城が、何かしらの魔法の力をもってして、パルミラにイオの過去の夢を見せたとでもいうのだろうか。

全くあり得ない事ではない。なにせ使用人が一人もいないのに維持されている城だ。

それ位の事は可能かもしれない。

それでもおかしい。仮にイオの過去であったとして、そのイオの過去をのぞき見させる事に、一体何の理由があるのだろう。

パルミラは大きく息を吐きだした後、周りを見回す。

寝台の天蓋から下りているの隙間にそっと手を差し込むと、外の月明かりがよくわかる。

今はまだ夜中のうちに入るらしい。

夜中に目が覚めるなんて……パルミラはもう一度寝直そう、と決めた。

動いた時に足が痛んだのだ。温かい寝台の中で、傷の痛みがじくじくと存在を訴えかけて来る。

彼女は天幕の外に伸ばしていた手を引っ込めて、もう一度寝台の中にもぐりこんだ。

まだ胸のあたりがどくどくと勢いよく脈打っている。

悪夢の気配がまだ感じられてしまい、いよいよ寝付けなくなりそうだ。

寝付けなくなったら困るのは自分なのに、あの夢はあまりにも真に迫っていて、ただの夢ではなくて本当に、彼女が想像したイオの過去であるという事ではなく、やはりイオ自身が体験した事なのではないか、と思ってしまう。

しかしどちらも荒唐無稽すぎて、嘘くさい。

そしてイオにその真実を聞く事も出来ないだろう。何故傷を負ったのかなど、あえて語りたいわけもない。

イオがずっと言わないのがその証拠だ。

きっとイオは言いたくないのだ。

そんな事を思っているうちに、はっとするともう朝の光が、空に昇っていて、どうしたって起きなければならないと思わせる時刻のようである。

イオが声をかけて来る事もないという事は、そんなに遅い時間でもないのだろう。

そう思いつつ、彼女は寝台から起きあがった。

たしか昨日、彼がクロゼットを開ければ、何かしらの衣類が出て来ると言っていた。

まさに魔法のクロゼットだ、と思いながら、パルミラはクロゼットを開ける。

そうすると、本当に衣類が一式そこにかけられている。

それも自分で着られるように仕立てられた衣装だ。

そして寝間着ではない。

まるで自分が想像した衣装そのままである。

もしかすると、このクロゼットは、自分の想像した衣類が出て来るといったたぐいの魔法がかけられていたりするのでは?

そんなありえない空想も、なんとなく楽しいものだった。

衣装に着替え、パルミラは一緒に出てきた簡素な靴に足を通し、見事な造りの鏡台の前のブラシで髪をくしけずり、簡単に身なりを整えた。

そうしてから、そっと扉を開き、外に出る事にした。

外はしんと静かな朝の空気をまとっていて、それだけですがすがしいものがある。

彼女が、ゆっくりと吐き出した息はほの白く靄がかり、この気温がそれなりに低い事を知らせる。

そんな気温の低い空気の中、パルミラは渡り廊下の大きな窓から見た、外の景色に目を見張った。


「真っ白だわ……」


外は暗い色をした病んだ木々が、雪をたっぷりとまとって、厳めしい。まるで北の魔女のような厳しさまで感じられるそれらが密集し、一つの地形を作っている。

病んだ木々は聖なる森に生えている木々の事だ。という事はこの城は、聖森が近いのだろうか。

という事は国境沿いの城なのかしら、と聖なる森とその周囲に関しては詳しくない彼女が、自分なりに地図を描こうとしても、あまり意味がない。

数分考え、地理事態に明るくない事、そして自分がどの方角に逃げてきたのかもわからない事を思い出し、彼女は自分の場所を把握することをあきらめた。

諦めると同時に空腹を感じ、彼女はゆっくりと、昨日向かった台所へ向かう事にした。



台所へ行くと、そこのかまどは熾火がくすぶっており、また一から火を熾さなくていい事に、パルラミはほっとした。火打石も火打ち金もないという、この城で、イオのように燐寸が使えない彼女が火を熾すためには、また膨大な手間がかかるはずだからだ。

それとも熾火さえも、この城の魔法の力が働き、制御下にあるのだろうか。

そんな事を思いながら、パルミラは白くけぶる息を吐きだしつつ、声をかけた。


「暖かい飲み物を、いっぱい、いただけますか?」


はたして城に対して、こう言った風にお願いをする事が正しいのだろうか? 

そんな事がちらりと頭をよぎったわけだが、城はその言葉に対して、人知を超えた力を作動させるという答え方をした。

台所の中に作られている、変わった造りの井戸から水が木おけに汲まれて、熾火には新たな薪が投じられる。

やや強まった炎の温度でも確認しているのか、鍋が様子を窺うようにかまどを覗き込むような動きを見せて、その後に鍋へ水が注がれ、温める位置に置かれる。

その間にも、他の部分も動き出し、棚に置かれている、香草だろうか? そう言った物が入っている瓶……ガラスの瓶だ、高価そうである……から、小さなやかんに似たポットへと、茶さじいっぱいの枯れ草がいれられた。

パルミラはそれらの道具の、無駄のない動きに感心しながら、どこにも腰掛ける場所がないために、空っぽらしき樽の上に座っていた。

鍋の水がわいたのだろう。鍋からポットへ湯気の立つお湯が注ぎ込まれて、蓋が被せられる。

数分ほど待っただろうか、その後彼女の元へ差し出されたカップの中では、くすんだ彼は色のお湯が、彼女の顔を映していた。

彼女はゆっくりとその香りを吸い込む。清涼感のある心地よい香りが、そのお茶から漂っているので、なんとなく体の力が抜けて行く。

これは一体何のお茶なのだろうか、と思っても、瓶に書かれている異国の文字は、彼女の知らない文字で、読む事は断念するほかなかった。

そっとその清涼感のあるお茶を口に含むと、香草独自の風味が舌に染み渡り、温かさが体の芯まで広がっていく。

それをゆっくりと飲み干した彼女は立ち上がり、台所に問いかけた。


「食事の支度を、私がしてもいいでしょうか?」


鍋たちは沈黙した。それはお客様にやらせる事ではない、と言いたげな態度である。

お城がそう思っているのならば、パルミラは、無理やり自分の食事を、自分で作ったりしない。そのためもう一度声をかけた。


「そうですか、ありがとうございます。どなたか、イオの所まで案内していただけますか?」


かたん、とその彼女の願いにこたえたのは、一足の皮のブーツだった。

どうやらイオのブーツのようだ。

ブーツは彼女の前に立ち、踵を鳴らす。

どうして案内されたいの、と言いたげなそれに、彼女は言う。


「昨日傷の手当てをしたのです、だから今日も包帯を取り替えたいのですよ。傷口は清潔にしておかなければ、治るものも治りません。それに一人では巻きにくい部分に怪我をしているから、寝て乱れた包帯を治すのに、きっと人手が必要なのです」


ブーツは納得したようだ。しゃんと立ち上がると、踵を二回打ち鳴らし、彼女に先導するように歩きだした。

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