第11話

どれだけ寒くても、城の内部が気になって仕方がなく、パルミラはあてどなく回廊を歩き続けた。

どこを居室にしてもいいと城の主がいい、城の主が、探検するといい、などといったから、パルミラを止めるものは、寒さばかりだったのだ。

古城の内部は入り組んだ造りだと、初めからわかっていたのに、目標もなく進み続け、また彼女は迷子のような状態になってしまった。

だがとても気になってしまうのだ。

この城は一体いつ頃に建てられたお城なのだろう。

彼女のが知る限りの城の中で、一番近いのは、戦乱の多かった時代に作られた城だ。

この城はその城よりもずっと軽やかな印象を受ける。

戦いの多かった時代に建てられたものではないのだ。

しかしそうなると、一体いつ頃のものなのだろう。

魔王の国との戦乱の後、聖なる森は閉じられたと聞く。

そして時折、魔の力と対抗すべく、生贄……それも人間を求めるのが、聖なる森だ。

そこから外れた場所に建てられた城なら、歴史が浅くてもおかしくはないが……あえてその森に接した場所に城を作るもの好きは、あまりいないだろう。


「これはとてもきれいな窓枠だわ……これは今では誰も作れない図案だと、先生がおっしゃっていたものだし……やっぱりこの城はとても歴史が長いのかしら」


彼女は足を止めて休憩する際に、近くの窓辺に腰を下ろした。その時に目に入った窓枠は、美しい曲線をたたえた窓枠であり、これのためには窓ガラスを特注しなければならない。

どんな時代であっても、特注品が高いものである事は、変わらない。

そしてこの城が、彼女の思う通りの年代に建造されたものだったならば、透明な不純物のないガラスの価値は、今よりもずっと高かった。

そして、数多の領土を、聖なる森に飲み込まれた女王の国は、今でも薄く透明なガラスと言う物は、貴重なもので、財産を誇示するものだった。

そう考えていくと、やはり……

やはりこのお城は、特殊極まりない城だ。

窓枠に埃一つないという事実と、そしてこの城でイオ以外の誰にも出会っていないことを考えると、掃除も魔法の力がこなしているのだろう。

人の理解しがたい力、制御できない力が働くこの城は、とても珍しい。

もしかしたら、人間が魔王の国を疎んじたのは、嫌ったのは、自分たちよりもずっと便利で、優れた事を成し遂げられるからだったのかもしれない……

こんな城が作れる種族と、敵対するなんてどう考えたって無謀だ。

そして大昔であろうとも、そんな簡単なことが分からなかったら、女王の国は滅んでいるはず。

今女王の国が滅んでいないのだから、当時も、女王を止める、見識豊かな賢人たちがいたはずだ。


「……っ」


少し考え事をしていた彼女は、不意に足を襲った痛みに、顔をゆがめた。眉をしかめ、区っと唇に力を込めた彼女は、自分の足を見て、目を見張った。


「寒いから、痛みも忘れてしまっていたわ……血も寒さで止まっていたのに、歩いていたら傷が開いてしまったのね……」


彼女の足に巻かれた、イオが巻いたのだろう布に、うっすらと血がにじんでいたのだ。

これで無理をして歩き続けたら、本当に足の傷が治らなくなってしまう。

それに、イオに頼んで、靴を調達した方がいいだろう。

パルミラは、自分が素足に布を巻いただけという事を、すっかり忘れていたのだ。


「ここからあの台所に戻るには、どの道が一番近いかしら……」


彼女が道を思い出そうとした時だ。

ぼう、という、何かが燃え上がり始める音が、彼女の耳に届いた。

ぱっとその音の方を見ると、回廊の反対がわ、彼女が休んでいる窓枠の反対側に、扉が一つあったのだ。

その扉の前の松明が、ぼうぼうと燃えている。

まるで彼女に、ここで休めと言わんばかりの、あからさまな炎だった。


「……どこを居室にしてもいいと言っていたのだから、ここでも構わないはずでしょう」


自分に言い聞かせるように彼女は、ゆっくりと呟き、その扉の前に立った。


「ここにする、といえばいいのかしら。“ここに泊まります”」


彼女がためらいがちに言ったその時だ。がしゃん、という音とともに、それまではその扉に存在しなかった錠前が、音高く現れた。

錠前の穴は、ありふれた鍵穴ではなくて、指を差し入れるかのような丸い穴だった。

ここに指を入れても、切られたりしないだろうか。

そんな事を考えながらも、ここはイオの城だから、酷い事はしない、と思い直し、そっと指を差し入れた。

錠前が瞬く間に、淡い青色の光と緑の光を放ち、その光が、錠前から扉に、音もなく広がった。

広がったその光を目で追っていた彼女は、錠前が当たり前の顔をして、しゃりん、と涼やかな音を立てて開いたため、そっと、扉を開いた。

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