そんな君は知らない

みこ

そんな君は知らない

 ガチャ

 寮の自室のドアを開けた。

 いつも通り、お前がいる部屋。同室なんだから当たり前だ。


 中学部から同室の、気に入らないやつ。それがアツシだ。

 いつも、気に入らなかった。

 スポーツができるんだかなんだか知らないが、いつも誰かに囲まれている長身の男。

 明るい色の髪。日に焼けた肌。

 そして、最初から。


「はじめまして」

「…………ああ」


 最初の挨拶から、無視してくれた、この男。

 そっぽを向くその横顔。無駄になった出した右手。

 俺の何が気に入らないんだか知らないが。挨拶ひとつも、まともに交わしたことはなかった。


 だから、食事をする時もバラバラに食堂に行く。

 あいつは誰か、その辺の気が合ったやつと食事をする。

 俺は、いつも特定の友人と食事をする。

 風呂も、タイミングはバラバラで、もし風呂で会ってもお互い無視だ。

 お互いが部屋にいる時も、俺は大体自分のベッドで本を読んでいたし、あいつは床に座り込んでボール遊びだのデスクで宿題だのしていた。

 俺は、二段ベッドの下のベッドで、普段からカーテンも閉めっぱなしなので、顔を見ることすらめったにないくらいだった。


 でも、その日の様子はなんだか違った。

 自室のドアを開けると、アツシは自分のデスクに向かっていた。

「…………?」

 大人しい……?

 いつになく、音も立てず、何をするでもなく、椅子に座っているようだった。

 いつも通りあまり見ないようにして、ドアを閉める、その時だった。

「リョウ……タ……」

 聞こえたのは、俺の名前だった。

 え…………?

 返事をするでもなく、じっとアツシのほうを見た。

 デスクに突っ伏したアツシは、喘ぐように唸っていた。

「う……ぁ…………あ……あぁ…………」

 いや……泣いて、いた。

 え…………?

 アツシは、俺の名を呼んで、泣いていた。

 なん……で……。

 じっと見る。

 静かな、声を殺した、喘ぐような声が、聞こえた。

「リョウタ……う…………ひぐっ……」


 俺は、アツシを、じっと見ていた。

 ドアを閉めるのも忘れていた。

 そして、大股でアツシのところまで歩いていくと、ぐいっとアツシの頭を持って、こちらを向かせた。

 アツシは、面食らった顔をしていた。

 またそっぽを向いて、気まずそうな顔をする。

 俺は、そんなアツシの頭と顎を両手でつかむ。

 またこちらを向かせ、今度はそのびっくりしたような、涙でドロドロの顔を見ながら、その口に自分の舌を突っ込んだ。


 キスなんて綺麗なものじゃなかった。

 ただ、気に入らない奴の口の中に、自分の舌を突っ込んで、舌先で口の中を蹂躙しただけだ。

 ひとしきり口の中をかき混ぜて、かき混ぜて、かき混ぜて。

 アツシが離れようと力一杯突き放すその瞬間まで、その口にかぶりついた。


 突き放されて、床に尻餅をついた。

 気に入らないやつをじっと睨むと、また大股で部屋を出て行き、ついさっきまで居た図書館へ向かった。

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そんな君は知らない みこ @mikoto_chan

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