4
時はわずか遡る。
「……高天は、プレハブ棟にいる」
文字通り腕も上がらず、泣きべそをかいて、志摩は告げた。
「プレハブ棟?」
「旧校舎の裏にね、部室として使っている建物があるのよ」
一年生の巽にはピンとこなかったらしく、首を傾げていると加奈が助け船を出した。
「ああ、あれ、部室だったんですね。倉庫だと思ってました」
ま、実質、倉庫みたいなものだけどね。
引き続き詳細な位置を聞き出そうとする巽を見つめながら、加奈は疲労感を覚えて、本日何度目になるかわからない溜息を吐いた。
変わり者の兄・斎と違い、人懐こい、でもどこにでもいる少年だと思っていた巽が、美術部に押し入ってきた無頼の輩……といっても、せいぜい二十歳くらいだろう……を次々とのしてしまい、志摩に至っては、訳の分からない技で、身動きできなくしてしまった。
驚いたのは、自分と美矢くらいで、山口部長達三年生は、全く動じてないし、珠美は驚きもせず『行け!いいぞ!』と声援を送っていた。
「武術と名のつくものは、何でもござれなんです」
訳知り顔で珠美は、彼が実は有名な武術家の跡取りだと、そっと耳打ちしてくれた。
「よく知ってるわね」
加奈が感心すると、えへ、っと赤くなった。
どうやら加奈が知らないうちに、密かに思いを通じ合わせていたらしい。
「で、今回裏で仕切っていたのは、結局誰なんですか?」
「……それは……」
「まあ、今はいいでしょう。三上先輩、これで和矢先輩に連絡して、場所教えて下さい。プレハブ棟の北寄り三番目の部室です」
そう言って加奈にスマホを手渡すと、巽は縛り上げた男達の所持品を点検し始めた。
全員分のスマホを探し出し、片っぱしからチェックしていく。
加奈が場所を打ち込んでメール送信していると、巽がスマホを見比べて、うなづいていた。
「わかったの?」
巽の手が複数のスマホで埋まっていたので、借りていた斎のスマホは紛れないよう珠美に預け、巽のそばに寄り、男たちのスマホをのぞき込む。
「はい、たぶん。同じ未登録の番号が、リダイヤルで、しかもほぼ同じ時間に入ってますから。全部数秒でワン切りしてますし。着信歴もない」
仲間内で同じ番号を控えるなら、一人が登録してメールで一斉送信し回した方が手早い。
一見無駄な手順に、なるべく記録を残さない意図を感じた。
間違って消してしまってもいいように、何人かのスマホに打ち込んだのであろう。
言われれば分かるが、それをパッと見ただけで探り当てる巽の情報分析力というか、推理力に加奈は感心した。
巽が、スマホの一つを操作し、発信する、と。
「加奈先輩……!」
キャッと珠美が小さく悲鳴を上げる。
突然、雷に打たれたように、加奈はのぞけっていた。
『…………ってえ、何す……』
巽の手にしたスマホから、声が漏れ聞こえていたが、今は誰も気に留めていなかった。
床にへたり込んだ加奈を、美矢が介抱する。
「先輩……!」
震える加奈の肩を、美矢は両手で支える。
すがるように、加奈が美矢に抱きついた。
「……さま、……が……」
かすかに、美矢の耳に届く、声。
そのまま美矢の腕の中で、すうっと、加奈は崩れ落ちた。
『…………っ!…………っぎゃあぁぁ!』
時同じくして、巽の手の中のスマホの、向こうから響いてくる、叫び声。ぎょっとして、その場にいた面々が、加奈とスマホに何度も視線を往復させる。
余韻もなく、打ち切られた悲鳴の後には、通話が途切れたことを示す、電子音が鳴る。
巽はすぐさまリダイヤルしたが、『おかけになった番号は……』と無機質なアナウンスが、電波が届かない旨を知らせるのみ。
「何が起きたんだ……?」
珠美から奪うように兄のスマホを操作し、巽は和矢に連絡を取る。
『今、部室に着いた!悲鳴が聞こえて……いた?高天君!?』
俊! という正彦の叫び声が、後ろから聞こえる。
『……無事、とは言い難いけど、とりあえず保護完了だよ』
「そこに、他には……須賀野って人がいるらしいんですけど」
『いない。扉が開けっ放しになっていたから、出て行ったのかもしれない。あの悲鳴が、スガヤってやつの、かな? ……あ、高天君? ……大丈夫、気が付いたみたいだ』
「……俊先輩、確保です。ケガしているみたいですが、意識は大丈夫そうです」
巽の言葉に、美矢はひとまず胸をなでおろし……意識を失った加奈の体をしっかりと抱きしめる。その青ざめた顔を、じっと見つめ。
美矢は、先ほどの加奈の残した言葉を、頭の中で反芻した。
『ヒメサマ、ワガキミガ』
……あなたは……誰?
…………星が、またひとつ、流れ落ちた。
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