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「ったく、遅ぇな。何やってんだ」
美術室に様子を見に行った志摩が、いつまで経っても戻って来ないことに、須賀野は苛立っていた。
本来なら、美術室を襲った別動隊が、須賀野に渡された連絡用のスマホに電話をしてくる手筈だった。
須賀野としては、高天俊を思う存分痛め付けることが出来ればそれで良かった。
だが、馴染みの店で知り合ったシバ、という男から、高天俊を心身ともに打ちのめしてほしいという依頼がある、大層恨みがあるらしい、一枚噛まないか、と誘われた。
裏社会で便利屋のような稼業に携わっているというシバは、組織の詳細は話せないが、学校関係者に伝手が欲しいので、ちょっと手伝ってくれたら助かる、と話した。
謝礼金の額にも惹かれたが、何より俊を散々痛め付けることが出来る、オマケに後始末はシバの組織でやってくれる、という美味しい話に、須賀野は躊躇もなく飛び付いた。
俊に対して怯えている様子の志摩は、初めは躊躇していたが、ここまで聞いて置いて協力しないつもりか、と半分脅しかけて手伝わせた。
『でも、殺っちまうのはマズイんじゃあ?』
『そこまでしないさ。別の奴らに女を拐わせるから』
『っていうと?』
『出来れば、ソイツが大事にしてる女がいいな。あてはあるか?』
『まあ、一応』
『大事な女の、人に見せられないような写真を学校やネットでばら蒔かれたくはないだろうなあ。そういう男なんだろう?』
『それもヤバいんじゃ……?』
『なあに、大事なのは、そう思わせるってことさ。実際に事件にならなきゃ問題ないさ』
須賀野の役目は、学校内で人目につかないよう高天俊を拘束すること。
さらに望むなら心身とも痛め付けることと、その際、彼が大事にしている女の悲鳴を聞かせて、酷い仕打ちを受けていると思わせることで精神的にも追い詰める役目も請け負ってもらっていい、その場合は謝礼に色も付ける、と言われ、二つ返事で引き受けた。
後方支援の別動隊として動く輩とは直接の接触しないことを条件に契約者不明の飛ばしのスマホや必要経費も渡され、機会を待って実行に移した。
人気のない場所で、シバにもらった経費で手に入れたスタンガンを使い自由を奪った後、園芸部の物置からこっそり持ち出してきた箱形の台車を使って以前暗証番号を聞き出して私物化していた部室に運ぶ、予定だった。
文化祭の片付けの最中なら、見つかっても、大きな荷物を運んでいると言い訳が立つ。
そんな風に考えていたら、直前に俊とトラブルになった谷津マリカの存在を知り、シバの指示を仰いで、シバの存在を公表しないことを条件に仲間に引き入れた。
男二人がかりとはいえ、脱力している男子高校生を部室に運び込むには見張りや時間稼ぎが必要だったが、そこもマリカがカバーしてくれた。
行事ごとにあまり深くかかわっていない須賀野たちに代わって、文化祭の配置やタイムスケジュールの詳細、部室への目立たないルートを事前に調べ、より確実に人目を排するよう計画の采配を揮うという実行力も見せてくれた。
今日一日、俊の動向を見張り続けていた。意外にひとりになる時間がなく焦っていたが、一番タイミングのよい時間帯に作戦を実行できた。
無事、俊を拉致した後、時間調整して、マリカの腕に手形をつけ美術室に派遣し、あとは別動隊に任せて、須賀野の役目は、俊に制裁を加えるのみ、になった。
本来なら、志摩に様子を見に行かせることも禁じられていたが、いつまでも連絡が入らず、痺れを切らせて、須賀野が命じたのだ。
初め躊躇した負い目があってか、今回の件に関しては、志摩は素直に指示に従った。
その志摩も、戻って来ない。
後夜祭の終わる前に片を付ける予定だった。
学校内がざわめいている内なら、多少の悲鳴はかき消されてしまうだろう。
だが後夜祭が終われば、校内の見回りもするだろうし、こちらはともかく、美術室で何かトラブルが起きていれば、すぐに見つかってしまう。
せっかくシバが後始末を請け負ってくれると言うのに、公になってしまっては元も子もない。
下手をすれば退学モノだ。
多少羽目は外してしまったが、キチンと卒業して、大学へも進学するつもりだった。
国公立、一流私大などは望むべくもないが、とりあえず大学と名のつく所になら滑り込める自信はあった。
大学に入りさえすれば、そこからリスタートできる。
中学の先輩に誘い込まれてうっかり道を踏み外したが、元々は優等生だった。
初めはカッコイイと思っていた先輩が、ヘイコラ頭を下げて安いバイト代でこき使われている姿を見るたびに、あんな風にはなりたくないと思うようになった。
どうせ、道を踏み外すなら、シバさんみたいに、他人を顎で使って、金を動かせるような、大悪党に……。
「おい、起きてるか?」
須賀野は、俊の足を軽く蹴った。
モゾッ、と動く気配がする。
「今頃、俺の仲間が、美術室を襲っている」
ピクン、と俊の体に緊張が走ったのが分かった。
当初の計画では、スマホで声を聞かせ、リアリティを持たせて、信じ込ませるつもりだった。
俊の大切な女性が、汚される。
俊本人を傷付けるより、よっぽど効果的に彼をボロボロにできると、シバは言った。
もちろん、実際に手を汚す必要はない。
俊に、そう思い込ませることが出来ればよい、と。
俊の性格なら、事実があったかどうかなど、決して本人には訊ねはしない、と。
……その時、魔が差した奴等が女性に何かしても、須賀野達の責任ではないから、と。
そう、自分は、俊をちょっと脅かすために、実際には起きていない出来事を、話して聞かせただけだ。
たまたま、美術室で、似たような事件が、起きていたとしても、関係ない。
「お前が惚れているのは、どっちなんだ?」
何も起きていなかったとしても、元々、そういう計画だ。
ようは、俊に信じ込ませれば、いいだけ。
「仲のいい、三上っていう美人か?それとも」
俊が、そろそろと体を起こした。
「あの、転校生の妹か?」
ヒヒヒ……。
下卑た笑い声が、須賀野の口から漏れる。
「どっちでもいいか。……あのマリカって女、こえー女だぜ。自分を美術部から追いだした三上と、馬鹿にした転校生の妹に、復讐したいってさ。めちゃくちゃにしてくれるなら、協力するからって。邪魔な男共連れ出すために、痕がつくほど、腕を掴めっていってさあ……」
起き上がった俊を、須賀野は足蹴にし、仰向けに床に倒した。
俊の喉元をグリグリ踏みつける。
「あーあ、俺もこんな所でコイツ構ってないで、アッチに行けば良かったよ。さぞイイ躯してんだろなー。ああ、写真撮ってじきに送ってくるから、見せてやろうか? お前も変な気起こすんじゃねーぞ。
わざとらしく、下卑た風を装って、声に出す。
その時、スマホが、震えた。
「お、きたきた、……!」
着信を受けようとして、須賀野は、突然浮遊感に襲われ、気が付けば尻餅を付いていた。
「……ってえ、何す……」
その後に、言葉が続かなかった。
口を開けても声は出せず、ただ、見ることしかできなかった。
男の眼に焼き付いたのは。
…………凍るような、燃えるような、青白い閃光。
その向こうに、一瞬、見えた、凍てつくような、氷の、眼差し……それだけだった。
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