4
「くそっ! ムカつくなー! あのヤロー!」
バンッ! と拳でテーブルを叩いた。
「っざけんなよ! ってんだ! ぜってー痛い目、見せてやる!」
「荒れてんな、スガちゃん」
空のグラスを叩き壊されないうちに避難させようと、セッセと片付けながら、ウェイターが声をかけた。
ちょっとした喧嘩や小競り合いはしょっちゅうだし、備品を壊されたくらいでは動じることがないマスターだが、今このテーブルを陣取っているのは、自分の『顔』でこの店に出入りするようになった奴らだ。
備品を壊された暁には、自動的に自分の給料から天引きされる羽目になるに違いない……経験的に分かっている。
余計な出費は避けたい、と言うのは、ごく当たり前の心理であろう。
「どうもこうもないっすよ! 優等生ぶって、何かっちゃあ正義ヅラして……」
オールバックの髪が乱れるのも厭わず、スガは頭をかきむしった。
「バックに族がついてるとか、極道の跡取りだとか、イロイロ噂はあったんすけどね。確かに迫力あって、目ぇ合わせただけで、ビビッちまうんで」
息巻くスガに気圧されるように、もう一人が言い訳めいた説明を加える。
「そんなのガセだっていうじゃねーか!」
「いや、でも俺、中坊んとき、アイツ見たんだ。サッカー部の試合で」
「シマちゃん、あの頃は真面目にサッカーやってたからな」
「オカダさんだって」
「……昔の話だ」
オカダ、と呼ばれたウェイターが、苦笑する。
「で、何を見たんだって?」
「試合中に、相手の選手がケガしたっす」
「そんなの、普通にあるじゃねえか」
スガが横やりを入れる。
「フツーのケガじゃねぇ。サッカーボールが弾け飛んで、相手の選手は切り傷まみれだ。傷自体は皮膚を薄く掠める程度で、でも、数が半端じゃなくて。そばにいたアイツは……無傷だった」
ゴクン、とスガとオカダは唾を飲んだ。
「相手の選手ってのが、プレーが荒くて、地元じゃ結構有名で。反則紛いのラフプレーで対戦相手ケガさせることもよくあって。そん時もアイツからボール奪うのに、肘で腹を打ちやがって。審判から見えないようにして。アイツがよろけた隙にボールを奪って、走り出そうとした途端、ボールが弾けた」
「……それで?」
「かまいたちだろうって事で落ち着いた。運の悪い事故だって……わざとそんなことができる人間はいないって……でも! ケガはともかく、ボールは弾の痕が残らないような特殊な銃でも使ったんじゃねえか、って噂になった」
「……それでアイツは?」
「さあ? その後、サッカーもやめちまったみたいだし。サッカーやってる連中は結構知ってるみたいだけど、やられた相手が相手なもんで……いい気味だって思ってたんじゃねえの? アイツの名前は広まらなかったみたいだ」
「そいつ、何て名前だっけ?」
「たか……」
「タカマ・シュン、だろ」
シマの答えに被さるように、別の声が重なる。
「話を聞かせてくれないか? そいつとは、ちょっと因縁があってね」
「……オカダさん、いいんすか? あいつら、後輩なんでしょ?」
「中坊ん時の、な。今はただの顔見知りだよ」
「冷てーな」
「どーせ、オレらみたいな高校中退の
そう、似ているようで、自分とは違う。
寝食忘れて、ひたすら打ち込み、スポーツ特待生になった挙句、ケガをして、さっさと見切りをつけられた。
バカ高い月謝を払って一般クラスに入るか、公立に編入するか、もしくは……ろくに勉強してこなかった自分には、リタイアの道を選ぶしかなかった。
「でも、あの人……シバさんて、結構ヤバい人なんでしょ?」
「さあ? マスターが頭が上がらないってことは確かだけどな」
昼間から未成年にアルコールを出すような店だ。
その為に、人前では言えない所に納めるものも納めている。
そのマスターが、気を遣う相手だ。
どのような筋の人間かは知らないが、まともな立場の人間ではないだろう。
「少しは痛い目を見たらいいんじゃないか?」
「少し、で済みますかね?」
だとしても、関係ない。
少なくとも、そんな人間に不興を買ってまで、口出しするような命知らずでもなければ、義理もない。
「気にするなよ。ただ、客同士が、意気投合しただけさ」
その結果、何が起きても、知らんぷりをすることだ……自分が大切なら。
「それか、本当に利口な人間ってもんさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます