第23話 安全な場所
風切り音が耳元で五月蠅く鳴っている。
腕の中にいる
景色が次々と後ろへ流れていき、眼前には学園の大きな校舎が見えてきたところだった。
「あいちゃん……」
あの場を後にしてから、
抱き抱える純一を拒むことはないが、それでも俯いたままだ。
その姿に微かな不安を純一は抱くものの、後悔はしてなかった。
純一にとって深愛は全てだ。
存在意義と言ってもいい。
そんな存在を危険に晒したのだから、
むしろ、命を奪っていないだけ優しい対応だっただろう。
それさえも、深愛に気を使ってのものだったが。
ただもし、後悔することがあるとすれば、それは深愛に嫌われる時だ。
「……じゅんくん、大丈夫ですよ。景之くんのこと、私は気にしていませんから。都市防衛軍の人がすぐに来るでしょうし……」
「……そうだね」
「それよりも、今は学園に向かっているのですか?」
暗くなった雰囲気を振り払うように頭を振った深愛は、視線の先にある校舎を見ながら聞く。
「うん。あんなことがあった後だから不安かもしれないけど、本当なら学園が一番安全な場所だから。でも、今度は教室で待機なんてさせないよ」
そう言う間にも校舎は近づき、二人はそっと中庭へと降り立った。
丁寧に深愛を降ろした純一は、その左手を握りながら深愛を先導する。
「あ、あの、どこへ行くの?」
「学園長室だよ」
「え?」
「学園長は実力者だからね。教室よりも安全だと思うよ」
「えっと、あの、出来たら二人も一緒に……」
立ち止まり、深愛の言葉に逡巡する。
深愛が言う二人とは、
もともとヤタガラスの実戦部隊であった
(……それでも、深愛の精神的な事を考えれば二人が居た方が良いか)
気丈に振る舞っているが、ついさっきまで命を失う寸前だったのだ。
都市内に居れば基本的に遭遇することのない存在と対峙していた。
いずれ
そんな状態で良く知りもしない人と二人きりという状況は、休まる筈の精神も休まらないというものだ。
「分かった。一度教室に寄って、二人と合流してから学園長室に向かおう」
「ありがとう、じゅんくん」
二人は手を繋いだまま、教室へ続く階段に足を掛けた。
「え?」
教室の扉を開けた二人に聞こえた第一声は、そんな間の抜けたものだった。
驚く学生が多い中で、一際大きく目を見開いている学生が二人。
もちろん、咲と雫だった。
「み」
「み?」
「みゃーーーーちゃーーーーーーんッッッ!!!」
ドドドドドドドドド、という音が聞こえてきそうな勢いで咲が突っ込んでくる。
「ふぎゃっ!」
思わず、ほんとうに思わず、その勢いに気圧されて純一は咄嗟に深愛を引き寄せてしまった。
すると、抱き着く対象を失った咲は廊下の壁と熱いハグをすることとなった。
「咲ちゃん?!」
「あ、ごめん!」
慌てた深愛が咲に駆け寄り、目を回す咲を介抱する。
「深愛も純一も、心配した」
「雫……ごめんね」
咲に遅れて雫が出てくる。
その頬は興奮で僅かに赤くなり、相変わらずの無表情ではあるが心配の色が含まれているのが分かる。
「いったたた……」
「咲ちゃん、大丈夫?」
「う、うん……って、それよりも!」
「ひゃっ?!」
ぶつけた額をさすりながら起き上がった咲だったが、深愛の姿を認めるとガバッと抱き着いた。
「本当に心配したんだよ!なんか
「心配かけちゃってごめんね」
「いや!みゃーちゃんが謝る事じゃないよ!ぜんぶ八岐が悪いんだよ」
抱き着いたまま景之を非難する咲。
純一の横で雫も、それに頷いていた。
「それはそうと、純一は何してたの?あ、お手洗いって誤魔化しはナシね」
「まあ、この状況だし、隠すようなことじゃないから事情は話すけど、ちょっと場所を変えさせて欲しいな」
「?」
首を傾げる咲と雫を引き連れて、純一たちは目的地である学園長室へと向かった。
「……なるほど、それでこの部屋に来たというわけか」
「はい。はじめは教室でも安全かと思いましたが、思わぬ伏兵がいましたので」
「ふむ。私としても、学生の中から独断専行した者がいると聞いて残念だよ。君への依頼のこともあるし、3人をこちらで引き受けよう」
「ありがとうございます」
突然訪室した純一たちに驚いていた大国だったが、景之の行動と都市内に侵入した
「えっと、なんで私達はここに?それに依頼って?」
「状況が飲み込めない」
そんな中、急展開過ぎる状況についていけていない二人が疑問を口にする。
「大まかにはさっき学園長に話したことが理由なんだけど、教室よりも学園長の傍が安全だから。依頼って言うのは……」
言葉を切り、大国へ視線を向ける。
純一の言わんとすることを理解した大国は、その視線に頷くことで答えた。
「僕がヤタガラス教導傭兵団の団員だからだよ」
「ヤタガラスって!」
「あのヤタガラス?」
声を上げて驚く二人とともに、深愛も目を見開いている。
一学生でさえもその名前を知る集団なのだ、ヤタガラスは。
「さて、お嬢さん方。聞きたいことは沢山あるだろうけど、少し私にも話をさせてもらっていいかな?」
そのままにしておけば矢継ぎ早に質問が飛んできそうな状態だったが、大国の一声でそれは静められた。
そのまま深愛たちを部屋の隅へ移動させる。
「接敵の瞬間は屋上から見ていましたが、状況は芳しくありませんか?」
都市防衛に関わる依頼を聞かせたくないという大国の意図を察した純一は、小声で問い掛ける。
「うむ。追加の部隊が到着しているものの、やっと一番下を二体倒したところらしい。それだけで部隊の半数近くがやられた。このままでは大和陥落まで幾ばくも無いだろう」
「では」
「ああ、依頼更新だ。都市防衛から、大和に向かう
「分かりました。すぐに向かいます」
「頼む」
「ああ、それと」
大国の言葉に踵を返した純一だったが、一度立ち止まると振り返り━━
「二度目はないですよ」
その声は、確かな圧を持って大国に届いた。
「……もちろんだ」
冷や汗を隠しながら答えた大国に一つ頷いた純一は、部屋の隅にいる深愛たちへ声を掛けるとすぐに部屋から出ていった。
「さて、こちらはこちらでどう話そうかね」
呟いた大国の視線の先には、質問を沢山抱えた顔の三人がいた。
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