第7話 舌戦
「それではこれより、
審判役の氷室教官の声と同時に、演習場が歓声と熱気に包まれた。
学園敷地内に数ある演習場の一つ。
直径百メートルほどの戦闘フィールドと、それをすり鉢状に囲む観客席が設けられている。
その中央で、純一と景之は相対していた。
「随分と沢山の人が集まってるんだね……」
観客席には隙間が無く、立ち見が居るほどの超満員。
新入生や上級生といった学生だけでなく、手の空いている教官までも見に来ている有様だ。
毎年の恒例行事とはいえ、ここまで人が集まるのはとても珍しいことだった
「証人は多ければ多いほど良いからな。Fランクごときが、Sランクの深愛とチームを組もうという思い上がり、大勢の人間の前で叩き直してやろう」
純一の目の前で、景之が不敵に笑う。
これだけの人数、数日前から話が流れていたのならばまだしも当日、それも1時間と少しで集まることはあり得ない。
つまり、
純一たちが『
そして、景之が話を広めたのなら集まるのは勿論、八岐に縁がある者が多いということ。
景之を応援する声が多いのは、当たり前の話だった。
「逃げださなかったことは褒めてやる」
「そりゃどうも」
大勢の声援を受けて自信満々に立つ景之。
純一に負けることなど、万が一にもないと考えていた。
さらに、純一が選んだ『
「まさか、勝ち目がないからと言って刀型の『
景之の言葉に、観客から嘲笑の声が漏れ始める。
既に、純一の『
この学園に通う学生で刀型の『
そんな純一が一般的な剣型や遠距離から攻撃出来る銃型ではなく刀型を選んだことは、一部の学生や教官を除いて負けた時の理由付けとして理解されていた。
その一部である深愛たちは、観客席の最前列で祈るように両手を合わせていた。
「どう考えようが君の勝手だけどさ、自分の都合の良いようにしか考えられないのは━━
「……なに?」
純一の言葉に、景之の浮かべていた笑みが曇る。
「こんなに人を集めているけど、自分が負けた時の事、考えてないでしょ?」
深愛たちに向けていた優しいものと真反対の、冷たい声色が景之を貫く。
「まあ、それはどうでもいいんだよ。それよりもさ、あいちゃんに対するあの態度、なに?」
純一が言葉を発する度に、丁寧だった物腰が荒れていく。
同時に、景之は言いようのないプレッシャーを感じ始めていた。
まるで、実家で師範である父親と対峙しているかのような気持ちだった。
「…………お前、それが本性か。やはり、Fランクを深愛の近くには置けないな。危険すぎる」
「人の質問には答えようよ、別にいいけどさ。僕としてもね、ちょっとムカついてるんだよね。あいちゃんの気持ちを無視した君の言動に」
基本的に、須佐純一という人間は穏やかな気性だ。
自分に向けられる嘲笑などは、いくらでも受け流せていただろう。
また、強い正義感を持っているわけでもなかった。
例えば、深愛以外の誰かが強引に勧誘を受けていたとしても、黙って見過ごしていただろう。
しかし、そんな純一でも深愛が関わっているのであれば話が変わってくる。
深愛を護るため、その思いを胸に過酷な環境で生き延びてきたのだ。
深愛の気持ちが蔑ろにされるような扱いを見て、心穏やかでいられる訳がなかった。
「君にあいちゃんは、深愛は渡さない。そっくり君の言葉を返してあげるよ……お前が深愛とチームを組むなんて論外だ」
「このッ!!」
「そこまでにしろ」
純一の言葉に顔を真っ赤にして怒りを露わにした景之が詰め寄ろうとしたのを、審判役である氷室教官が割り込む事で抑える。
「私はまだ開始の合図をしていないぞ。それとも、反則負けになりたいのか?」
「………………いえ、すみませんでした」
長い沈黙のあとに謝罪の言葉を口にして後ろへ下がる景之。
しかし怒りの表情は変わらず、その視線はそれだけで人が殺せそうなほど鋭いものだった。
「須佐もだ、あまり煽るな」
「はい、すみません」
景之だけでなく純一にも一言、注意の言葉を向けた氷室教官は純一の軽い返事に嘆息しながら気を取り直した。
「では、模擬戦の審判は私、氷室が務める。ルールは相手を戦闘不能にするか、気絶させたら勝ちだ。もちろん、降参も認めている。戦闘不能の判断は私がする、異議は認めん。反論は実力を以て潰させてもらう」
氷室教官の言葉に、相対する二人が頷く。
この学園の教官は、少なからず心装兵として実力がある人間が務めており、学生程度では歯が立たない実力を持っていた。
「加えて特記事項だが、教官立ち合いの模擬戦において相手を殺傷したとしても黙認される……まあ、そうなる前に私が止めるがな」
『
だからこそ
それでも実戦形式の模擬戦と執り行うのは、力づくで押さえつけた場合に余計な確執が残ってしまうからだ。
そして、それは確実に今後の『
そのための特記事項、そのための教官だった。
「よし、両者共に準備はいいな? …………はじめっ!!」
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