第140話 関白と将軍

 長浜城の南側、足利義昭が向かって来る方向には何やら大型砦が立っている。足利軍は長浜まで一里のところで軍を止め、物見を出した。


「敵は城から出て戦う模様、城の外に軍勢が陣を組みこちら側には砦が造られています。北側にも砦がありました。前田様は二日後には到着される模様。また、岐阜方面から続々と兵が長浜へ入って来ております」


「官兵衛、岐阜からの兵を止められるか?」


「御意」


 官兵衛は池田恒興に岐阜方面の抑えとして五千の兵を与えた。池田は街道を塞ぎ、陣を構えた。武田軍は長浜に近づけなくなってしまった。


 ところが兵はどんどん増えていく。武田軍は誰かを待っている様だった。そして遂に真田昌幸が本多忠勝を連れて到着した。総勢一万五千、六文銭の旗を見た池田恒興はこりゃあかんと引いていった。

 官兵衛は戦わずして引いた池田恒興に激怒したが、義昭は砦への先陣を申し付けた。次はないぞ、と。


 昌幸は長浜城へ入らなかった。そのまま遊軍として待機した。そこに前田利家が加賀、若狭兵一万五千を連れて北側から現れた。北側にも砦があり、直江兼続が三千の兵で守っている。足利軍は北に一万五千、南に五万。武田軍は四万五千、総勢合わせて十万程の大決戦が始まろうとしていた。







 その頃、羽柴秀吉は近衛前久の館にいた。秀吉は近衛家と朝廷に大量の献金をしている。今回は大事なイベントがある、そう、秀吉は近衛前久の養子となり藤原姓になったのだ。そして明日、朝廷に赴き、帝から関白の位を得る事になっている。


「いよいよですな。義父上には太閤となっていただき、引き続きご指導いただきたいと思っております。今後ともよしなに」


「しかし、将軍になれないとはいえ、関白になろうとするとは。誰の発案だ?官兵衛か?」


「いや、それがしです。頭の中に浮かんできたのです。関白になれと」


 もう1人の秀吉が言うには、わしは関白になって天下人になるそうだ。だが、秀吉が亡き後家康に天下を奪われると。だが家康はもういない。もう1人の秀吉は武田勝頼を覚えていないと言った。ただ武田は滅んだはずだと言った。つまり勝頼が歴史を変えている、だが勝頼が何であろうと関白にさえなってしまえばこっちのものだ。関白に弓を引けば帝に弓引くも同じ事。位だ、秀吉は位が欲しかった。百姓の生まれなんぞ関係ない、そんなもの捏造すればいいのだ。



 翌日、帝に会いに二条御所に赴いた。キンキンキラキラな服を着て、金持ってるぞーという雰囲気を出してお土産持って。時の天皇、いやこの時、天皇ではないのだが事実上の天皇の誠仁親王に面会した。


「羽柴筑前守、大儀である」


 ははあと平伏する秀吉。正面には誠仁親王、側には近衛前久が座っている。


「前久から聞いておる。羽柴、いや、藤原の秀吉よ、そなたに関白を授けよう」


 やった!これで関白だ。口元から笑みが自然と溢れ出した。親王は続けて話しだした。


「前の将軍がそなたの兵を連れて戦をしていると聞く。やめさせよ」


 ん?前の将軍だと?


「何と仰せられる?前の将軍とはどなたの事でありましょうか?」




「足利将軍のことよ。今武田と争っているそうではないか?武田が足利義昭が羽柴の兵を連れて攻めてきており困っていると言っておったぞ。のう、勝頼」


 襖が開き、廊下に平伏する武士が3名。中央に武田勝頼、右に前田慶次郎利益、左に高城勝利(勝の字を貰って改名した高さん)が現れた。


 勝頼は以前より朝廷には貢物を送っていた。異国貿易で得た珍品や金銀、そして「かつよりんZ」も。娯楽の少ない朝廷で「かつよりんZ」の効果は神、いや仏の恵みに等しかった。


 先に二条御所に現れ、清和源氏の流れを引く武田が、どうやって国内を制圧してきたか、すでに尾張以東は全て武田の支配下にあり、これは全て国を守るための物ですと説明していた。さらに、


「親王様が東国見物をできるよう、各所に御所を建築致します。駿河には富士の山が、越後の米は日の本一美味です。伊豆や甲斐にはいい温泉があります。岩城は魚が最高に美味です。全てこの勝頼がご案内仕ります」


 親王は基本的に暇だ。外へ出ることなどほとんどない。周りに指示すれば贅沢品以外は手に入るし自らが何かをするという事はほとんどない。旅をする、そんな事が可能なのか?誘惑にかられた。今までこのような事を言う者はいなかった。帝が国を旅するなんてことは考えたことがなかった。いや、歴史、権威が朝廷を縛っていたのだ。


 勝頼はつづけた。


「世が平和になれば民が旅を楽しみ、旅先で銭を落とす。その税が朝廷を潤す。これを旅行といいます。武田には全国各地に武田商店という店があります。そこでは、旅行の宣伝や各地の観光情報、旅館や各地名産品の案内を行い、民が安心安全に楽しめる仕組みを構築して参ります。武田は民のための政治を親王様とともに作り上げていきたいと考えております」


 誠仁親王は、前の天皇、正親町天皇が信長や武家に翻弄されるのを見てきた。天皇などただの飾りだ、ただそれが色々な奴らの権力の為に使われる。そんなものだと思っていた。ここに初めて希望の光が見えた気がした。


 富士の山、美味い米、温泉、行きてえーーーー。


「勝頼。明日、羽柴秀吉が関白の位を受けに来る。これはどうしたらいい?」


「羽柴殿とはどこかで決着をつけねばならぬとは思うております。西の方はほぼ羽柴殿が抑えておりますゆえ。ただ争いだけが決着のつけ方ではないと思います。全ては羽柴殿の出方によります。どうでしょう?羽柴殿は朝廷に貢献してきたこともあり邪険にはできないでしょうから、関白を与え、それがしを征夷大将軍に任命いただくというのは?」


「そうか。その手があるな」


 鎌倉時代以降、この国は武士が納めてきた。その頂点が征夷大将軍だ。東を将軍が、西を関白が治め、戦を止めたいという勝頼の意見がこの場をとりあえず治める最善策に思えた。いずれぶつかるだろうが、朝廷としてはどっちが勝ってもいいようにする、いや、違う。


 秀吉は利用するだけで、こちらの利は少ない。勝頼は天皇をより立ててくれそうだ。東国見物行ってみたい物だ。とはいえ、


「勝頼。今後どうするつもりなのか教えてくれ」

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