第110話 郡内へ

清須会議の情報が駿府に届いた。信忠はあてがった部屋に籠っているようだ。勝頼は駿府城下へ行き、街の賑わいを確認してから武田商店によった。


「え、大殿?」


紅が気付いて声を上げた。久しぶりだな、と他の店員に声をかけてから奥の店長室に入った。


「あずみ、旦那から連絡は?」


「はい。定期便によりますと、穴山はかなり動揺している様子。伊達、蘆名と組み東北連合を作ろうとしているようです。蘆名へは伊達輝宗の次男、小次郎が養子に行っております。輝宗の奥方は最上義光の妹であり、皆縁戚関係となっております。ただ、身内ならではの争いも水面下であるようで一枚岩ではなさそうだと」


伊達か。ぼちぼち政宗に代替わりする頃かな?手強そうだが、今後の鍵になるのは伊達かもしれないな。


「そうか。大名を全部滅ぼしていては管理が行き届かん。身内でさえ裏切る世の中だ。味方にするか、力で従わせるかだが、東北は力になりそうだな。これから関東へ出るが旦那に渡すものがあれば持っていくぞ」


「お心使いありがとうございます。ですが、生きていればそれでいい、とお伝えくださいませ」


「この間、悟郎も同じ事を言っておった。似た者夫婦だな」


「お互い忍びの出でありますので」


勝頼は武田商店の倉庫から科学武器を取り出し、城へ運ぶ様指示した。


「紅。お幸はどうしてる?」


「今、お使いに行ってます。伝言ありますか?」


「これから忙しくなりそうなのでな。紅は黄与と一緒にお幸に鍛え直してもらえ。もう怪我もいいのだろう。次の戦までには使えるようになっておけよ。なので今回はお幸は連れて行かずに置いていくのでな、と言っておいてくれ」


「承知しました、って、お幸さんに私が言うのそれ?怖いですよ〜」


じゃあな、と言って勝頼は城へ戻った。お幸は置いてきぼりが嫌いだから荒れるよなあ、と他人事のように呟いて。





信勝の軍は小山田の居城、谷村城を囲んでいた。小山田信茂は武田軍の猛将であり信玄の従兄弟でもある。一応説得するよう勝頼から言われていたので、使者を出した。使者には井伊直政を使った。直政は若いが頭が切れる。駄目でもいい経験になると勝頼から指示が来ていた。その勝頼はまだ東海道を進んでおり到着には2、3日かかりそうだ。


「小山田様。井伊直政でございます。直接お話しするのは初めてになりますが小山田様のご功績は我が主、真田昌幸より良く聞かされております。川中島では小山田様のご活躍があったからこそ勝利できたと伺っております」


「世辞はよい、使者で参ったのであろう、用件を申せ」


小山田は井伊直政が気に入った。このような若者がいるというのは良いものだ。


「今回はお屋形様ではなく、大殿、勝頼公の使者として参りました。勝頼公は自分が一時期居なくなった事を詫びたいと、それと小山田様と争いたくはないと仰せでした」


「それで、条件は」


「小山田様には隠居していただき、嫡男信満様に家督をお譲りいただく。領地は郡内は安堵、他は召しあげるとの事でございます」


「勝頼公は甘いのう、逆らった某にそのような温情を。だが、断る」


「なぜにございます?」


「某は武田家譜代、祖父の頃より武田家に仕え、母は信虎様の娘、信玄公の妹だ。武田家の為と身を粉にして働いてきた。それなのに扱いは悪く戦場では損な役回り、郡内は郡内は、と馬鹿にされ、それでも信玄公には恩があり尽くしてきた。勝頼公になって扱いは良くなった。だが、某はその武田を裏切ったのだ。悩みに悩んで裏切った。今更許しを請うて生き延びる気はない。ここでまた寝返っては末代までの恥、穴山殿に合わせる顔もないわ」


「そうでございますか。大殿から小山田様がお受けにならなかった場合に聞いてこいと言われた事が二つございますが、宜しいでしょうか」


「勝頼はそこまで。申してみよ。」


「まず、唆したのは秀吉か?二つ目は墓を建ててやるからどこがいいか?でございます」


そんな事を。時期が良すぎたのだ。以前から穴山を通して羽柴秀吉の諜略を受けていた。ただ、勝頼公になって領地も増え居心地も良かったので気にとめなかった。そんな時、勝頼が突然消えた。家督は信勝が継いだ、それはいい。世継ぎがいるのだから妥当だろう。そこに秀吉が今こそ絶好の機会などと言ってきた。迷った、迷ってた時に穴山が独立すると言ってきた。それを聞いて心が決まった。


「秀吉殿から話はあったが、決めたのはわしだ。全てはわしの考え。墓はできれば古府中に頼む」




直政は本陣に戻り信勝へ結果を伝えた。信勝はこの条件なら飲むのではと思っていたが、勝頼の言う通りになった。経験不足か、これも結果だ、と昌幸を呼んで軍議を開いた。






勝頼は御殿場から都留へ向かっていた。小山田が戦を選んだ事を聞き、やっぱこうなるのかとため息をついた。


出来過ぎているのだ。本当なら信忠を連れて清須に乗り込みそのまま柴田勝家と共謀し秀吉を討てた。それが、兵は皆関東方面に出陣中で、今清須へは向かっても辿り着くことさえできるかどうか。折角二度も助けた信忠も命が危ない。これは偶然なのだろうか?どこまでが秀吉の策略なのだ?


このまま小山田、穴山を制圧はできるだろう。その代わり、織田の内紛には手が出せず秀吉の天下になってしまう。


その後で信忠が出て行ったところで後の祭りだ。さてさて、困った。と、考えているうちに谷村城に着いた。


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