第97話 安土城へ

 信廉は駿府で信勝に盛信、小山田との面会結果を報告した。信勝はしばらく考えていた。新しい武田家、信勝の采配を見せる機会が見つからないのである。攻めるなら東北だ。だが拠点の下野を守る穴山が信用できない。途中小山田の拠点も通る、駿府を開ければ攻められるかも知れない。身動きが取れない。


「信廉殿。大変ご苦労様でした。暫し休んで下され。後ほど軍議を開きます」


 案が見つからず一度、間を取ることにした。結局結論が出せず時間ばかりが過ぎていった。信勝には荷が重過ぎた。




 穴山が動いた。北条、小山田と結託して武蔵を攻め始めたのである。武蔵を守る山県昌景は、既に備えていた。原、信豊、跡部、内藤の応援で侵略を許さなかった。現状は拮抗状態である。上杉は越中で柴田勝家と戦っていてこちらに出てくる余裕はない。佐竹は蘆名、伊達への対応でやはり手を出してこなかった。


 勝頼はもう戻らない、ならばこの戦国で己を活かすにはどうする?その結論が戦での自己主張だった。








 織田軍はやっと本願寺を攻略した。本願寺顕如を説得し、顕如は本願寺を出た。織田軍は畿内を制圧した。柴田勝家に越中を抑えさせ、光秀が丹波、秀吉が播磨を制定し、さらに秀吉は美作、備前の宇喜多直家を屈服させ領地を拡大していった。秀吉はそのままの勢いで淡路島も奪った。これは後の四国攻めの拠点となる。


 信長は考えた。東は武田が抑えている。勝頼失踪で内紛が起きたようだが、信長から見れば親戚筋だし、信勝は孫にあたる。今は放って置くことにした。信勝が跡目ならこのくらい乗り越えられなければ同盟の価値はない。


 佐竹、伊達、蘆名、北条も織田に従うと言ってきている。東国の敵は上杉のみだ。九州も大友、島津は首を振ってきた。このまま自らが毛利、四国を攻めに繰り出すかと。


 その前に信勝に会っておくか。光秀に信勝を安土城へ呼ぶように命令した。


 明智光秀。美濃の明智の庄出身。斎藤道三に仕えるが、道三と義龍の戦に道三側に味方した為越前へ逃れる。早くから細川藤孝と交流を持ち、足利義輝の信頼を得る。


 越前の朝倉義景の元を離れ足利義昭に仕える。織田信長が義昭を担ぎ天下を見ていた時に、義昭から織田に仕えるように言われ信長に仕えるようになった。


 真面目、正義感に溢れ、卑怯な事が嫌い。秀吉とは正反対な性格である。織田に仕えてから瞬く間に手柄を重ね重臣になった。将軍家、朝廷にも顔が広い、頭も良く交渉毎にも向いている。織田信長にとっては便利な男であった。


 だが、光秀は最初こそ信長に未来を託そうと考えていたが、意見が合わなくなっていた。比叡山焼き討ち、光秀は何としても止めたかった。破戒僧とはいえ、仏門にいる僧を焼き殺す事は将来の織田家にとって良くない事だと信じ、信長に意見をしたが逆に罵倒された。


 信長が古きを壊し新しい時代を作ろうとしている事は知っている。だが、真面目な光秀は守るべきところは守らねば、信長の暴走を抑える役目は自分だと考えていた。

 比叡山をキッカケに光秀の意見と信長の行動がかみ合わなくなっていった。


 信長は光秀が嫌いではない。光秀の言う事も理解しており、正しい事を言っているのもわかっていた。だが、正しいが何だ、それで国が救えるのか。それがわからない光秀にイライラし、あたることが多くなっていた。


 それが重なり、光秀の中に信長に頼らない未来を考える隙間ができた。





 秀吉は光秀が嫌いである。何かとかしこまって、正義感ぶるところが癪にさわるのである。それに自分の出世には邪魔な男だ。嫌いだから、邪魔だからこそ良く見ていた。信長と光秀の仲を。


 いつか蹴落とす、そのために光秀の家臣、細川藤孝、筒井順慶、池田恒興と通じ、普段から仲良くしていた。


「細川殿、光秀殿はそなたの元部下、辛かろう。この秀吉ならばもっと細川殿を大事にするのにのう」


 などと、普段から光秀はつまらん奴、秀吉いい人を拭き込んでいた。


 ある時、秀吉は関白の近衞前久と話をする機会があり、それから親しくし始めた。秀吉は官位に憧れていた。近衞前久に朝廷の色々な事を教えてもらい、その代わりに貢物を献上した。朝廷内にも権力争いがあり、関白とはいえ苦労が多いのだそうだ。


 朝廷は勢力を失った足利義昭よりも、織田信長に期待をしていた。信長と朝廷の間は明智光秀が取り持っていたが、信長と朝廷の意見が合わず朝廷もイライラしているようだ。


 朝廷は織田信長が右大臣を辞してきた事に対し困っていた。朝廷にあるのは威厳だけである。戦力はない。その威厳で大名から金を貰わなければ生きていけないのである。


 信長に官位を与え金を貰う。継続的に金を貰う。ただそれだけのために信長に国を治めて欲しかった。


 そこで朝廷は最大限の妥協をした。征夷大将軍、太政大臣、関白、好きなのを選べ、というものだ。ところが信長は返事を保留した。朝廷は困った。信長は肩書きに興味がないのではないかと。


 つまりこの男がこのまま進む事は朝廷の崩壊を意味するのではと危惧する雰囲気が朝廷内に現れた。誰、というわけではない。朝廷内の空気がそうなっていったのである。


 秀吉はその事を近衞前久から聞き、黒田官兵衛に相談した。黒田官兵衛は、忍びを使って朝廷内を調べる事にした。




 光秀は度々朝廷を訪れていたが、いつの頃からか『信長は敵』のような空気を感じ取っていた。それは光秀の心に残った。


 この頃から光秀は信長亡き後の日本がどうあるべきかを考え始めた。どうしたいかではなく、どうあるべきかである。これが光秀のいいところではあるのだが、思い通りにはいかないのである。




 1582年5月、武田信勝一行が安土城を訪れた。信長に招待されたのである。関東の戦は小競り合いが続いている。様子を見ていたが一向に治まりそうもない。駿府へ戻ったら鎮圧に自らが出陣する事にしていた。安土城に来たのは信勝、馬場、昌幸、忠勝である。昌幸はお市も誘ったがやる事があるそうだ。最近お市はまた大崩に籠っている。


「これが天守か。このような城が作れるのか」


 信勝は天守を見上げ呟いた。馬場は武田では城造りの名人である。城を見てまずどこから攻めるかを考えるのですと信勝に教えていたのを見て昌幸は、燃やせば一発だなと不謹慎な事を考えていた。


 一行は明智光秀に出迎えられ、城へ入った。


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