第95話 家督相続

 夏になった。信勝が家督を継ぎ重臣が挨拶に来たがそこで波紋が起こった。五郎盛信、穴山梅雪、小山田信君が体調が思わしくないといい駿府へ来なかったのである。


 昌幸は武田忍びの長、茜から甲賀の連中が武田領内で動き回っている事を聞いていた。何人かは捕らえたが口を割らず自害してしまったそうだ。おそらく織田あるいは秀吉が武田の内紛を画策していると考え、昌幸からもお三方に文を出したが、ご案じ下さるな、という返事のみで正直、逆に疑う事しか出来なかった。


 お市は昌幸にだけ勝頼の秘密を明かした。未来から転生した事、この後の歴史について知っている事を。ただ、お市は歴史が得意ではなかったので本能寺と秀吉が天下を取る事くらいしか覚えていなかった。


 昌幸は子供の頃から勝頼を良く知っている。そうでしたか、それなら色々納得できますとあまり驚かなかった。昌幸は、


「おそらくですが、穴山様、小山田様は独立、盛信様は仁科の姓を捨て武田を継ぐ気かと思われます」


「秀吉ですか?武田の勢力を衰えさすこの好機、見逃す事はないでしょうね。お屋形様、いえ、勝頼様は何かに巻き込まれた、ここで居なくなるなんておかしすぎます。必ず戻られると信じております」


「お市様、この真田昌幸。勝頼様が戻られる事を信じ、お屋形様に仕えて参ります。旧今川衆、徳川衆はそれがしが何とか率います。それと、水軍には手を回しております。兄の信綱は味方です。それ以外はこれから見極めて参ります」


「お願いします。勝頼様が戻られた時に少しでも多くの勢力を残せるよう。それと私と他の方達ですが、二の丸へ移ります。お屋形様に良縁を探して下さい。武田を生き残させるために」






 山県昌景の仕切りで家督相続の儀が行われた。信廉、信豊、原、信綱、昌幸、跡部、長坂、内藤、秋山は参列した。


「余が武田を継いだ。父上の行方は知れぬが居ないものは仕方がない。これからは余が仕切る。早速だが今回駿府に現れない不届きものがいる。成敗すべきだと思うがどうだ?」


 信勝は武田が苦労した時期を知らない。勝頼は勝ちっ放しだった。領地もどんどん増えていった。勝頼は負けた事は無いが前世の記憶で敗者の経験があり、というかほぼ人生負け組だったのでその経験を最大限活用していた。


 だが信勝は武田が一番強く、それを継いだ自分の言う事を聞かないなんて有り得ないという思考しか出来なかったのである。


「お屋形様。今日来れなかった者達は譜代も譜代。長年武田家の為に尽くしてこられた方達でござる。彼らの苦労があって今の武田家があるのです。その事をお忘れなきよう」


「山県。お主を含めご老人達が武田を作ってこられた事には感謝している。だが、それとこれは違う。お主の顔をたてて今回は見送るが、使者をたてて弁明を聞いてこさせろ」


 ご老人と言われた山県昌景は、憤怒した。この若造が何を言うかと。昌幸が悲しそうな顔をして昌景をみていた、ご辛抱をと目が訴えている。山県は引き下がった。


 家督相続という事で、上杉、佐竹、結城、北条、織田から使者が来ていた。信勝は順番に面会した。まずは織田から会った。一応昌幸が側につき、事前に応対方法は教えてあった。


「家督相続おめでとうございます。お目にかかれて恐悦至極にございます」


 織田の使者は明智光秀だった。


「明智殿。今は毛利との戦でお忙しいのではないか。この信勝。織田殿との縁、大事にしていきたいと思うておる」


「有難きお言葉。上様もお喜びでしょう。上様からご伝言がございます。安土へ来られよとの事でございます」


「信長殿は義理の父。用意ができ次第伺うとしよう」



 上杉の使者は直江兼続だった。


「家督相続おめでとうございます」


「直江殿。遠路はるばるご苦労である。景勝殿は叔父にあたる。上杉家とは過去には色々あったと聞いておるが父上はそれを水に流し手を結ばれた。余もその意思を継ごうと思っておる。まだ内紛が続いていると聞いている。早く国が落ち着く事を願うておる」


「有難きお言葉。内紛はつまらぬ者です。先日まで味方だった者と殺しあう。差し出がましいとは存じますが、お菊様が武田様の内紛を心配されておりました。良からぬ動きの噂が越後まで聞こえてきております」


「どんな噂だ」


「申し上げてよろしいですか?」


「頼む」


「それでは申し上げます。穴山梅雪は武田から独立し一大名として佐竹、結城と組み関東を手に入れようとしている。小山田は北条と組み甲斐を狙っているとか。盛信は織田へ下り対武田の先陣になるとか、誰が言っているかはわかりません。旅の者が吹聴して回っているそうでございます」


「なんだと!昌幸、知っておったか?」


「噂は出ておるようでございます。ただ噂を流しているのが誰なのか、誰が得をし損をするのかを良く見極めてから行動に移されますよう。ただ乗せられる事の無いようお願い申し上げます。恐らくお屋形様を試しているかと。新しい武田はどう動くのかと」


「余をバカにしておるのか?」


「そうではございませぬ。ただお屋形様はまだお若く経験が不足している事をご認識下さいませ。その為に家臣がおります。皆、武田家の為に働いてる者達でございます。噂を流して撹乱させるは戦の常套手段でございます。真かどうか見極める事が先決かと」


「あいわかった。後で山県を呼んでくれ。悪い事をした。謝りたい」


「承知仕りました」




 直江兼続は帰る前に昌幸と二人で会った。


「真田殿。何があったのです。あの勝頼公が失踪とは。内紛で殺されたと言う噂も出ております」


「直江殿。それがしにもわからないのです。突然消えたのです。今となってはお屋形様を支えて行くしかありません。ところで先程の噂の件ですが」


「穴山梅雪は明らかに動いています。どうやら羽柴秀吉と通じている様子。小山田と盛信はわかりません。越後からは遠いゆえ」


「そうですか。ありがとうございます。勝頼様は上杉様とは生涯戦はしないと申しておられました。お屋形様にもその事は伝えてあります。ただ、お屋形様は血気盛んなところがありますので心配なのですが」


「初陣はお済ませで?」


「まだなのです。初戦が身内にならなければ良いのですが」


 兼続は昌幸に勝頼には恩がある。上杉は義を重んじる。可能な限りお助けすると言って越後へ帰っていった。


 佐竹、結城の使者はありきたりの挨拶をして帰っていった。そして北条の使者の番になった。






 <現代では>


 勝頼こと馬場美濃流は駿府城跡にいた。駿府城には、もしもの為の連絡手段として石垣に秘密の置き場を作ってあった。もしかしたらここに何か残ってないか確認したかったのである。


「だいぶ変わってるな。多分ここら辺、お、これだ」


 石を外すと20cm四方くらいの穴がありそこに箱が置いてあった。中には竹筒に蝋で蓋をした入れ物が入っていた。車に戻りドライバーを使って蝋を取り開けてみた。


 中には茶色に変色した布が入っていた。元は白かったのだろうか。字が書いてある。お市の字のように見える。


「楓」


 と読めた。美濃流は大崩へ向かう事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る