第56話 三方ヶ原

 勝頼は二俣城近くの山上に立って浜松を見下ろした。うーん、ちょっと遠いかな?


「悟郎、ここから行けるか?」


「はっ、百田殿が例の改造をしていますので問題ないかと」


「そうか、例の四人は別行動させる。楓に付けろ」


 さてさて、上手くいくかな?



 武田軍は二俣城から浜松方面へ向かって進軍したが、目的地を徳川軍に悟られない様にしていた。

 磐田の見付付近に物見を出し、掛川城へ向かうそぶりを見せたかと思えば、笠井で徳川軍と小競り合いをして徳川軍を撹乱した。


 徳川でも連日の軍議が開かれた。


「武田軍はどうする気なのだ。浜松城を攻める気配がない」


「見付に現れた物見は囮だろう。このまま三河へ抜けるのではないか?」


「そうならば追撃だ。このまま荒らされ放題で見過ごす事などできん」


「だが敵は三万、我が軍は一万。まともに戦えば勝てない」


 家康は焦っていた。このまま見過ごしては徳川は生き残ったとしても世間から見捨てられるであろう。

 とはいえ、家臣共の言う通りまともに戦っては勝てまい。この時家康は31歳、武将としては一番の成熟期といえる。ここで勝てれば、勝つ方法は、と思案していた。


 その時、物見からの情報が入った。


「武田軍は三方ヶ原、祝田、小豆餅の辺りに物見を出しております」


 家康は閃いた。


「祝田だと、あそこには坂があったな」


「はい、坂を下りると都田川の橋がありその先が祝田村です。武田軍は祝田村の農家に金を渡し、泊まらせてもらえるよう交渉していました」


 祝田村は三方ヶ原から坂を下った所にある。道は狭く大軍が一気には進めない。その先の都田川を渡る橋も狭い。

 村は広く大軍が休むには向いている。そう今川義元が討たれた田楽狭間にある意味似ている場所なのだ。


 もし、武田軍が祝田へ向かえば。いや、そんなに甘い話がある訳はない、罠ではないのか?敵の背後を一気につけば戦力差は関係ない。

 徳川の軍議は結論が出せずに、そう皆が悩んでいた。




 武田軍は笠井から市野を通り小豆餅へ移動した。ここで全軍が休息し昼飯を食べはじめた。

 徳川軍はピリピリしていて、息が抜けない状態。食事も立ったままとっているのに、武田軍は座り込んでゆっくり食事をとっていると物見が伝えてきた。


 ここから浜松城へ向かうのか、それとも三河へ向かうのか?武田軍は浜松城を攻める気はなく、気賀から三河へ行くように見えた。


 徳川軍は物見を大勢出し、武田軍の動きをひたすら見張り続けた。もし、祝田へ向かったらどうする?

 出陣か、見送るか?誰もが家康の決断を待っていた。


「武田軍は移動を開始。三方ヶ原から祝田へ向かっております」


「武田軍は坂を下り始めました」


 物見からの報告が続く。


「武田軍の半数が坂を下り都田川を渡りました。続々と坂を下りていきます」


「武田軍は、全軍が坂を下り……」


 家康は叫んだ。


「出陣する」





 浜松城は武田軍の物見に見張られていた。そう、お互いに見張っていたのである。徳川軍が出陣を始めると徳川軍の後ろから狼煙が上がった。

 徳川家康が浜松城を出た合図である。

 合図を見た物見は次の物見に合図を出し、あっという間に信玄に伝わった。


「全軍、反転」


 信玄の掛け声と共に伝令が各大将へ飛び、全軍が坂を走って登り出した。道は狭いが、木の間を抜けとにかく時間を惜しんだ。

 川も水深が浅かったので橋を渡らず、突っ切った。時間が勝負だった。徳川軍より早く坂を登り陣形を組む。

 軍議で何度も繰り返し、訓練された動きだった。



 徳川軍は信じられない光景をみた。三方ヶ原で武田軍が待ち構えていたのである。

 もう戦うしかない。


 そう、ここに三方ヶ原の戦いが始まった。





 徳川軍は約一万。千五百人づつ五つの陣を前に、家康の本陣三千が後ろに控える鶴翼の陣。織田の援軍も陣に加わっている。


 武田軍は約三万。三千人づつ3つの陣を三列に並べ、その後ろに信玄本陣。勝頼は二列目で右翼にいた。




 家康本陣

 ✖️✖️ ✖️✖️ ✖️✖️ 織田 織田

 ✖️✖️ ✖️✖️ ✖️✖️ ✖️✖️ ✖️✖️






 ✖️✖️✖️ ✖️✖️✖️ ✖️✖️✖️

 ✖️✖️✖️ ✖️✖️✖️ ✖️✖️✖️

 ✖️✖️✖️ ✖️✖️✖️ 勝頼隊

 ✖️✖️✖️ ✖️✖️✖️ 勝頼隊

 ✖️✖️✖️ ✖️✖️✖️ ✖️✖️✖️

 ✖️✖️✖️ ✖️✖️✖️ ✖️✖️✖️

 信玄本陣




 戦いが始まった。徳川軍は強く、武田の前衛部隊を押した。が、徳川軍の左翼にいた織田信長の応援部隊が積極的に動かなかった。武田軍がその隙を逃すはずもなく、信玄は勝頼に敵の側面をつく様に指示した。


「待ってました。楓、あいつらを出せ。全軍家康本陣の側面をつく、余に続け!家康の首を獲るぞー!」


 勝頼を先頭に勝頼軍三千は動きの悪い織田信長の応援部隊の横を駆け抜けていった。

 勝頼が突撃を始める直前に楓は合図の為、雪風を宙に向けて3連発で放った。


「来た、合図よ。わたしたち〜、今翔べるクノイチ、名付けて戦国飛行少女隊。出撃!」


 そう、この四人。楓が伊那忍者の中から特に運動神経のいいのを選んだ、選りすぐり部隊である。歳は全員16。名前は、桃、紅、黄与、紫乃という。格さんが勝頼の図面から何度も失敗し作り出したハンググライダー、甲斐紫電カイシデンに乗り、大空へ飛翔した。


 すでに夕暮れ、もうじき日が落ちる時間である。空を飛ぶ四人には誰も気づかない。四人は家康本陣の真上から、導火線に火を付けた『桜花散撃改』を二発づつ落とし、祝田村へ降下していった。


 勝頼が突撃する前方で突然の連続爆発音と共に、家康の旗本が倒れていった。風のせいか家康を狙った『桜花散撃改』は家康から離れた本陣右翼部上空で爆発した。無数の手裏剣が高速で発射され一気に百人の命を奪った。


 突然の爆発に家康軍は動揺した。特に、織田信長の応援部隊は一目散に逃げ出した。

 勝頼は家康本陣に向かい雪風を両手に持ち全弾ぶっ放した後、槍を振り回し本陣へ一気に斬り込んだ。


 爆発音とともに前衛の家康軍の動きが止まった。殿が危ない、と家康軍は本陣を気にした。そこを武田軍が攻め、家康軍は崩れた。


 家康は自分に向かってくる勝頼を見た。鬼だ、まさに鬼神が向かってきていた。


「引けー!」


 家康は撤退を指示した。




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