第55話 遠州へ

 武田軍は西上を決めたが、信玄の病状が悪化し出陣は2ヶ月後となった。


 勝頼はその時間を利用し、相良油田から樽に入れた原油を萩間川を使い舟で大崩の造船所に運んだ。その樽は諏訪にある格さん実験室へ送られて武器の開発に使われた。


 いよいよ古府中を出発することになった。


 秋山信友による東美濃攻略軍三千人。信長の牽制が目的。

 山県昌景による三河攻め五千人。飯田から豊橋方面を攻め徳川を焦らせる目的。

 信玄、勝頼による本隊二万人。天竜二俣方面から浜松へ。家康の息を止めるのが目的。


 勝頼は秋山隊に鉄砲300、山県隊に鉄砲500、本隊に鉄砲1000丁を寄贈した。勝頼が知る歴史では武田軍は鉄砲の数がそれほど多くないと記憶しており、これでかなり有利になると考えていた。問題は信玄がいつ死ぬかである。


 山県隊が先行して伊那から三河へ向かい、山家三方衆を先鋒にし、井平を占拠した。井平は三河方面から二俣城を支える為の補給路にあり、まずここを抑えた。

 山家三方衆は、長篠周辺を領地に持つ豪族で奥平貞勝、菅沼貞忠、菅沼満直の三方をいい、お互いに親戚関係にある。

 徳川に人質を取られているが、場所柄、その時の強い方につかねば生き残れないため、今回は武田に従っている。こういう場合、先鋒を任されるのは戦国の常である。


 信玄率いる本隊は二俣城へ向かって進軍した。途中険しい山越えがありゆっくり進軍するしかなかった。


「こういうところで狙撃されたらイチコロですよね」


 と、楓が呑気な事を言ってるので、そう思ったら警戒しろっと命令した矢先に信玄が狙撃された。

 弾は当たらなかったが、敵が狙った信玄は影武者だった。

 信玄は物見を強化したところ、進路に忍びが多数潜んでいて信玄を狙っていたので、全員始末した。


「楓、こっちからも人を出して警戒しろ。あと、諏訪に連絡して悟郎に例の物を50持って来させろ。訓練できてるよな」


「承知。出陣前に確認しましたがなかなかのものでしたよ」


 よし。信玄が死ぬ前に大幅に歴史を変える。ここからは全て俺次第だ。変えた歴史は誰にもわからないからなあ。


 なんとか二俣城へ着いた。こりゃ攻めにくい。川に挟まれ攻め口が一ヶ所しかない。

 軍議が開かれ、勝頼が城攻め、信豊が水を止める(二俣城には井戸がなく、川の水を汲んでいた)役目となった。


 信豊は川を堰き止めようとしたが場所が悪く、仕方ないので城から兵が水を汲めないよう兵で囲んだ。

 これにより城への水の供給が止まったが、城には水瓶があり数ヶ月保つとの情報が入った。


 勝頼はとりあえず正面から攻めてみた。現地調達した竹で作った弾除けを数列並べて少しずつ近づいて行くと、鉄砲を撃たれてそれ以上進めなかった。

 一気に行く手もあったが、味方の損傷も増える。京まで行く気満々の信玄からは兵を大事にするよう厳命されていたので、別の手で行く事にした。


 信玄は二俣城に知り合いがいる者を探し、その伝手で降伏するよう説得させる事にしたが、家康から何としても二俣城を守りきるよう厳命されていた城代の中根正昭は、全く動じなかった。


 勝頼はもう一度開城を説得させる為に新たな条件を用意し、再度使者を出した。使者に従者として楓をつけた。

 城に堂々と入った楓は、格さん特製の超がつく位効果のある下痢薬を3つある水瓶のうち、2つに放り込んだ。




 翌日、場内あちこちから苦しい声が聞こえ始めた。水が悪いと気づいたが、どの水瓶か判別出来ず飲むのをやめた為、飲み水が枯渇してしまった。

 中根正昭は、武田軍と交渉し城を明け渡し、自らは浜松城へ落ちていった。


「上手くいったな、楓」


「殿、普通の毒で良いのではないですか?なぜ下剤なのです?」


「毒で殺すのはかっこよくないだろう。命は出来れば奪いたくない。武器を持って刃向かってくるなら遠慮はしないけどな」


「下剤も相当酷いと思いますけどね。かっこいいとは思えませんが」


「うるさい!」


 なんとか二俣城を手に入れた。ここは遠州の要所である。ここを抑えれば遠州を抑えたといってもいい位武田に有利になった。


 その頃、山県昌景隊が二俣城へ合流してきた。そして、美濃の岩村城へ向かった秋山信友が岩村城を占領したと連絡が入った。

 岩村城は、亡くなった雪姫の実家である。秋山はそれを利用しほとんど戦わずに岩村城を手に入れた。


 信長は焦った。まさか岩村城がこんなに早く落ちるとは思ってなかったのである。信長は再度上杉に武田の背後を突くよう頼んだ。

 信長は目の前に浅井、朝倉軍と睨み合いをしていて動けない。岩村城へも徳川の応援にも行けず、上杉に朝倉に戦陣を引くよう頼んだ。

 上杉は自分で信濃へ行く余裕は無かったが、朝倉へ頼むくらいならと、手を廻した。




 二俣城を手に入れた武田軍は軍議を開いた。そう、どうやって家康を誘い出すかである。家康の兵は約一万、こちらはその3倍。普通に戦ったら勝てる訳がないので城から出てこないであろう。


「家康は遠州を制圧して間もない。ここで出てこないようでは民に馬鹿にされるであろう」


「とはいえ、わざわざ負ける戦に出てくるとも思えん。織田の援軍を待って城に閉じ籠る事しかできまい」


「家康を残したまま西上すれば背後を突かれるやも知れん。二度と刃向かってこれない様痛めつけるべき」


 色々な意見が出たが、家康を放って西上は出来ないという方向でまとまった。


「皆の意見はわかった。余も同じ考えである。では、具体的にどうするか、勝頼。申してみよ」


 実は軍議の前に真田昌幸とその件で話をしていた。伊那忍軍の調査で地形は大体わかっていた為、お互いの意見をぶつけ合い、家康を罠に嵌める事で一致した。

 勝頼は歴史を知っており、転生前に浜松城、三方ヶ原、都田、祝田に行っていた。実際、道路になっていてよくわからなかったが、昌幸の作戦は歴史と同じに思えたのできっとそうなのだろうと思った。


「桶狭間の再現を家康にやらせるのです。武田を滅ぼす絶好の機会を与え家康を罠に嵌めます」


 作戦の詳細を軍議で説明した。


「それでは武田軍は袋の鼠ではないか、危険すぎる」


「だが、その位でないと家康は出てこないぞ」


「時期を見誤ると大敗するな、これは。だがこれしかあるまい」


 信玄が最後にまとめた。


「そう、時期を見誤らない事だ。勝頼の作戦で行く。この作戦が上手くいき家康の首を取ったら勝頼に家督を譲る。余は大屋形となる。絶対に勝つのだ」


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