第52話 古府中へ引っ越す

 勝頼は諏訪上原城へ伊谷康直を連れて戻った。お幸、格さん、助さん、そして高城兄弟との顔合わせである。


「伊谷殿 ここにいるのは余の腹心であり友人でもある。この者達がいる時は堅苦しくなく振舞って貰えると助かる。仲間なのだ。」


「伊谷康直と申します。今川家で水軍を率いておりました。この度ご縁があり武田家へ奉公することになりました。よろしくお願い致す。」


「お幸は余の護衛兼若者の指導をしておる。格さんは技術担当、助さんは工作担当だ。高城兄弟は、ま、いいか。」


「殿、それはあんまりです。高城通康と申します。こっちは弟の寅松です。殿の旗本です。」


 自己紹介が終わったところで本題に入った。


「まずはこれを見てもらいたい。格さん、あれを。」


 それは、舟いや軍艦の図面であった。木で作られた巨大な竜骨、船の側面には鉄板が張られ大きさは長さ50mにもなる巨大戦艦である。電動モーターで回るスクリューを備えている。多数の武器を揃え、まさに無敵の浮沈艦 のイメージで勝頼が考えた物を格さんがほぼ実現出来るところまで作り込んでいた。


「今はこれの縮小型を作って諏訪湖で実験を行なっている。ただ、ここにいる皆は舟は素人なのでな。伊谷殿の意見を加えて完成させたい。もちろんこの舟には伊谷殿に乗っていただくつもりだ。完成したら、お幸、助さん、高城兄弟は駿府へ行き船の製造にかかる。既に駿府というか大崩と呼ばれる難所にの、造船工場の建設を始めた。」


 伊谷は、何がなんだかわからなかった。急に諏訪に来たと思えば軍艦の図面、しかも動力が電気?電気とはなんだ?しかもこの武器は?こんな物が出来たら海の戦はどうなる?頭が混乱していたら、お茶が出てきた。


「伊谷殿、諏訪名物ハーブ茶だ。飲むと落ち着くぞ。飲み終わったら早速だが、諏訪湖へ行って実験を始めてくれ。後、寅松をお主に付けるので好きに使ってくれ。」


 と言って勝頼は退席し、高遠の城へ向かった。高遠の城には側室のおふく、彩がいた。近々に古府中へ引っ越す事を告げ、準備するよう申し付けた。




 翌日、勝頼は母、湖衣姫の墓参りに来ていた。母に武田家を継ぐ事を報告していたら、ひょっこり信玄が現れた。


「お屋形様。突然どうなされたのですか?」


「湖衣姫にお前が古府中へ来る事の報告をしにだ。お前もか。」


「はい。父上、親子としてお聞きしたい事がございます。父上は西上を焦っているように見られます。お身体が悪いのでは?母上は労咳で死にました。もしや父上も?」


「まだ大丈夫だ。だがいつまで保つかはわからん。信長は京に近い。それに奴は賢い上に運がある。

 浅井長政に裏切られ退路を絶たれた筈が生き延びた。このままでは武田の旗を京に上げることはできん。

 急がねばならん。だが、西上するには上杉に備え北条を抑え、邪魔な徳川を滅し、そして織田を蹴散らし、何と先の長い事よ。

 わしは信濃1国を取るのに20年かかった。織田はどうだ、あの徳川でさえ今は三河と遠州の2カ国を持っている。あいつらに出来てわしに出来ない訳はない。ただ時間がないのだ。」


「父上、徳川を打ち滅ぼしたら家督をお譲り下さい。父上の目の黒いうちに某が継ぎ、父上はご意見番として見張って下されば良いのです。重臣は父上には従いますが、まだ某では力不足ゆえ、家督を継ぐ前に父上がお亡くなりになると武田は分裂します。」


「何を言う。だがそうなのだ、余が父上を追い出した時も義信の時も重臣の意見は割れた。それが武田家を良い方向に導く為に自らが信じる道を行こうとしただけなのだが、割れるのだ。だから強い主人が必要だ。早く古府中へ来い。皆に実績を示し、時を見て家督を譲ろう。」


 勝頼は信玄とは違う意味で焦っていた。ここで歴史を変えないと、3年後には信玄が死んで3年その死を隠すことになる。そうなるといくら科学兵器があってもキツイ。

 最後は人なんだよ、いつの時代も。


「わかりました。直ぐにでも引っ越します。2年、2年後にはお譲り頂けるようお願いします。そうだ、諏訪湖へ行きましょう。面白い物をお見せします。」


 勝頼は信玄と舟の実験を見に行った。信玄は率直に驚いた。勝頼の発想だという軍艦、これを駿府で作るという。信玄は北条家の水軍、間宮一族の説得を急ぐよう勝頼に指示した。





 翌週、勝頼は古府中へ引っ越した。義信が住んでいた新館は流石に気になったので、新しく館を建てた。戦で忙しい時期なので宴は遠慮するよう指示したが、結果として熱烈大歓迎大宴会になってしまった。


 そこで勝頼の武器が凄いとか、敵陣に自ら突っ込むのが大将としては危ないとか、いやいや大将がそこまでやるから部下はついていくとか、現代社会人と変わらんじゃんみたいな飲み会の席の会話が飛び交う一時的に平和な日であった。


 と、思いきや、勝頼が子供の頃から仕えてきた、跡部勝資、長坂長閑はご機嫌で勝頼自慢が止まらず、他の重臣に勝頼様の時代だーーーと絡み始めた。

 信玄に長年仕えている山県昌景、馬場美濃守はしょうがねえなーこいつらと思いつつ時代の変化を噛み締めていた。この2人は信玄の病気を知っていた。この後、どうなろうと武田家を支えていく覚悟だった。


 それに対し普段から跡部が気に入らない穴山梅雪は、小山田信茂と隅の方で話し込んでいた。


「目出度い。目出度いのだが、跡部殿は何であんなに偉そうなのか?このご親戚衆筆頭の穴山をないがしろにしすぎではないか?勝頼殿が武田家を継ぐのに異論はないが、取り巻きが気に入らん。」


「穴山殿。貴方はまだいいのです。我が小山田家は今までなにかと郡内は、郡内は(小山田の領地は山梨県都留郡であり、郡内と呼ばれていた)と差別され、戦ではいつも損な役回り。

 川中島では某が敵が山から降るのを抑えていなければ馬場殿は間に合わず、お味方は負けたであろう。だが、褒められたのは馬場殿だ。」


「いやいや小山田殿、お屋形様は分かっておいでです。某にはいつも小山田殿の戦上手なのには助かっていると仰られておりますぞ。」


「それならば良いのです。大将がわかっておいでなら働きがいがあるというもの。さて、勝頼様になってどうなるのか。」


 色々な思いが渦巻く躑躅ヶ崎の館であった

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