誰にも言わない

萩野 智

出会い

 「写真、撮ってくれませんか」

 そう言って、自分のスマホを僕の方に差し出した彼女に、一目で恋に落ちた。


 高校の入学式の日、式を終えた僕は、一人、自前の一眼レフ片手に学校の門の前に咲き誇る桜の木を写していた。

 今思えば、写真オタク丸出しの僕の姿に、ほとんどの人が僕を避けて通っていた気がする。

 そんな僕に彼女は躊躇もせずに、写真を頼んできた。

「あ……」

 思わず、言葉もなく立ちすくんでしまう。

「あの、写真、お願いできますか?」

 彼女は首を軽く傾けて、上目遣いで僕を見た。

 ドンっという衝撃が僕の頭を通り抜けた。ドキドキを通り越して、ドドドドとうるさい心臓の音が体中に響く。

「は、はい」

 かろうじて返事をして、おずおずと彼女のスマホを受け取る。緊張した足取りで数歩彼女から離れた位置で、スマホを構えた。

 ああ、小刻みに手が震えて、ピントが定まらない。

 両手で支えるようにスマホを持って、桜の下、校門の前に立つ彼女をとらえた。


 舞い散る桜の花びら、校名の入った白いコンクリートの門柱、その前に立つ君。

風になびくサラサラの長い髪に、色白の肌。薄桃色の唇に光を反射する大きな瞳。

 はにかんだようなその笑顔。

 なんて、綺麗なんだろう。


 しかし、彼女に魅せられたのは、僕だけではなかった。

 僕は彼女とは同じクラスにはなれなかったが、彼女の情報を得るのには苦労をしなかった。

 可愛い子がいる、すごい美人、性格もいい--そんな彼女の噂が瞬く間に広がった。毎日毎日、彼女の様子は誰かが話題にしていた。

 曰く、今日の髪型はポニーテールだ。今日のお弁当は手作りだって。明日は靴を買いに行くらしい。

 注目されすぎるのも可哀そうだが、それほど彼女は目立っていて、いわゆる、学園のアイドルだった。


 そんな彼女に僕が憧れているなんて、口が裂けても言えない。

 身の程知らずもいいところだ。みんなに馬鹿にされるのが目に見えている。

 遠くから見つめることしかできない。

 そう、僕が彼女を好きだなんて、誰にも言えない。


 しばらくして、なんと、彼女が僕のいる写真部に入部してきた。

「あの、私、写真、あまり分からないんですけど、思い出に残る写真を撮りたくて」

 そう言って、丸テーブルの空いている椅子、僕の隣の隣に座った。

 殆ど奇跡だった。だって、彼女は噂によると勉強も結構できて、スポーツもかなり得意らしい。てっきり花形のテニス部とかチア部とか、吹奏楽部とかに入るものだと思っていた。

 こんな、言っては何だが、オタクっぽい写真部を選ぶなんて。


 ああ、でも、単純に嬉しい。

 緊張して、まともに彼女の顔を見ることもできないけど、それでも、同じ部室に彼女がいる。

 それだけで、僕の周りで天使が笛を吹きならしている気分だった。


 彼女が写真部に入ったのは、他の彼女に憧れている奴らには衝撃的だったみたいで、一時、写真部の男性入部者が急増した。

 でも、結局は、あまり写真に興味がない彼女目的の奴らは、なんだかんだ言ってやめて行った。


 結局、残った新入生はほんの僅かだった。


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