静寂な言葉

のの

第1話 月例行事

「ちょっと! 池内さん! 滝川君の領収書! まだ持ってこないけどどうなってんの!」


経理部に入った途端、いきなり怒鳴られ、声の方を見ると、経理部でお局様と呼ばれている野口さんがツカツカと歩み寄る。


このままドアを閉めたいのをグッと堪え、ファイルを握りしめていた。



「先月も遅かったわよね! 早く出してくれないと私が困るのよ!」


…知らんがな…



「営業事務のあなたがしっかりしなきゃダメじゃない!!」


「すいません…」


…本人に言って? と言うか、毎回毎回、私に言うのやめてくれない?…



顔で笑って心で泣いて。


『呆れて』の方が正しいか。



月末が近くなるといつもこうだ。



営業部の間では『月例行事』と呼ばれるくらい、毎月、月末が近くなるとお局のお小言が繰り広げられている。


最初はいきなり怒鳴られたことに怯え、涙ぐむこともあったけど、次第に苛立つようになり、苛立ちを超えた後は呆れかえるようになっていた。



まぁ、営業事務をしている3人の女性社員だけではなく、別の部署にいる女性社員もターゲットになっているから、変に苛立ったりはしないんだけど…



「大体、滝川君は新人営業マンなんだから、わからないことばっかりでしょ!? 入社3年目のあなたがサポートしないでどうするの!!」


…新人? もう2年目だよね? 新人時代は過ぎたんじゃないの? 毎日イライラしてるし、更年期なのかな?…



「営業マンがスムーズに仕事をこなすために~~~」


…あ、滝川君、そろそろ戻る時間だ…



「ちょっと! 聞いてるの?」


「申し訳ありませんでした」 


…っと言いつつも、全く聞いてない私。 はぁ。 今日は長いなぁ…



表情でばれないように軽くうつむき、小さくため息をついていた。



1時間以上にもなった月例行事を終え、営業部に戻ると、経理に持って行ったファイルを、そのまま持ち帰ってきたことに、大きくため息をついた。


「また月例?」


隣のデスクに座る夏美が、小声で聞いてくる。


黙ったまま何度も頷き、持ち帰ってきてしまったファイルをそのままに、作業を再開していた。



少しすると、ドアが開き「お疲れでーす」と言いながら、滝川君が向かいのデスクに着く。


「滝川君、領収書」


「あ! やっべ!! もしかして、月例始まりました?」


「ついさっきね」


「すいません! すぐ行ってきます!!」


「あ、待って! 一緒に行く」


ファイルを手に取り、滝川君と営業部を後にした。



経理部に入ると、すぐに滝川君は野口さんのもとへ。


野口さんは滝川君から経費清算書を受け取るなり、笑顔で猫なで声を出す。


「10日までだから、まだいいのにぃ… 外回りばかりで大変なのに、いつも早くて助かるわぁ。 今度、一緒に食事でもどう? いつも早くて助かるから、御馳走するわ」


…出たぁ! 男性社員を怯えさせるだけの必殺猫なで声。 野口さんと滝川君って年の差30以上なかったっけ? 完全ホラーじゃん…


経理部長にファイルを渡しながら聞き耳を立て、軽い寒気を感じてしまう。



滝川君を置いたまま、シレっと経理部を後にし、営業部へ逃げ込んだ。


自分のデスクに着くと同時に、夏美が切り出してくる。


「置いてきた?」


「そ。 生贄」


「あの人も懲りないねぇ…」


「滝川君には感謝だね」


そう言いながら作業を続けていると、滝川君は『痩せた?』と聞きたくなるような表情で営業部に戻り、大きくため息をついてきた。



毎月、必ずと言って良いほど行われる『月例行事』を全て終え、黙々と作業をし続けていた。


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