奇襲

少しの間、世界が止まったかのような沈黙を僕たちに与えたが、僕は難波の質問にまだ意見したいことがあったのを思い出し、長くて短いような沈黙はすぐに終わりを告げることとなった。

「そう言えば、まだ言い足りないことがあった。長くなるかもしれないが聞いてくれるか?」

 難波は小さく何かを呟いた。

その一言を聞き取ることはできなかったが、僕は構わず話を続けた。

「僕は未来も見えていない大人たちに――子供たちのために資源も残さない、国が節電しろと言っても節電もしない。要するに国や世界だけじゃなくて、自分たちの子供たちにさえいい世界になるようなことを何もしない。今はまだ、安泰な世の中かも知れない。でもそれは、ただ多くの人がそうであって欲しいと願うただの理想だ。そんなものはいつか、どこかに綻びが生じてすぐに崩れ始める。まるで、前日まで平和だった町が、災害のために一瞬で大切な何かを失うことに似ている。そして、そんな世界を作っている一人一人の個人が僕は大嫌いなんだ。でも、僕は難波みたいに人殺しはできない」

 難波は僕の長い話しを遮ることもなく、最後までしっかりと聞いてくれていた。

 僕が話している間、このフロアには僕の声しか響かなかった。さっきまでどこからともなく聞こえてきていた時計の針の音、機動隊の上のフロアから聞こえていた声も、僕の話しに聞き入るかのように静まり返っていた。僕の話が終わった途端、またさっきのようにどこからともなく騒がしい音が戻ってきた。

 難波は少しの間何かを考え込んでいたが、頭のどこかにできていた霧が晴れたかのような顔をして僕に話しかけてきた。

「そうか。やっぱり久遠も俺と同じように考えるんだな。まあ、それも分かっていた上でこの計画を作ったんだ。そして、もし俺の計画を止めようとする者が現れるなら久遠が良かった。だから、初めから久遠に俺の計画を止めるように言ってきたんだ。そうしなければ、俺は全世界を敵に回し、攻撃してくる奴を片っ端から殺してしまうだろう。そして、俺の最後の計画、第三フェーズは久遠に俺を止めて貰うか殺して貰い、この計画の続きをお前に任せるつもりだった。でも、俺とお前の意見は一緒だった。ということは、この計画自体これからは久遠と一緒に進めていきたい。やっぱり久遠、これからは俺と一緒に計画を実行してくれないか?」

僕は考えていた。

 難波が始めにこの計画を実行しようとしたとき、僕は止めなければいけないと思った。

でも、いつしか難波は世界にとっては犯罪者だが、他の角度から見れば、僕の考えではそこまで止めなければいけない計画でないと思い始めていた。そして、いつしか難波の計画の半分ほどは認めていなかったが、残りの半分は認めるようになっていた。

この会館に来て実際に殺されたと報道された人々が生きていて、難波がこれまで殺してきた人が真の悪人だけだったと知って僕は驚いた。

だから、僕の心は揺れていた。シーソーの両端に乗っている物の重みが変わって、幾度となく右へ左へ傾くそれと同じだった。とてつもなく揺れていた僕の心は、難波の味方をするのか決めるのにはまだ時間が足りなかった。

「分かった。でも、もし僕が難波の味方に今ならないのなら、僕はどうしても難波の計画を止めないといけないということだな」

「はあ」

 難波は時間をかけてゆっくりを息を吐いた。

僕が難波の計画を継がず、難波を止めると言ったことに対してのため息だと、僕は思った。それだけ、僕と難波の意見が同じだったんだろう。

「俺の話しを聞いていなかったのか。俺はこの計画を久遠に続けて欲しいと言ったんだ。だって、久遠は俺と同じ意見なんだろう。そうか……久遠は昔から全く変わらないんだな。自分のために人を巻き込むことをしたくないんだよな。でも、そうでもしなければこの世界を変えることは一生かかっても無理だぞ。俺たち人類の植物連鎖と同じだ、強いものだけが好き勝手する世界は変わらない。分かった、久遠がそこまで言うなら仕方ない、そろそろ此処で決着をつけとくか」

 難波は余り気が進まないのか、最後の方は本当に残念だというように声のトーンが低かった。

難波の声は今迄からたくさん聞いてきたけれど、ここまで低い声を聴いたことはなかった。

僕は難波と此処で決着をつける気は、そしてこれからも決着をつける気はなかった。そんなことしか考えていなかった僕は、難波の計画について忘れていることがあったことに気が付かなった。たぶん、難波も途中で話が変わっていることに気付いていないのだろう。僕の頭の中で、それを思い出させないように何かが邪魔をしていて、僕は思い出すことができなかった。

黒い雨でも降らせようとしているそれが晴れることはなかった。そして、気づけば難波は本当に僕との決着をつけようとしていた。

「待てって難波。僕は難波と喧嘩をしたくはない」

「喧嘩かあ。そんな甘ちょろいもんじゃない。やるといったら徹底的に俺はやる、たとえ相手が久遠だろうと容赦はしないぞ」

「だから難波。僕は難波と戦うつもりはないんだって」

難波にはもう僕の声は届かなくなっていた。難波は本当に僕との決着をつけるようだ。さっきからおかしな体操ばかりしている。

「難波、頼むよ。僕は難波と本当に戦うつもりはないんだって」

 心のどこかで難波といつかは決着をつけないといけないことは分かっていた。決着をつけるといっても、僕には難波と戦えるほどの力を持っていない。元々、僕の取柄は昔から勉強ができることだけで、運動系は何一つとしてできなかった。

 今はさらに、その運動音痴が酷くなっているかも知れない。高校卒業時についていた成績簿の体育の成績は二だった。授業に出ていれば二なんて簡単に取れるのだが、どう頑張っても二以上を取ることができなかった。家から駅まで普通なら十分で行けるはずなのだが、僕はどう頑張っても二十分はかかってしまう。

 結果として今の僕が難波と戦ったとして、勝ち目がないことは目に見えていた。

「はあ、僕は此処で死ぬんか。死ぬのは嫌だな、志桜里や息子を残して逝けないな。誰か助けに来てくれないかな……」

「何を言っているんだ、久遠は不老不死だろ、それと久遠、なんか勘違いしとるんちゃうんか。決着は確かに久遠とはつけないといけない。でも、今からつける決着は機動隊とだ。まあ、俺の言い方が悪かったけどさ。途中から久遠が勘違いしとること分かったけど、何かそれも面白いなと思って放っておいた」

「何だよそれ」

僕は短く早口で言った。

「来るぞ、機動隊が。何か守るものを背負っていると、あいつらからは逃げられないぞ。今はただ目の前の事だけに集中しろ」

 難波は未来が視えているのだから、もっと先の未来を教えてくれてもいいと思うが、そんなこと聞いている時間はなかった。

 難波が集中しろと言った後、すぐに機動隊が階段から奇襲をかけてきた。奇襲をかけた機動隊は、僕たちが動揺しているところを捕えようとしたのだろうが、その奇襲は失敗した。難波に未来を教えて貰っていたため、僕が動揺することはなかった。

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