第55話 トリアージ
前線部隊にいたほとんどの冒険者が瀕死の重体になっていた。今すぐ治療を施さないと命に関わる問題になってくる。そんな中、現在回復魔法をまともに使えるのはカインだけだ。
「カイン。このまま全員を救うのはほぼ不可能だ。だから、助かる命、助からない命。それを見極めて魔力を極力無駄にせずに多くの命を救うんだ」
「わ、私が……ええ。わかりました」
カインは自身の頬を叩いて気合いを入れた。カインもヒーラーとして活動してきた冒険者だ。いつかは、誰を助けて誰を見捨てるか。それを考えなければならない時が来ることを理解していたのだ。
そう、これがヒーラーの苦悩でもある。命を助けたくてヒーラーになったのに、誰かの命を見捨てる選択を取らなければならない。
カインは懐から色のついたタグを取り出した。トリアージタグ。色によって、患者の傷の具合を判別させるためのもの。これによって、助かるか助からないかを見極める。
「私の判断1つで助かる命が決まる……」
この判断の辛いところは、もう助からない人はまだ諦めがつく。しかし、重傷度が同じでどちらかを助けている間にもう片方が息絶えてしまうであろう場合……どちらを助けるかを判断するのは治療にあたるヒーラーだ。これは実際に回復魔法を使うヒーラーが決めるのが冒険者の慣例となっている。カインに辛い選択を迫ってしまうが、致し方のないことだ。俺が魔力を消費してバーバリアンを倒さなかったら、もっと大きな被害が出ていただろう。まさか、魔力が尽きるまで追い込まれるとは思わなかった。
「万全な状態のヒーラーは私1人だ……私がなんとかしなければ……」
カインは1人で治療にあたることにかなりの不安を感じている様子だ。ここは俺が1つ励ましてやるしかない。
「カイン。落ち着け。お前は1人じゃない。俺が付いている……なんて、回復魔法が使えくなっている俺が言っても説得力ないよな。でも、大丈夫だ。お前はきっと選択を間違えない!」
気休めにもならないかもしれない。けれど、カインを少しでも安心させてやりたかったんだ。
「1人じゃない……あ、そうか! リオンさん。アベルを呼んできてください」
「アベルを? ああ、そうか。あいつもレンジャーで応急手当ができるからな。サポート役として役立ってくれるはずだ」
「いいえ。私がアベルに期待しているのは――」
◇
「兄さん。僕に用って何?」
「アベル。お前が使った伝書鳩。それを今ここで放ってくれ」
アベルが使った伝書鳩? ああ、あのヒーラーを探知する赤い鳩か。あれの救難信号のお陰で俺たちは敵襲に気づけたんだよな。でも、それを今更使って何になるんだ?
「いいですけど……あれはリオンさんとやりとりするために習得した技です。飛ばしたところで優れたヒーラー。つまり、リオンさんのところにしか飛ばないはず」
「いや。それは違う。今は事情が変わった。リオンさんは現在魔力を使い切っている。鳩がヒーラーの魔力に反応するなら……リオンさんの次に魔力を持つヒーラーのところに飛んでいくはずだ」
「あ、確かにそうです。でも、それだったら次は兄さんのところに飛んでいくんじゃ」
「これは賭けだ。もし、傷を負った冒険者が魔力を残したままだったのなら、それが俺よりも優れたヒーラーだったのなら……その人を優先的に助ければ、人手を増やすことができる。そうすれば、助けられる範囲も広がるかもしれない!」
カインの考えを聞いて俺は納得した。確かに、重傷者の中に優れたヒーラーがいるかもしれない。でも、鳩が反応するのは周辺で最も魔力が高いヒーラーだ。カインより優れたヒーラーがいなければ、全く作戦は無意味なものになってしまう。
「カイン。やってみる価値はありそうだ。アベル。鳩を飛ばせるか?」
「ええ。やってみます。デュパロウ!」
アベルが詠唱すると赤い鳩が出現した。アベルが鳩を放つと……うずくまって倒れている栗色の髪の30歳くらいの女性の元へと飛んだ。賭けに成功したようだ。この女性はカインより高い魔力を持っているヒーラーだ。
「やった! よし、この人を回復させるぞ! ヒール!」
カインが女性に回復魔法をかける。土気色だった女性の顔色が徐々に良くなっていく。そして、女性は回復して立ち上がった。
「あ、まだ安静にしてないと」
「こんな状況で安静にしてられるか。アンタらもアタシを使うために優先して回復させたんだろ?」
女性はカインの制止に目もくれずに俺の方を見る。そして、俺に向かって手をかざす。
「時間が惜しい。手分けして回復させるぞ……マフォロー!」
女性が俺に魔法を使った。自分の持っている魔力を対象に分け与える魔法だ。中々の高位の魔法で扱える者は少ない。
「魔力の総量は変わらないけれど、手は多い方が良い。アンタも手伝いな」
「まさか、マフォローの使い手がいたなんて……助かる。死にかけの冒険者は俺が診る。貴女はその一歩手前をお願いします。カインは軽傷の冒険者を……」
「おいおい。小童がアタシに一人前に指示を出すってか? アタシは現役のプリーステス。死にかけの方はアタシに任せな」
プリーステスだと……優れたヒーラーの男性に与えられる称号がプリーストならば、女性はプリーステス。つまり、この人は……俺と同等以上の回復魔法を使えるということか。
「あなたは一体……」
「自己紹介は全員助け終わってからにしな」
「ええ、そうですね」
俺たちは怪我人の救助に当たった。当初はカイン1人に任せるしかないと思われていたことだけに、人手が3人になったことで助けられる命の幅も広がった。そのお陰で奇跡的に死人なしという良い結果を出すことができた。
その反面。俺たちは疲れ切ってしまい、地面へとへたり込んでしまった。
「はあ……はあ……病み上がりの体に鞭打ってがんばってみたけれど……誰も死ななくて良かった」
考えてみれば女性は重傷から復帰したばかりである。それなのに、ハードな治療行為に参加してくれて本当に頭が上がらない。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
俺は女性に頭を下げた。しかし、女性は「はっはっは」と笑い飛ばす。
「人命救助はヒーラーの義務。アンタにお礼を言われる謂れはないね」
「ははは、確かにそうですね」
「あれ? あれあれあれ~? この街、なんで滅茶苦茶になってるの~?」
背後から間の抜けた少年の声がした。声の感じがかなり若いから10歳かそこらか? 振り返ってみるとアベルよりも背が低い少年が自分と同じ背丈くらいの大剣を担いで立っていた。
「パド! お前、どこに行ってたんだ。お前がいたらこんなことには……」
「まあまあ、エレンおばさん。そう怒らないで」
なんともマイペースな奴だなと言うのが第一印象だ。破壊されかけた街にくたくたになっている俺たちを見て何もリアクションがないのだろうか。
「まあ、自己紹介するか。アタシの名前はエレン。Aランクのヒーラーさ」
「Aランク!? 通りで高い魔力を持つわけだ」
俺はかなり驚いた。俺でもBランクが限界だったのに、その上を更に行くヒーラーと直接会う機会があるなんて。
「いや……多分、魔力の量で言えばリオン。アンタの方が上さ。ただ、アタシの場合は扱える回復魔法が多彩でね。それが評価されてAランクに上がったのさ」
「俺の名前を知ってるんですか?」
「ああ。知ってるさ。なにせ……聖クレイア教から破門されたプリーストなんてアンタ以外に聞いたことないからね。破る人がいないから、ほぼほぼ形骸化されたルールが適応されたって、当時は話題になったもんさ」
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