第24話 モノフォビアの記録

 俺たちはモノフォビアに遭遇したと思われる冒険者の腕輪をギルドへと受け渡した。


「はい。こちらで確認しておきますね」


「ねえ、お兄さんちょっといいかしら?」


 マリアンヌがギルドの受付の男に流し目を使って、煽情的に微笑みかける。


「なんですか?」


「その腕輪に蓄積されたデータ。私も見たいんだけど」


「ダメです。規則で腕輪のデータを一般の冒険者に公開することはできません」


「ふふふ。あたいは一般の冒険者じゃないの」


 マリアンヌは腰につけられていたポーチから、1枚のカードを取り出した。そのカードを見た瞬間、受付の男の顔が変わった。


「冒険者ギルド職員 モンスター研究部門研究課 係長 マリアンヌ・ドール……? んな! あなた、ギルドの職員だったんですか!」


 マリアンヌがギルドの職員だと。それは初耳だ。一応、法律上も規則上もギルドの職員と冒険者を兼任することは問題ない。しかし、ギルドの職員という安全で安泰な地位を手に入れたものは、わざわざ危険な冒険者にならないのが普通だ。このマリアンヌの経歴は正に異色と言っていい。俺もあまり人のことは言えないがな。


「そうなの。だから、あたいはデータを拝見する権利があるってわけ。だから、見せてね?」


 ギルド職員であれば、冒険者ギルドが収集した情報を開示要求することができる。それが例え、自分が所属しているギルドでなくてもだ。


「はあ……わかりましたよ。それでは解析をしますので奥へどうぞ」


「はーい」


 マリアンヌは受付の男に連れられて奥へと向かっていった。俺とアベルは取り残されたので、その辺で時間を潰すことにした。


「まさか、マリアンヌさんがギルドの職員だったなんて驚きですね」


「ああ。そうだな。ただ単にノリが軽くアホな女じゃなかったんだな」


 冒険者ギルドは冒険者に危険な仕事を押し付けて、甘い汁を吸うような仕事である。その分、職員の希望者は多く要求される能力も高いのだ。ただ、ギルド職員も冒険者を全力でサポートする義務はあるし、人の生死にかかわる仕事であるため決して気楽な仕事ではない。


 数分後、マリアンヌが1人で戻ってきた。その顔は笑顔に満ちていた。


「どうだった? マリアンヌ」


「ええ。ビンゴだったよ。マイダーリン。あの冒険者が遭遇したモンスター。それはあたいがずっと探し求めていたモンスター。モノフォビア。そのものだった」


 マリアンヌは拳をぐっと握った。マリアンヌは狂気に満ちた笑みを浮かべている。長年探し求めていた仇敵。それをようやく見つけることができたのだ。復讐者として、こんなに嬉しいことはないだろう。


「マイダーリン。早速出発しましょう。私たちには時間がないの」


「時間がない? どういうことだ?」


 マリアンヌはなにやら慌ただしい雰囲気だ。俺としては、ゆっくりと準備を整えたかったのだけれど。


「ギルドがモノフォビアの出現情報を知ってしまったことで、直に天女の舞う丘は、危険度指定がB以上に引き上げられる可能性があるわ。そうしたら、Cランク冒険者の私じゃ単独で立ち入ることが許されなくなる。パーティを組むにしても、ここの連中とはあんまり組みたくないからね」


「ああ。そうだな。Fランクの俺とEランクのアベルが加勢したところで、危険度B指定の場所の探索許可が下りるとは思えない」


「それだけモノフォビアの危険度がギルドに認知されたってことですね。でも、大丈夫です。リオンさんはランクはFですが、実力はB以上はありますから!」


「おい、アベル。あんまり余計なこと言うな」


 確かに、俺は過去にBランクに到達したけれど、それは過去の話だ。それに、Bランクの功績はヒーラーで手に入れたものだから、他の素養がBランクに達しているとは限らない。


「そうだね。マイダーリンはBランクモンスターのグリフォンをソロで倒しちゃうくらい強いもんね。あの戦闘データを見た時、あたいはビビっと来たんだ。こんなにかっこいい人がいるんだって。もうその強さに、あたいは一目惚れしたってわけさ」


 そうか。マリアンヌはギルドの職員。俺の戦闘データも見れるわけか。グリフォンを実質ソロで倒した俺。その功績で俺に惚れたというわけか。マリアンヌが俺を好いた理由はわかったが、別にどうでもいい情報だ。


「マイダーリンとあたい。2人が力を合わせればきっとモノフォビアを倒せると思う。だから、マイダーリン協力して」


「ああ。元よりそのつもりだ。マリアンヌに協力する。そういう依頼を受けているんだからな」


「ありがとう。マイダーリン。本当に大好き」


 マリアンヌが俺に抱きつこうとしてきた。しかし、俺は彼女の突進を躱す。俺に避けられたマリアンヌはそのまま壁に激突してしまった。


「あいたたたた。鼻を打った。ねえ、マイダーリン。私の傷を癒して……?」


「その程度、傷にはならんだろ」


「ぶー。痛み止めの魔法をかけてくれたっていいじゃない」


「はいはい。痛いの痛いのとんでけー」


 俺はマリアンヌの鼻に触れてから、その痛みを飛ばすという子どもによくやる儀式めいたことをやってみた。


「もう、マイダーリン。そういうことは、あたいたちの子どもにやってよ。それで痛みが引くわけが……あれ?」


「もうすでに痛み止めの魔法はかけた。痛みは引いているはずだ」


 アレサの鼻に触れた時に、痛み止めの回復魔法を流し込んである。まあ、この魔法も痛みは引けるけど、傷そのものを治す魔法ではないのであんまり多用はしたくない。痛みとは体が発する危険を伝えるシグナルなのだ。生きていくために必要なものであるから、痛みを感じないのもそれはそれで問題である。


「さっすが。マイダーリン。ありがとう。愛してる」


「いいから行くぞ」


「あ、そうだ。マイダーリン。もう1つ情報があった。モノフォビア。あいつに打撃は通用しない。あの冒険者が戦った時のデータには、モノフォビアには打撃に対してあんまりダメージを受けてなかったみたいなんだ」


「なるほど。拳や杖での攻撃は通用しないと思っていいか」


 それは貴重な情報だな。それを知らずに杖で殴りに行っていたら、致命的なカウンターを食らっていたかもしれない。


「マリアンヌさんは拳。リオンさんは杖が武器ですよね。ってことは、魔法で攻めればいいってことですか?」


「なに言ってるんだアベル。お前のボウガンも十分戦力だろ」


「ふぇ!? 僕のボウガンがですか?」


「俺たちはモノフォビアに対する情報が全然ない。魔法と言ってもピンキリだ。どの魔法がどのくらい効くのかすらわからないからな。もし、俺が習得している魔法が全部ダメだった場合、お前のボウガンが俺たちを救うことになるかもしれない」


 俺はアベルの肩をポンと叩いた。当のアベルは冷や汗をかいている。


「あ、あの……僕、あんまり戦闘自信がないので、プレッシャーかけるのはやめてもらえますか?」


「アベル。いいレンジャーって言うのはな。後方支援の戦闘もこなせるやつなんだ。ギルドがロールによって、評価点を変えているから、レンジャーが戦闘にでしゃばると文句言われるようになったがな。まだギルドが存在する前の冒険者たちは……」


「マイダーリン。そういう長くなりそうな話はやめて。なんか話が長いとおじさんっぽいし」


「お、おじさん……」


 確かに年齢によるピークが早い冒険者は若い世代の比率が高い。それを考えたら、俺は冒険者にしては歳がいっているけども。マリアンヌにおじさんって言われると少しへこむ。アベルみたいにもっと若い世代なら、年齢離れているし、まあ仕方ないかって思えるんだけど。


「まあ、確かにそういうくだらない話をしている場合じゃないな。天女の舞う丘に行くか」


 俺たちはギルドを後にして、天女の舞う丘を目指した。

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