想いを隠す五分前

山田

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 いやぁ、彼女が転校しなくて良かったぁって心の底から思ったよね。

 おかしいとは思ったんだよ、俺に何も話さないなんてさ。


 だって俺たち幼馴染だよ?


 幼稚園の砂場にトンネル付きの大きな山を作ったころからの付き合いだし、小学生のころなんてよく一緒に帰ってさ、うちでゲームしてさ、母さんも「さとのちゃんがお嫁に欲しい」なんて言っちゃたりしてさ、夏祭りで一つの綿菓子を二人で食べた仲なんだぜ。


 いや最近はさ、「お前ら付き合ってんのかよ」なんて言われて意識しちゃって話せてなかったよ。そう、最近はたしかに話せてなかった。それは認める。まぁ、最近って言っても中学入ってから二年間ぐらいまともに話せてなかったから最近っていうのは嘘なんだけど。


 でもさ、ときどき、目が合うことだってあるし、たまに、ほうき取ってとか、机運んでとか、事務的な会話をすることもあるし、俺たちの想い出が消えたわけじゃないし、俺は彼女のことを想い続けていたし、何となく彼女だって同じ気持ちなんじゃねって思っていたわけよ。

 

 それがさ何も言わずに転校ってね。

 おかしいとは思ったんだよ。


 まぁ、元を辿れば悪いのはぜんぶ田村さんなんだよ、うん。

 諸悪の根源って奴だな。


 ある日突然さ、


「さとの、転校するって知ってた? アメリカに行くんだって」


 なんていい加減な情報を俺に流してさ、俺は大混乱でさ、夜も眠れずにさ、もう十回ぐらい田村さんに確認してもさ、間違いない本人から聞いたって言うしさ、田村さんは彼女と仲が良いしさ、信じちゃたよね。


 彼女のことを信頼していなかったわけじゃないんだ。でもさ、彼女はどんどん綺麗になるし、髪だって昔みたいにショートじゃないし、クラスの中でも人気あるし、俺の一人相撲なんじゃねって思うこともなきにしもあらずでさ、最近は自信を失いつつあったわけよ。

 

 そんなときにさ、彼女と仲の良い女友達からさ転校するなんて話を聞けば信じちゃっても仕方がないだろう?


 それなのにさ、今になってさ

「ごめん、さとの転校しないってよ」

 某有名小説のタイトルをもじったようなラインがきてさ、はぁ?田村お前、はぁ?とは思ったけどさ、

 彼女が転校しなくて良かったぁって心の底から思ったよね。

 これでまた彼女を意識してないふりをする日常に戻るだけだってね。

 

 だからさ、日常生活を取り戻すためにさ、


「俺の今の気持ち理解できるか?」

 って田村さんにラインに送っても要領の得ないスタンプが返ってくるだけなんだよ。

 田村さんはどうしようもない娘なんだよ。

 だからさ、俺は気持ちを切り替えてさ、何とか彼女のリュックからラブレターを回収するチャンスをうかがっているわけよ。


 投げ込めたんなら回収も簡単にできますよね?

 と思うかもしないけどさ、そういうわけでもないんだよな。

 状況は極めて悪いよ。


 まずさ、今は数学の授業中なんだよね。

 山田先生がさ、現在進行形で今日もわけの分からない数式を黒板に一所懸命書き殴ってる最中なわけよ。

 迂闊うかつに動ける状況じゃないんだな。

 おまけにさ、この授業が今日で最後でさ、あと五分で終わるんだ。

 何でこのタイミングでラインしてくるかなぁ、田村さんという女は。

 授業が終わったらそのままホームルームであとは皆さん、さようなら。


 そうなればジ・エンドだよね。


 彼女はさ、席にかけたリュックを颯爽さっそうと背負ってさ、教室を去ってさ、家に帰ってさ、今日の復習でもしようって呟いてさ、リュックを開けたらさ……、もうおしまい。


 何がまずいってラブレターの中身なんだよ。なんせ付き合うことを想定して書いたんじゃない。アメリカに行くなんて言うからさ、二度と会えないぐらいの気持ちでさ、思いの丈を余すことなく書いてるわけよ、書いちゃってわけよ。

 それを彼女に読まれたら身悶みもだえどころか身千切みちぎれするよね。


 だからさ、何としてもさ、何としてでもさ、ラブレターは回収しなければならないんだよ。

 この五分間に俺の人生がかかっているんだよ。


 分かるか田村さん?

 全部、あんたのせいだぞ。


 ただまあ、悪いニュースばかりじゃない。

 いいニュースだってある。

 世の中そういうものだろう?


 まず立地は極めていい。

 なにせ彼女の席は俺の隣で、おまけに窓側の一番後ろだからな。

 これなら消しゴムでも落としたふりでもしてリュックに手を伸ばせば周りの連中には気付かれないだろう。


 さらに幸運なことにリュックも半開きになっていてさ、愛の目安箱みたいな状況になっているんだ。

 まぁ、だからこそ俺はこの授業が始まる前の休み時間に、彼女のいない隙きを付いてラブレターを投函できたんだけどな。


 心臓バクバクだったよね。

 まさか、それ以上に心臓がバクバクする事態になるとは思わなかったよね。


 じゃあ、あとは消しゴムをぽいっと机から落として、おっとしまったって拾うだけじゃないとか考えるじゃない?

 

 でもさ、彼女は気付くよね。

 当たり前だよね。

 授業中、自分のリュックに手を突っ込まれたら誰だって気付くよね。

 えっ、何この変態って思うよね。


 だからさ、今はさ、今だけはさ、俺の隣にいないで欲しいんだ。

 そんな真剣な横顔で黒板を見つめてないでさ、ちょっとトイレにでも行ってきてくれないかな?


 でもさ、何度彼女をチラ見してもそんな素振りを見せることはないんだ。

 昔はさ、映画館に行く度に途中でトイレに行ってさ、何があったか説明するのが俺の役だったんだぜ。


 そうしている間にも時計の針は進んでいってさ、ついに授業が終わったんだよ。


 俺は机に突っ伏してさ、もうどうしようかって。


 数学の山田先生はクラスの担任でもあってさ、そのままホームルームが始まってさ、何の問題もなくホームルームも終わってしまったんだよ。


 俺は終わったと思ったよ。

 でもさ、そのとき奇蹟が起きたんだ。

 

 いつもはホームルームが終わるとすぐに帰る彼女がリュックも背負わずスタスタと教室の前の方に歩いていくわけよ。


 何事かと思ったけどさ、今日、彼女は日直の当番だったんだよね。

 身体を目一杯に伸ばして、山田先生の書き殴ったわけの分からない数式を綺麗に消していくわけよ。


 今しかないと俺は思ったよ。

 神様がくれた最後のチャンスだってね。

 周りを見渡してさ、彼女のリュックからさ、カワセミみたいにさ、ラブレターを回収して見せたわけよ。


 すぐにポケットに回収したラブレターを突っ込んで静かにガッツポーズしてさ、もう安堵してさ、大きなため息付いてさ、席に座ってさ、彼女の後ろ姿を眺めたよね。


 そのまま勝利の余韻に浸りながらさ、彼女が帰ったあとに帰ろうなんて思ったわけよ。


 でもさ、どういうわけだか彼女は席に座ったまま帰らないんだ。

 日直の仕事なんてもう終わっているはずなのにさ。


 不思議に思って彼女をチラチラと見ていたら目が合ってさ、

「ごめんね」

 って言うんだ。


 話しかけられることさえ滅多にないのに何で謝っているんだって頭がクエスチョンマークで一杯になってさ、何も言葉が出てこなかったよね。


 そしたらさ彼女が言うんだ。

「転校するなんて嘘」

 って。


 ますます、わけが分からなくて思わず

「何で?」

 って言ったら

「このままじゃ何も進展しないと思って賭けてみたの」

 って答えるんだよね。


「何を?」って訊くよね?


 彼女はじっと俺の目を見てさ

「あなたがアクションを起こすのを」

 なんて言ったと思ったら何だか見慣れた手紙を手に持っていてさ。


 俺は思わずポケットからラブレターを取り出して中身を見たよ。

 空だったよね。

 だって中身は彼女が手に持っていたからさ。


 心臓止まったよね。

 綺麗になっただけじゃなく、マジシャンになったのかと思ったよね。


 俺が完全に固まっているとさ

「ありがとう、ちゃんと読むね」

 なんて言ってさ、リュックを背負ってさ、

「嬉しい」

 なんて昔みたいにさ、無邪気に笑うわけよ。


 その笑顔を見てさ、

 いやぁ、彼女が転校しなくて良かったぁって心の底から思ったよね。

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