不倫されたから不倫し返す。何もおかしい事はない

第1話


最高の妻だ、そう思っていた。


俺の妻──里美はいわゆる幼馴染というやつで、もう20年の仲になる。


のほほんとした雰囲気の通り、彼女自身も包容力があって、少しおっとりしている所も可愛げがあると思っていた。


──今はそれすらも鬱陶しい。


人の感情というものはこうも反転するのかと自分自身驚いているが、嘘みたいに愛情は消え去った。


オートロックを解除し、無言で自宅のドアを開ける。


「お、おかえりなさい!お仕事お疲れ様!……そ、そのね、今日は牛筋カレー作ったの!だから食べて欲しいなって……」



もちろん俺が反応する事は無い。反応したくない。彼女の声を聞くとそれだけでを思い出す。


あの日は確か、彼女が友達と飲みに行くと言ったんだっけか。

別段不思議な事は無いので俺は彼女を快く送り出した。


深夜に差し掛かる頃、里美から一切連絡が無く、不安に思った俺は、彼女の携帯の位置情報を確認した。


目を疑った。


どうか間違いであって欲しかった。だが、GPSに記されていた通りに歓楽街へ向かい少し待つと、里美が他の男とホテルから出てきた。


金髪のチャラい見た目の筋肉質な男。そいつに肩を回された里美は、暗い顔をしていた。


粗方、ワンナイトをしてしまって後悔しているという所か。


俺は呆然と彼女に視線を送っていたので、目が合うのは時間の問題だった。


彼女は友達と飲みに行く予定だったのに合コンだったとか、あの男の人に強く迫られて断れなかったとか言い訳を並べていたが、どれも彼女を許す要素には成り得なかった。


離婚しようと決心した。


──でも、無理だった。いや、諦めたと言う方が正しい。


うちの両親と里美の両親は俺達が幼馴染だと言うこともあって仲が良い。


俺達が離婚したら、きっと彼らの仲も崩壊してしまうだろう。それは嫌だった。


決して、里美が離婚したくないと泣きながら懇願してきたのが原因では無い。


そんな事を考えながら、スーツを脱いで二階にある自分の部屋に向かう。勿論、里美を無視して。


一瞬、彼女の泣き声が聞こえた気がしたが、気にしない。

気にする事が出来るほどの器の広さを、俺は持ち合わせいなかった。


そして、自分の部屋で粗方準備を終えた俺は、のいる家へ向かう。


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里美と付き合う前までは、俺はモテてたんだ。不倫相手を見つける事ぐらい雑作もなかった。


まあ、モテていたと言う部分だけで言うと、里美も当てはまるが。


最近は不倫相手の家から会社に行っている。その方が近いし、効率的で、何より里美と一つ屋根の下で暮らす事を回避できる。


不倫相手には既婚者の事も、不倫をするようになった経緯も、本気でない事も伝えた。


その上でこの関係が保たれているのはある意味奇跡なのだが、彼女が男に捨てられたバツイチだという事を考えると、人肌が恋しいのだと納得できた。


「綺羅くん。仕事、頑張ってね」


不倫相手──彩菜が玄関まで出迎えてくれた。

もうこの光景も板についてきた。側から見ても夫婦だと間違われるに違いない。


「おう、じゃあ今日もちょっくら頑張ってくるわ」


「ふふ……少しおじさんっぽいよ?」


「彩菜より年下なんだけどなぁ……まあいいや、じゃあ行ってきます」


「ちょっと待って!」


「ん?どうし──


頬に柔らかい感触。キスされたと数瞬遅れて気づいた。


目の前の彩菜は顔を真っ赤にして俯いている。


変な話、不倫関係になってから里美への当て付けのようには何度もしたが、今みたいな甘酸っぱい事はした事がなかった。


新鮮で、気恥ずかしくて──嫌な気はしなかった。

少なくとも、その時、俺の頭には里美の事なんて欠片も考えていなかった。

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