第12話 本田
今朝はマツダが、予想外に早く起きて食事の準備をしてくれた。そのお陰で、だいぶ余裕をもって、家を出ることができた。
地下の駐車場までエレベーターで下り、俺のものになったばかりのベンツのロックを解除して、中に入る。マツダもすぐに助手席に座った。
「安全運転でお願い」
「もちろん」
昨日運転したから左ハンドルにもだいぶ慣れたが、普段より慎重になる必要がある。なにより隣にはマツダがいる。
シートベルトを締めて、マツダも締めているのを確認してから車を発進させた。直進とカーブを二回繰り返して地上に出る。
外は秋だった。マンション出てすぐから続く街路樹の足元にはイチョウの葉で埋め尽くされている。風に吹かれ地面を這う黄色い落ち葉は、車道へと恐れることなく流れてくる。
俺は幼い頃、イチョウの木が沢山ある公園で、どんぐり拾いに夢中になったことを思い出す。この二十年は公園になんか行ったことがない。でも、と隣を見やる。マツダと一緒なら行っても良い。
今日のマツダはいつもより真面目というか、しっかりしている。顔つきが、行動が。ネクタイもピシっと結べた。
前を向き、日差しの強さに眉をしかめた。サンバイザーの角度を調節する。
がら空きの対向車線に比べ、俺側の道はそれなりに混んでいる。通勤の時間帯だから仕方ない。余裕をもって家を出て正解だった。
片側一車線道路を進み続けると、地下鉄O線の最寄り駅付近に来る。そういえば、高架下にある店の前では市場が開かれている。いつも人がけっこう集まっている。
俺は速度を落とした。マツダに安全運転と言われたばかりだしな。
気を引き締めて、ハンドルをしっかり握りなおした時だった。対向車線を走ってくる赤い車が、黄色い中央線を大幅に超えるのが見えた。俺は咄嗟にブレーキを深く踏み込む。車が振動する。耳をつんざくようなブレーキ音。
「本田、後ろから来る!」
マツダが叫ぶ。前方の車がこちらに向かって突進してくるのを見ながら、俺はハンドル左に切る。――いや、ハンドルが勝手に動いているような感覚を覚える。尻と背中を突き上げてくる衝撃。と思ったら前からも衝撃を受ける。体が前後に揺れる。俺側のミラーが割れる。エアバッグに顔が埋もれる感触。それが最後。
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