第30話

 奥の保管倉庫に展示されていた試作品は、相当な数だった。







 爆薬の様な物から携帯用アンカー射出装置、ディロジウム駆動のノコギリ、有毒ガス発生装置等、恐ろしい代物から使い道の想像出来ない代物まで、ゼレーニナの試作品は実に多種多様だが、殆どが却下された物だとか。


 まぁ素人目に見ても高く付きそうな物ばかりだ、これをレイヴン達に行き渡らせようとすれば、資産が足りないのも当たり前だろう。


 「この中から選べって事か?」


 「いえいえ、この中からなんて事は言いません」


 ふとしたそんな言葉に、倉庫内を先導するゼレーニナが上機嫌そうに呟き、振り返った。


 「要望の装備を特注で作ってあげましょう、という訳です。勿論この中から選んでも構いませんよ」


 鼻歌でも歌いそうな程に上機嫌なゼレーニナに、何やら奇妙なものを感じながら付いていく。失礼な話ではあるが。


 「ただし、資金投資が絶対条件です」


 しかもそんな所だけ芯のある声で言うのだから、呆れる他ない。


 微かにカビ臭い空気を手で顔から払い、頭を掻く。


 「そうは簡単には行かない」


 「何故です?先程、装備開発と引き換えに投資してくれると言った筈です」


 睨み付ける様な視線に対し、此方も堂々と言葉を返す。


 「お前がウィスパーとやらを開発して、どれだけ黒羽の団に役に立とうが、それはそれこれはこれだ。俺に取ってお前の装備が役に立つかどうかは、これから見極める」


 先導していたゼレーニナが向き直り、両手を腰に当て不満そうに言う。


 「では、どうすれば投資してくれるのですか?」


物珍しさに辺りの発明品の数々を見回しながら、淡々と答える。


 「先程言っていた通り、取り敢えずお前に何か装備を作って貰おう。それが本当に役に立つ代物なら、投資も検討しよう」


 「検討?」


 「あぁ、検討だ」


 ゼレーニナの噛み付かんばかりの語気にも、大して取り合わずに返した。


 「お前が何を作ろうと、俺の役に立たないのなら投資なんぞ無駄金だからな。俺の資金は俺の役に立ってくれなきゃ困る」


 投資が決定しない事には随分不満そうだが、一応筋は通っている事は向こうも分かっている筈だ。


 鬱憤以上の物が詰まった溜め息を吐き、ゼレーニナが口を開いた。


 「…………良いでしょう。投資価値を理解してもらうのも重要ですからね」


 そんなゼレーニナの言葉を聞きながら、発明品の一つを眺める。刀身射出ナイフ?訳が分からん。


 「それで?何を作れば良いんです?」


 「もう少し待て」


 色んな発明品を眺めながら、発明品だらけの倉庫内を見て回る。


 さて、そうは言ったがどうしたものか。自分用の装備が作られるのは有り難い事だが、それには自分にそもそもどんな装備が必要かを自覚しなければならない。


 しかし前回の任務の事を考えてみても、装備にそこまで大きな不満は何一つ無かった。ヴァイパーは確かに余り好みじゃないとは言え、現にあれだけ役に立ったのだから不満は無い。


 しかし、あくまでも不満が無いだけだ。このまま、いつまでも同じ様に戦って行けるとは思っていない。たった一人でこれからも戦って行くのなら、“何か”が必要だ。


 人数を埋める、独りだからこそ役に立つ様な、そんな装備が。


 指を机の端に伝わせながら、何かヒントにならないかと発明品の一つ一つを吟味していく中、ある一つに不意に目を留めた。


 只の、刀剣?


 丁寧に鞘に納められた、装飾も大して無いシンプルな剣を手に取る。


 普段なら目に留まる様な事は無いのだが、周りに訳の分からない仕組みの発明品が山の様に溢れている中、何の仕組みがある様にも見えない普通の刀剣は、逆に目を引いた。


 鞘に納められたまま、少し眺めて見るも変わった部分は見当たらない。


 ゼレーニナが、只の剣をこんな所に置くとは思えないが………


 鞘から刀身を抜いた。中身に歯車でも詰まっているのかと思いきや、刀身も普通の剣だ。


 何故こんな所に只の刀剣が、とまで考えていた所、妙な顔になるのが自分でも分かった。


 この刀身、骨で出来ている。


 至極丁寧に仕上げられている為、研いだ鋼の様に見えたがよく見ると質感が金属とは違う。


 削り出して研ぎ上げた骨を刀身に据え、そのまま一般的な刀剣の様に造ってあるのだ。全く、奇妙の一言に尽きた。


 「………これも、お前の発明品か?」


 そんな声にゼレーニナが思い出した様に「あぁ」と声を上げる。


 「少し前に試験的に造った物です。古代に存在した、骨の刀剣を現代に再現したものですね」


 興味無さそうな声でゼレーニナが続ける。


 「特別な硬化処理を施したクジラの骨は、強度の面に置いても中世には鋼以上の価値を誇りました。神の素材、とまで記述された歴史的な文献も残っています」


 「………幾ら硬化処理したからと言って、金属がある時代に骨の方が重宝された、なんて幾ら何でも無理があるだろう。それこそ、金属があるなら銅なり鉄なり、鋼でも使えば良いだろうに。金属とぶつければ骨なんて砕けるに決まってる」


 かつて骨を素材とした文明が繁栄したのは言うまでもなく分かっている、厳しい土地の種族は骨を様々な用法に活用した事も。


 だが、幾ら何でも金属より丈夫で重宝された、なんてのは筋が通らない話だ。あくまで金属が無い、もしくは金属が貴重な土地が金属の代わりに骨を使っていた筈なのだから。


 そんな俺に対し、当然の様な顔をしてゼレーニナが続ける。


 「一般的な骨角器なら、そうでしょう。空魚類や大型鳥類の骨は適切な処理を行えば、かなりの強度を誇ります。ですが貴方の言う通り、幾らオオバネワシやアカクジラの骨が丈夫だとしても、当時に製鉄されたどの金属より頑丈、というのは有り得ない話です」


 表情こそ固いままだが、それでもゼレーニナの口調は微かに弾んでいた。ウィスパーの時もそうだが、どうやら技術方面になるとこいつは随分と饒舌になるらしい。


 「それで?」


 少々呆れ気味にそう返すも、ゼレーニナの勢いは止まらない。


 「クジラの骨と言っても、クジラ類なら何でも良い訳ではありません。適切な硬化処理によって金属以上の強度を誇る骨を持つクジラ、というのはクジラ類の中では只一種、フカクジラのみです。一部の地方では、ホネクジラやハガネクジラとも呼ばれますが」


 「フカクジラ、か」


 鈍く光を反射する骨の刀身を眺めながら、そう呟いた。


 「ご存知ですか?」


 「一応な」


 当然ながら、鳥類の中に中型や大型が居る様に、空魚にも大型の種は居る。


 そして空中を自由に“泳ぎ回る”空魚類は、体格の大きさがそのまま生命としての強さ、食物連鎖内での高さに繋がる。サメ類一つ取ってもそうだし、目の前のゼレーニナが言ったクジラ類は、サメ類より更に巨大な種とされている。


 そのクジラ類の中で、加えて言うなら空魚類の中でも、ほぼ頂点に位置する種がフカクジラだ。

体格に体長、獰猛さ、全てに置いてフカクジラ以上の空魚は今の所確認されていない。


 飛行船が興奮したフカクジラの衝突により墜落した、という記事すらある程だ。


 何でも、博士号を抱えた学者達の有難いお話によれば、空魚類の中でもかなりの古代種に分類されるらしい。人間より歴史がある、なんて話も聞いた。


 だが、生憎と自分はその辺りには詳しく無い。この知識だって、動植物の本からの受け売りだ。

目の前のゼレーニナに聞けば、つまらなそうな顔のまま、それこそ一晩中でも語ってくれそうではあるが。


 人々が空に駆け出す前の事を考えれば、飛行船並みの体格で手の届かない空の中を泳ぎ回るクジラは、正しく神か何かに見えただろう。


 まぁもっとも、その神ですら手間暇かけて、銛で滅多刺しにして殺して肉と素材にしたらしいが。


 人間も大したものだ。本来、地べたを歩く人間が鳥を仕留めようとするなら、カラスでさえ手を焼くというのに。


 「新しく剣を造りたいと言うのなら構いませんが、今やフカクジラは希少種です。骨や硬化処理の素材を含めて、純金並みの資金を使う事になりますが」


 ゼレーニナが何処か冷ややかにも聞こえる声で言う。どうやら、この辺りは上機嫌に語る部分では無いらしい。金が嵩む話は、確かに楽しい話ではないか。


 「………そんなに金がかかるのか?」


 「個体数の減少もあって、フカクジラの素材は相当な高値で取引されています。かつて高騰した際などは、倍の重量の純金と交換された記録もありますから」


 「何というか、お前の言う通りなら、昔だけじゃなく現代にもっとフカクジラの骨が素材として流行っても良さそうなもんだが。そういう訳には行かないのか?」


 「簡単な話ですよ。フカクジラの骨を硬化処理までして使わなくても、今は高密度合金を使えば同じ強度で遥かに安く事足りるからです。そもそもフカクジラは希少種ですから。その剣にしても、合金を使えば同じ強度で遥かに安く造れたでしょう。あくまで、試験的に造ったものですので」


 渋い顔をしつつ、頭を掻いた。何というか、当たり前ではあるが夢の無い話だ。


 ……そこまで興味があった訳では無いが、何がどう転んだとしてもよっぽどの理由が無い限り、わざわざ山積みの金貨を払って骨の剣を造るのは止めておこう。


 骨の剣を元通りに置き、辺りを見回した。さて、どうしたものか。


 何かこう、具体的に形でなくとも装備を思い付く切っ掛けぐらいになれば良いのだが。


 そんな事を考えながら、手近な棚に指を滑らせていると、一つの古い箱が指にかかった。試しに開けて見ると蓋は簡単に開く。どうやら、この箱は釘も打たれていないらしい。それなりに積もった埃を払い、大きな箱の蓋を隣に置く。


 中に入っていたのは、機械式の巨大な鞘の様な装置だった。


 「何だ、こりゃ」


 思わず出たそんな言葉に、ゼレーニナが意外そうに言葉を返す。


 「それですか?昔の試作品です。どちらかと言えば、装備というより装置の実現に重点を置いた装備ですね」


 「…………それで結局、何なんだ?これは」


 「自動刀剣取り出し装置、とでも言いましょうか」


 またもや、ゼレーニナが微かに熱を感じる声で淡々と続けた。成る程、楽しい話らしい。


 「元々人類が空に進出する以前、言ってしまえばディロジウムが発明される以前、戦争では大きな剣は高い威力を誇りました。かつ、戦争では強力な武器でもあったのです。しかしディロジウムが発明され、銃砲が発明され、武器はその時代より小さくなり鎧は軽くなり、携行性が重視される様になります。しかしどれだけ時代が変わろうと、その時代の大剣の威力は目を見張る物があったのも事実です」


 どこか懐かしそうに、俺の手の装置にゼレーニナが触れる。


 「そこで、今の時代の戦争に大剣の威力を持ってこれないかと思い、制作したのがこの装置です。この装置を稼働させれば背中等に背負っている大剣を、スムーズに自分の手の届く所に持ってくるだけでなく、そのまま鞘から完全に分離させてアクティブに扱う事が出来ます」


 「成る程な、つまり大剣を今のご時世でも“使える”武器にしようとした結果がこれか」


 「想像以上に需要が少なかったので、試作品どまりですけどね」


 興味無さそうにそう呟き、ゼレーニナが手を離した。


 「言っておきますが、貴方が大剣によっぽど思い入れがあるのでも無い限り、お勧めしませんよ」


 ゼレーニナのそんな言葉を聞きながらも、俺の目はその装置に惹き付けられたままだった。


 何か、何かが引っ掛かる。これを、これを何かに使える筈だ。これを上手く使う方法が、俺に“活かす”方法が、ある筈だ。


 「ブロウズ?」


 装置を見つめたままの俺を、ゼレーニナが怪訝な顔で見つめている。


 そんな時、ピースが頭の中で音を立ててはまるのを感じた。そうか、これだ。


 「此れを小型化する事は出来るか?」


 「小型化?」


 余りにも突拍子も無い言葉に、妙な声が返ってくる。


 「そうだ、これを小型化して腕に付けられる様にして欲しい」


 「この装置を…………腕に付けるんですか?」


 ゼレーニナの怪訝な顔が益々怪訝な顔になった。分かってはいたが、随分な顔をしてくれるものだ。


 「剣を腕に付けるなんて、控え目に言ってもバランスが悪すぎて話になりませんよ」


 「違う、剣も小型化してくれ。そうだな、10インチ程の……ダガーぐらいのサイズが良い。何時でも取り出して咄嗟に握れる様にしてくれ」


 理解出来ない、と言わんばかりにゼレーニナが溜め息を吐いた。こいつは何がしたいんだ、と呆れた様にも見える。


 「まぁ私は貴方が何を希望しようが、資金投資さえしてくれるのなら構いませんが…………」


 腰に手を当て、どこか疲れた表情でゼレーニナが続ける。


 「戦場でダガーなんて、何に使うんです?」


 そんな言葉に少しばかり、皮肉混じりに笑った。







 「ヤギチーズを食べる訳じゃないぞ」

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