第2部 前半(小説2巻)
side - 前代未聞の記者会見
前書き
第二章の内容はWebと書籍で大きく異なります
具体的には、全部書き直しました
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都内にあるマンションの一室。学校の教室程度の空間に規則正しくパイプ椅子が並べられ、スーツ姿の記者達が肩を寄せ合っている。
パイプ椅子が無い部分には無数のカメラ。息苦しい程に密集した人々が、主役の登場を今か今かと待ち続けている。
数分後、記者会見が始まる。
テーマはふたつ。ひとつはSNSにおける炎上の事実確認。もうひとつは、今後の対応について。
会場に足を運んだ者、テレビの向こうから見守る者、それぞれ仕事だったり興味本位だったり目的は異なるけれど、等しく新社長の発言に注目していた。
「あっ、現れました! RaWi株式会社の
一斉に鳴り響くシャッター音。
そして、シャッター音を掻き消す程のどよめき。
あんぐりと口を開く者、現実を疑って目を擦る者、思わずカメラから目を外して肉眼で確認する者など、誰もが新社長の姿を見て驚きを隠せなかった。
「あー、あー」
青いティーシャツの上にオレンジ色の道着。帯の色も青。道着の袖は短く肘にさえ届いていない。手首には青色のリストバンドがある。そして左胸の辺りには円形の名札のような部分があり、悟という文字が刻まれている。
「おっす、オラあらたです」
会場は静まり返った。南極隊員も凍えるような冷たい空気の中、新社長はコホンと咳払いをして言う。
「えー、今回、世間をお騒がせしております出来事は、全て事実であります。全て、わたくしの責任です。誠に、申し訳ありません」
会場の記者達は、ぽかんとしていた。やがて何処かでシャッター音が鳴り、思い出したかのように新社長の頭部がパシャパシャと光り始める。
新社長はゆっくりと頭を上げ、説明を始めた。
「わたくしはコスプレ姿で働く社員を目にしました。なんとふざけた勤務態度なのか。憤りを覚えました。ちょうど、今の皆様と同じような気持ちです」
それは嫌に説得力のある言葉だった。そして、彼のことを知る人物ほど、今の発言と態度に驚いていた。
彼は、いつも自信に満ちた表情を浮かべていた。仮に失敗をして株主や世間から叩かれた場合でも、彼の表情から余裕が消えることはなかった。
しかし、今はどうだろう。
まるで抜け殻のようだと、彼を知る記者は思った。
「その社員は、重要なシステムを管理している人物でした。しかし、わたくしは多くの反対を押し切り、その社員を解雇いたしました。以後については、SNSに記されている通りであります」
俯きがちに発せられる言葉。
それは強い後悔と反省が感じられるものだった。
新社長がコスプレ姿で現れ、ふざけた挨拶をした瞬間には、怒りを覚えた者が大半だった。しかし、二言目以降の発言や態度は誠実そのもの。それは見る者の感情を混乱させた。
「わたくしは、責任を取る必要があります」
新社長は顔を上げる。
その瞳は虚空を見つめていた。
数日前、彼は格下だと思っていた存在に打ちのめされた。そして食事も喉を通らない程に意気消沈した。
新社長は、然るべき賠償をしてから隠居しようと考えていた。そんな彼に「逃げるな」と言った人物がいた。
秘書である。
新社長の暴走を止められなかった秘書は、強い責任を感じていた。果たして新社長は、最も過酷な道へと進むことを強制されたのである。
「必ず、責任を持って、会社を立て直します。この服は、わたくしの覚悟を体現したものであります。もう二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、あの社員の気持ちを理解するために、着用いたしました」
ヒトを傷付けるのは常に自分自身である。
失敗を認め、過去の自分に足を引っ張られながら、それでも前に進む人生は、失敗を否定して破滅へ向かうよりも遥かに過酷で辛く厳しいものだ。
それでも彼は茨の道へ進むことを選んだ。あるいは選ばされた。彼が進む道の果てにあるのは、希望か、絶望か。それは誰にも分からない。
「それでは、質疑応答に移ります。質問のある方は、挙手を――」
――なんだこれ。
佐藤愛は、テレビの前でポカンと口を開けていた。
三日間のイベントを終えた翌朝。
のんびりテレビでも見ながら朝食を食べようかなとリモコンを操作して、たまたま映ったのが今の映像だった。
なんとなくスマホを操作して、SNSを開く。
「コスプレ謝罪会見トレンド一位で草」
真顔で言って、考える。
たっぷり十秒ほど悩んだあと、彼女は謝罪会見という単語をミュートに設定して、チャンネルを変えた。
彼女は知らないのである。SNSで起きた大炎上も、鈴木と新社長の間にあったやりとりも、何も知らない。気が付いたら悪者が勝手に倒れていたと、そのような認識である。
感想は、特に無い。
佐藤愛は、新社長による謝罪会見の当事者である。彼の発言にあった「コスプレ姿で働く社員」とは佐藤のことであり、もちろん本人も理解していた。
しかし今の彼女は、この会見を数分で忘れ去ってしまうくらいに、ひとつのことに夢中だった。
それはファミレスで鈴木と再会して、様々な経験をして、初めて芽生えた強い感情。
彼女は今、夢について考えている。幼い子供がベッドの中で見るものではなく、大人が目を開いて見る夢について、考えている。
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