夢物語のその先へ 1
「わたしこれきらい」
幼い日の記憶。
佐藤さんと一緒にアニメを見ていた時の記憶。
「えー! ザビレンジャーちょうかっけーじゃん!」
「きらい。わるものじゃん」
佐藤さんは、戦隊ヒーローを悪者と表現した。
「どうしてビラーのはなしをきかないの」
ビラーというのは悪役の名前。
「ヒーローは、ひきょうだよ」
「ちがうよ! ビラーがわるものだからだよ! だってみんなにいっぱいめいわくかけてるもん!」
ボクは佐藤さんの考えが理解できなかった。
「ヒーローのせいじゃん」
だから、とても印象に残っている。
「ちゃんとはなしをして、いっしょにかんがえれば、ごめんなさいして、なかよくできるもん。でもヒーローは、いつもぼうりょくばっかり」
そして、大人になった今なら理解できる。
「……わるものなんて、いないのにな」
佐藤さんが口にしたのは、夢物語だ。
「あいちゃんおかしい! さっきザビレンジャーをわるものっていった!」
「うるさい! いってない! ばーかばーか!」
「バカっていうほうがバカだ!」
悪者は存在する。
どうあっても分かり合えない相手は存在する。
全てのヒトが悪者と戦っている。
だからヒトは悪者をやっつける物語を好む
誰もが勝利を求めているからだ。
そして、それを心地良いと感じるからだ。
しかし、忘れてはならない。
悪者を退治するのもまた、悪者なのだ。
そして悪者は、いつか必ずやっつけられる。
*
鈴木健太の両親は、共にエンジニアだった。当時としてはコンピュータを扱える貴重な存在であり、今日に繋がる重要なシステムの設計開発に携わっていた。
健太の両親は、いつも仕事の話をしていた。必然的に健太は両親の仕事に興味を持った。しかし、ボクの将来の夢はパパとママみたいなエンジニアになることです、とはならなかった。
健太は、いつも二番だった。
運動では体が大きい同級生に勝てない。勉強では近所に住んでる女の子――佐藤愛に勝てない。
それは中学生になっても、高校生になっても同じだった。どれだけ成長しても、環境を変えても、いつも必ず自分より凄い人が居て、どうしても一番になれない。
パパとママは一番だ。
二番のボクは、あんな風にはなれない。
ハッキリとした自覚は無い。
しかし、心のどこかで諦めていた。
もちろん一生懸命に頑張る。自分が一番になることはないのだろうと思いながらも決して手を抜かない。
だから負けると悔しい。
健太は、いつも泣くことで感情を吐き出していた。
男が泣くのは恥ずかしい。男子は「うぇーい」と嘲笑する。女子は「ぷーくす」と肩を震わせる。そして佐藤愛は「――おら! もっと泣け!」と追い打ちをかける。そのうち健太がかわいそうになって、みんなが「愛ちゃんやめなよ」と注意する。果たして誰も健太を笑わなくなった頃、愛は素直にごめんなさいする。
そのあと、なんだか気まずい感じで授業が始まる。やがて誰かがクスッと吹き出して先生を困惑させる。
彼女の周りには、いつも笑顔があった。
しかし彼女を「太陽のような存在」等と表現するのは少し違う。そんなに高尚な人ではない。
佐藤愛は、弱っちい悪者だった。
彼女をやっつけると皆が笑顔になる。皆という言葉には、彼女自身も含まれている。
きっとそれは夢物語。
健太の人格は理想の世界で
負けることは当たり前。だから、どれだけ無様に負けても決して俯かない。
理想の世界を知っている。だから、目指すべき場所が如何に遠くとも、決して歩みを止めない。
健太は"異常"だった。
普通は負ければ悔しくて嫌になる。あまりにも理想が遠ければ諦める。だから彼は――追いかけ続けた背中が見えなくなった瞬間、迷子になった。
暗闇の中で出口を探すみたいに、何度も壁にぶつかりながら、もがいて、あがいて、傷だらけになりながら、それでも理想を目指した。
そして歩き続けた先で、再び彼女と出会った。
「――さて、何から話そうか」
公園。
都内にしては珍しく滑り台やブランコ、鉄棒などの遊具がある。
人影ふたつ。
星が見えない明るい夜空の下、健太と愛は立っていた。
他の二人は先に帰宅した。
公園の周辺には民家があるものの、駅から遠い場所だからか人通りは無い。
「佐藤さんは、何から聞きたい?」
独り言のような小さな声。それがハッキリと愛の耳に届く程度に、静かな公園だった。
「……」
視線が重なる。
愛の目を見て、健太は少し緊張した。
彼は思う。
彼女は、いつもふざけているように見えるけれど、実はAIみたいに先のことを考えている。自分では想像もできないようなことを、とても深く考えている。
今、彼女の脳内では、どのような言葉が浮かんでいるのだろう。表情から読み取ることは難しい。悩んでいるようにも見えるし、リラックスしているようにも見える。
軽く唇を噛んで、第一声を待った。
「……ごめん」
「えっ?」
思わず聞き返した。
その言葉は全く予想できなかった。
彼女は長く息を吐きながら肩を抱く。そして、ちょっぴり気恥ずかしそうな表情で、言った。
「寒いからネカフェとか行かない?」
空を仰ぐ。
なんというか、もう……
「うん、いいよ」
本当に自由な人だと、そう思った。
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