それぞれのハローワールド 終
「――では、注文はそちらの端末からお願いします」
きんぐ!
立地が悪いことを除けば最強の焼肉食べ放題店。
メニュの種類、質。
どちらも最高に最強な楽園。
「それじゃ、佐藤さんからどうぞ」
「ん、ありがと」
ケンちゃんから端末を受け取る。まずはメロンソーダ、それから肉とサラダを注文して……
「壁を感じる」
「かべ?」
「なんでそっち三人? 狭くない?」
四人用の座敷席。
一方には私が一人。もう一方には成人男性三人。
指摘を受けたケンちゃんはにっこり笑って言う。
「今日は佐藤さんが主役だから」
「嬉しいけど……まあリョウちっちゃいから平気か」
「黙れイカれ女。縮ますぞコラ」
「はいはい。いっぱい食べて大きくなってね」
お分かり頂けたでしょうか。
クソ女からイカれ女にランクアップしております。いつか愛ちゃんと呼ばせたいものですね。
「ん、私終わり。次どうぞ」
リョウに端末を差し出す。
彼は私を睨みながらも素直に受け取った。
「だいぶ仲良くなったね」
「冗談やめてください。有給使いますよ」
「いやそれは普通に使っていいからね?」
うむうむ、ご飯が進みそうです。
なんというかもう幸せです。何が幸せって翼様が端末ガン見してウズウズしていることです。かわいい。
「あっ、そういえば三人ともお酒飲まないんだね」
ふと思い出して発言した。ドリンクの飲み放題にはアルコールが付くコースもあったけれど、それは誰も選ばなかった。
「ちょっと不思議。大人が四人集まって誰も飲まないって珍しい気がする」
「あんなもんコスパ最悪だろ。ケンタさんをその辺の雑魚と一緒にすんな」
「リョウ、褒めてくれるは嬉しいけど、他の人を貶す言い方はやめよう」
「……はい。すみませんした」
こいつケンちゃんにはデレデレである。
そして仕事中は別人のように丁寧な好青年だった。
……えっ、もしかして塩対応されてるの私だけ?
悲しいので翼様を見る。
ずっと端末を凝視しててかわいい。癒される。
「まあでもあれだね。ボクは飲む機会が無かったのもあるけど、脳にダメージがあるという研究成果を知ってからは、意識的に避けてるかな」
「え、なにそれ怖い」
「怖いよね。テレビで中毒者を見るとゾッとするよ」
知らなかった。
……やっぱりメロンソーダが一番だね!
私が心の中で緑の悪魔に忠誠を誓っていると、注文を終えたリョウがケンちゃんに端末を渡した。
「ありがと。ボクはまず飲み物だけでいいかな。翼は何を飲む?」
「お肉」
「水だね」
えっ、おみず? おにくって言ってなかった?
「食べ物は?」
「貸して」
「ダメ。翼は頼み過ぎるから」
「……」
ムッとする翼様。
ぁゎゎ……ご飯特盛にしなきゃ。
そんなこんなで注文終了。
数分後、全員のドリンクが揃ったところで乾杯。私は緑色のシュワシュワをチビチビ飲む。
「んー! やっぱり砂糖モリモリで最高だね!」
クスッと吹き出した翼様。
ぁゎっ、なに? なにかおかしかった?
慌てた視線を向けていると、胸がキュンとする笑顔で解説してくれた。
「佐藤さんは、砂糖が好き」
ツボ浅い!
なんだこのイケメンっ、ほんと可愛いなもう!
「えっと、翼さ、んは、営業なんだよね?」
あっぶない翼様って言いかけた。
「うん、営業だよ」
にっこり返事をした翼様。
私はそのふんわりした表情をジーッと見て言う。
「……想像できない」
「あー分かる。翼はオンオフ激しいからね」
え、オンオフあるの?
まさかまさかリョウみたいに仕事中はしっかりした感じになるの? なっちゃうの? それは……それはもう……それは……それはああああああ!!!
「佐藤さん、ゆっくり食べよう」
「無理です!」
「いやいや――こら翼、張り合おうとしない」
さて、私が騒ぐ一方で、リョウは黙々と肉を焼いていた。拘りがあるのか一枚ずつ焼いている。それを何だか上品な感じで食べている。めっちゃ美味しそうに食べている。
「えいっ」
「おう、さんきゅ」
怒らないだと!?
イタズラするつもりで他の肉を皿に入れたら普通に感謝されてしまった! 納得できない!
「……」
ぁゎゎ、翼様が寂しそうな目で……あっ、今の翼様が育ててる肉だった? ご、ごめんね。私の育てたカルビあげるから許して?
「ありがとう」
ぁゎゎ、笑顔眩しい。
「おかえし」
キャベツくれた! いらない!
「そういえば佐藤さん、最初に会った時メロンソーダで酔ってなかった?」
「さいしょ……?」
記憶を検索する。
思い出した。ファミレスで荒れてた時だ。
「やだなー、素面だよ。メロンソーダで酔うわけないじゃん。おっかしー」
「……そっか」
含みがある言い方だけど気にしない。
私の歓迎会と称した焼肉食べ放題。
何かイベントがあるわけではなくて、普通に食事をするだけの時間。
私は満腹になったあたりで、ふと三人のことを考えてみた。
翼様はかわいい。
リョウはツンデレ。
そして、ケンちゃんは幼馴染。泣き虫なのは変わらないけど、昔と今では随分と印象が違う。スタートアップを立ち上げるようなイメージは全くなかった。なんとなくタイミングを逃し続けているけれど、いつか聞いてみたいと思う。
いや、今聞こう。
「ねぇケンちゃん」
お肉を食べていたケンちゃんが目線を上げる。
私は少しだけ考えて、ストレートに質問することにした。
「ケンちゃんは、どうしてスタートアップを立ち上げることにしたの?」
「うーん、一言では難しいね」
口元を手で隠して返事をしたケンちゃん。
それから箸を置いて、水を口に含むと、少し困ったような表情をして言った。
「また今度、静かな場所で話そうか」
「……うん、そだね」
言われて納得する。たしかに、他の人達の悲鳴みたいな大声が聞こえる場所で話す内容ではなさそうだ。
……気になる。
それから席の時間が終わるまで、私は三人の食事姿を見たり、リョウをからかったりしていた。
本当に楽しい時間だった。
だからこそ、それが気になった。
……すごく気になる。
シンプルな理由。
きっとそれは、私だけが知らないことだから。そんなのは仲間外れみたいで寂しい。
よし決めた。
帰り道に聞いてやる。絶対逃がさない。
ゼッタイ逃がさないからな! 覚悟しろ鈴木!
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【書籍リンク】
小説
https://pashbooks.jp/series/oneope/oneope2/
コミカライズ
https://www.shufu.co.jp/bookmook/detail/9784391159509/
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