それぞれのハローワールド 2


 タワーマンション。

 お散歩中、ふと見知らぬ場所でスマホの充電が切れて絶望した経験、ありませんか? そんな時に役立つのがタワーマンションです。だいたい駅の近くにあるので目印になります。


 百メートルを超える巨大な建造物。東京のコンパスとして有名なタワーマンションですが、ほとんどの方は中がどうなっているかご存知ないでしょう。


 ふふ、仕方ないですね。

 今から私、佐藤愛が特別に教えてあげます。


 というわけで~!

 愛ちゃんのタワマンレポート! 始まるよ~!


 まず入口を抜けると、そこには何もありません。よくある1Kの寝室が十個くらい入る広大なスペースには、受付がポツンとあるだけです。


 何ということでしょう。

 空いているスペースを使って部屋にすれば、きっと月に百万円くらいの収入になります。しかし上級国民は、そんなセコいことしません。


 広々とした玄関!

 大きな心で受け入れますというメッセージ!


 嘘です。玄関を抜けて奥に侵入できるのは、事前に許可を得た者だけです。あきれた選民思想ですね。


 私とリョウくんは受付でセキュリティカードを受け取りました。それをセキュリティゲートでピッとした先にあるのはエレベータです。


 エレベータに乗って30とか40とかいうワクワクする数字をポチっとすると、物凄い勢いで上昇が始まります。


 ふと後ろを見ると、見渡す限り青い空。

 もはや私を見下ろすものはありません。


 ふと下を見ると、豆粒みたいなサイズの人々。

 ここから人を見下ろすと、つい思ってしまいます。


 君達もさぁ、早く昇ってこいよ。この高みまで。


 ……ご、ごめんなさい。石を投げないでください。普段オタク趣味に全振りで常に金欠気味な庶民なのでこういう時くらいイキらせてくださいっ、跪け!


 こほん。

 エレベータを降りた先にあるのはオフィス。


 全面ガラス張りで、とっても開放感があります。窓の無い狭い部屋で無数のモニタがチカチカしていた私の古巣とは正反対です。


 耳を澄ませば上品な笑い声。

 しかし会話の内容は仕事の話。


「本日はお時間頂きありがとうございます」

「いえいえ、楽にしてください」


 なかなか役職が高そうなおじさま。

 私たちは「苦しゅうない」という許可を得て、見るからに高級そうなソファに腰をおろしました。


「ソファふかふかですね。どこのメーカーですか?」

「あー、どこでしょうね。今度確認してみますよ」

「ありがとうございます」


 この方は誰でしょう。

 今日知り合った方に似ていますが……んー?


「いやはや羨ましいですね。弊社まだまだ始まったばかりでして、事務所の家具なんて備え付けのものだけ。この会議室より物が無いですよ」

「ははは、最初はそんなもんですよ」

「そうですかね?」


 この金髪碧眼のコミュ力オバケは、誰でしょう。


「うちも今でこそ大企業なんて言われてるけどね? ほんの数年前は寂しいものでしたよ」

「ぜひ詳しく聞きたいですね。例えばその、創業ならではの失敗談とか」

「ほー、若いのに良い目線だね。そうそう失敗が大事なんだよね」


 父と子が何か共通の趣味を語り合うみたいに白熱する会話を聞きながら、私はにっこり笑顔の裏側に沢山の疑問符を浮かべます。ほんと誰この金髪。


「さて今回お話するのはですね……」


 やがて自然な流れで始まった営業トーク。

 私の頭の中には「だれ?」という単語がいっぱい。


 疑問を顔に出さないためにずっと笑顔です。

 決して、笑いを堪えているわけではありません。


 さておき真面目な話です。


 私たちの目的はイベントの勧誘。

 定員2000人。3日間。参加費1人5万円。


「参加費は200万円。参加人数は20人までとさせて頂いております」

「ほー、一人あたり10万円ですか。なかなか高額ですね」

「ええ。その分、質の高いイベントですよ」


 サラッと倍の値段要求したぞ?

 私は驚きを隠しながら、無言を貫きます。


「大規模イベント。思い浮かぶのは、沢山のブースを見て回ることではありませんか? 弊社のイベントは全く異なります。まず参加者は全てエンジニアです。さらに、マッチングにはAIを使います」

「ほー、AIですか。具体的には?」


 あえて言葉ではなく目線を私に向けたリョウくん。相手のおじさまも釣られて私に目を向けます。


 やれやれ、ここで出番ということですか。

 事前の打ち合わせなどゼロですが、いいでしょう。


 オタクのアドリブ力、お見せします。


「ご覧ください。スマメガです」


 サッと鞄からふたつのメガネを取り出す。

 ……えーっと、ここから何を話そうかな。


 ごめん、アドリブ力なんてなかった。助けて。

 リョウくんに救いを求める。彼は一瞬だけ鋭く目を細めたあと、美しい営業スマイルを浮かべて言う。


「参加者は全員これを装着します。相手を視界に入れた時、事前に入力された情報が表示されます」

「なるほど。その情報は、AIを使って絞り込むわけですね」

「流石、理解が早いですね。今回は簡単なデモを行います。実際に装着してみてください」

「おー、なんだかワクワクしますね」


 神か? なんだこのフォロー神様か?

 コミュ力すごい。やばい。営業さんすごい。


「これは普通のメガネと同じように装着すればいいのかな?」


 私に目を向けるリョウくん。いえリョウさん。

 私はおっほんと喉の調子を整えて、


「はい。普通のメガネと同じです。装着すると自動で電源が入るようになってます」

「ほうほう、では早速――おっ、おお、文字が出るんですね。ほー、想像より全然自然な感じだ」


 メガネを装着したおじさま。

 子供のようにはしゃいでいてちょっと萌えます。


「メガネ似合いますね」

「ははは、そうですか?」


 余計なこと言うな、というリョウくんの視線。ヒリヒリする目力です。


「では私も装着してみますね」


 もうひとつのメガネを装着。

 ……あ、これバッテリー切れてる。


「どうかしましたか?」

「ええっと……」


 ちょっと悩む。

 うん、無理。素直に謝ろう。


「すみません。充電切れです。ちょっと充電するので五分ほどお待ちください」


 このあとメチャクチャ怒られた。

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