性別とか関係ないし! 1
「こんにちは。受講生の方ですか?」
「……ぁゎゎ」
私っ、佐藤愛28歳!
今日は違法マイク片手に男装コス決めて心はイケメンだったのにっ、事務所に入った瞬間はわわ! 女の子になっちゃった!
「ああ、名札、佐藤さん」
「……ぁぃ」
「健太の幼馴染、だよね。よろしく、頼りにしてる」
「……ぁぃ、しゃす」
イケメェエエエエン!
何この人すっごいかっこいい!
「……ぇと、ぇと?」
「
名前もイケメェエエエエン!
乙ゲーに出てそう! 乙ゲーに出てそう!!
「二人ともおはよう。早いね」
私の背後から現れた鈴木。
その姿を見て、私は語彙力を取り戻す。
「おはよー」
鈴木、お前は最高だ。
めっちゃ落ち着く。お前はそのままでいてくれよ。
「佐藤さん、どうかした?」
「……ふっ、なんでもねぇぜ」
トン、鈴木の肩に肘を乗せる私。
キョトンとしている顔も見ていて落ち着くぜ。
「健太、アプリ」
「アプリ? ああ佐藤さんの」
「うん。二時間、だよね。すごいね」
「……いやぁ」
照れますなー。私は頭をかく。
「翼と佐藤さんは初対面だっけ?」
「うん。さっき挨拶した」
イケメンは返事をすると、私に目を向ける。
「その服、すごいね。売ってるの?」
「……自作、です」
「服も作れる。アプリも作れる。神様だね」
「……いやぁ」
照れますなー。
「健太、どうすればいい?」
「スマホをパソコンに繋ぐだけ。すぐ終わるよ」
イケメンをパソコンまで案内する鈴木。
そして私が教えた通りの手順でイケメンのスマホに私が作ったアプリを入れる。これはもう私がイケメンに入り込んだと言っても過言ではない。
「本当に直ぐだった」
「うん。泥にして正解だったよ」
「林檎はダメ?」
「ちょっとしんどいらしい」
タメ口で話す二人。
気の置けない仲だと一目で分かる。
「……アプリ、これ?」
「そう。一応触ってみて」
動作確認を始めるイケメン。
あっ、やめてっ、そんなに突いちゃ――なんてことを考えるのは緊張をごまかすため。
作ったアプリは地図と連携したメモ帳。
同じ機能を持つ高品質なアプリは無料で手に入る。しかしデータを他社の管理下に置きたくないとのことで急遽作成した。
不具合は無いと確信しているけれど、やはり目の前でチェックされるのは緊張する。
「うん、完璧。すごいね」
「だよね。二時間で作ったとは思えない」
……いやぁ。
「タッチペン、どこかに落とさないでよ」
「もちろん」
「翼のそれは信用できない」
「紐を付ける」
「ならよし」
ああ、なにこれ尊い。
おっとりさんと世話焼きさん。ご飯が進む。
「行ってくる」
「うん、頼んだよ」
別れ際、軽く拳を合わせる二人。
私はもうお腹いっぱいだった。ソファでグッタリしていると、鈴木が隣に立って言う。
「あらためて、アプリありがとう。翼も満足してた」
「いやぁ、あれくらいなら余裕っすよ」
片手うちわでイキリ散らす私。
「それにしてもイケメンだったね。元声優とか?」
「声優? アイドルとかじゃなくて?」
クスッと肩を揺らす鈴木。
いやいや、最近の声優たまにやばいんすよ?
「でもそっか……佐藤さんはああいうのが好みか」
「めっちゃ好き。やばやばだった」
ふーん、とそっぽを向く鈴木。
「なに拗ねてんの」
「拗ねてない。それより仕事の話をしようか」
「例のアレなら順調だよ。来週中には終わると思う」
「流石、早いね」
ふふんと胸を張る私。
褒められて謙遜する時代はもう終わった。
「さて佐藤さん。これから現在進行中のプロジェクトについて説明する。とても重要な話だ。これが成功するか否かで、この会社の未来が決まる」
ごくり、私は息を飲む。
どうやら真剣な話っぽい。
「端的言えば、大規模なエンジニア向けのイベント。翼と
「大規模って、どれくらい?」
「二千。それも三日間行う」
「わぉ、なかなかだね」
エンジニア向けのイベント。
この単語でパッと浮かぶのはハッカソン。技術者の短期合宿みたいなイベント。でも規模は大きくて百人程度。
千人を超えるイベントだと、大企業が定期的に実施する全社員参加みたいなものしか思い浮かばない。
「人集まるの?」
「それがプログラム塾の目的のひとつだね。実は、例の口コミのおかげで知名度が上がってる。無料体験、ぽつぽつ予約が入るようになった」
「私のおかげだね!」
――コスプレに対する痛烈な批判
「うん、まあ、そうだね」
鈴木は大人の対応を見せる。
「評判が良ければ営業で武器になる。逆も然り。だから佐藤さん、この前みたいなことが二度と起こらないように、これからしっかり指導するよ」
「あれ、怒られる流れだった!?」
当然、と鈴木は頷く。
「私が人前に出ないというのはどうだろう」
「それはボクも考えた。悩んだ結果、ギリギリ佐藤さんの技術力がリスクを上回った」
「ふっ、また常識の壁を破壊してしまったか」
「だから徹底的に指導するよ」
私の戯言を無視してマジレスする鈴木。
しかし、私は古き良き日本の堅苦しい伝統が苦手なゆとり世代。微かに残っていた常識はデスマーチ中に捨てた。いまさら拾えと言われても、もう遅い。
「佐藤さん、安心して。手遅れなんてことはないよ」
心を読まれた!?
いやだ! 更生したくない!
うざがられるくらいが丁度いい!
――その時、奇跡が起きた。
「あれ、何の音?」
「インターホンだね。不便だからさっき付けた」
「サクッと凄いことするね……ちょっと出てくる」
「いてらー」
鈴木は一度立ち止まる。
「聞かれたこと以外は何も言わないでね」
「はーい」
「復唱して」
「わたくしは、聞かれたこと以外何もいいません」
よし。
納得した鈴木はドアを開ける。
そこには、一人の女性が立っていた。
「こんにちは。ご予約の方でしたか?」
「いえ、飛び入りです。いいですか?」
「ええ、歓迎しますよ。どうぞどうぞ」
「…………」
なんだか女の人が鈴木を睨んでる。
確かに鈴木は詐欺師っぽい。でも良い奴なんだよ。睨まないであげて。
「あの、女性スタッフいませんか」
ガタッ、私は腰を浮かせる。
「私、男性が苦手なんです」
「…………そ、そうですか」
ファサッ!
私は無駄にジャケットをはためかせ立ち上がる。
「……佐藤さん」
まだそっぽを向いておく。
私は頼まれるまで何も言わない約束なのである。
「……おねがい、します」
聞こえないなー、と言いたいけれど、やめよう。
私にも最低限の常識はある。そしてコスプレ中は、私自身が推しなのだ。辱めるようなことはできない。
「はーい、今行きまぁす」
推しの魂を胸に、私は接客を始める。
「ようこそ子猫ちゃん。担当の佐藤でぇす」
女性の顎に手を当て、ウインクしながら言った。
「…………はい?」
と小首を傾げる女性。
私は……うん、まあ、土下座しますね。いやその、このコスプレがですね、そういうキャラでして……鈴木さん、すみません、頭抱えないでください。あとでちゃんと研修受けます。
「それヒフコスですよね」
「わかりみ!?」
「ちょっとキャラが解釈違いです」
――奇跡は、二度起きる。
「まあ男よりましです。お願いします」
唖然とする鈴木。
私は推しに感謝しながら接客を始めたのだった。
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