7.隠者と海


 目の前に広がるのは、エメラルドグリーンの海と水平線。白い砂は太陽を照り返して暑い。

 水の精霊王と風の精霊王は、くるぶし程まで躊躇いもなく海水に足を浸し、楽しそうに何やら話をしている。

(うわ、凄い日差し…)

 サントリアナは秋だと言うのに、ここは暑い。

(レイヴァーンにも赤道とかあるのかしら……)

「リッカ!」

 風の精霊王に呼ばれてそちらへ向かう。ズボンの裾を捲っていたのだが落ちてしまった。後で洗浄術でなんとかしよう。

「ほら、あったよ!」

 その手元にあるのは、かなり大振りの真珠だった。

「えっ?こんな浜辺に真珠があるんですか?」

「ええ。貝の中に稀にあるんですのよ?」

 水の精霊王は、足元の拳大の貝殻を拾ってカラカラと振ってみせた。

「ほら、これは小さいですけどね」

 手のひらに転がり出てきたのは、真円の真珠だった。

「この辺の海域は風の流れが入り組んでて、潮の流れも凄いんだよね。だから人が来ない。そんでもって、こういう貝もたくさん流れ着くんだ〜」

 はい、と真珠とそれが入っていたらしい貝殻を渡された。お礼を言って受け取る。

「思っていたより、真珠が小さいかもしれませんわ」

「と言うことは……」

「真珠が大きくなる前に、貝が死んでしまうのかもしれませんわね」

 小さな貝殻と真珠も受け取って、アイテムボックスに入れた。

「ああ、そろそろ見えるかもしれませんわ」

 水の精霊王が指差す先に、尖った岩が見える。海面スレスレの所に、穴が空いているのが分かった。

「ちょっと待っててくださいまし」

 水の精霊王が指先を唇に当てて、呪文を唱えた。すると、みるみるうちに岩の周囲だけ断絶した様に海面が低くなって行く。

「たまにはリッカにいいとこ見せないとだもんね」

 風の精霊王はそれをニコニコと眺めているが、私はびっくりしてただただ見守っていた。

「うふふ。水に関するものなら、私が1番楽に使えますもの。参りますわよ!」


 岩に空いた洞窟から、50メートルほど下の降りた所に、その光景は広がっていた。

「海底遺跡……」

 白い石で出来た街…いや、街だったものが広がっていた。

「前はちょくちょく海の上に出てたらしいから、宝物とかは無いかもしれないけどね。あ、多分あれが神殿跡だね」

 風の精霊王が指差す先には、今にも崩れそうな柱が何本も立った建物だった。

「こんな大きな街が……本当に大魔法で滅んだんですか?」

「そうみたいだよ。街というか、ここは国の首都だったみたい。土魔法と水魔法のでっかいのをお互いぶつけ合って、地形ごと変わった…んだったよね?」

「ええ。そうらしいですわね。その後、少し離れた島国では真珠が沢山取れる様になったそうですの」

「そうそう」

 軽い口調で綴られるのは、恐ろしい歴史だった。

「その争いのせいなのか、この辺りでは水の精霊は生まれなくなってしまったのですわ。離れた島では、時折海の精霊と呼ばれるものが生まれていたはずなのですけれど……」

「僕が知ってるのも大体同じ〜」

崩れそうではあるが、水の結界でラッピングする様に覆ってあるので崩れないと言われて、私は辺りを調べることにした。

 いくつかの建物の鑑定を行い、元の姿が特定できそうなものは紋様をコピーして帰ることにした。

 白い建物達は、だいぶ崩れてはいたものの、間取りや大きさが見た目でわかる程度には残っていた。出入り口の大きさを見るに、ここで暮らしていた人たちは、今サントリアナにいる人々より、体格は少し小さかったのかもしれない。


 最後に、神殿跡でセカイさんに祈った。

(セカイさん、私は元気でやっています。まだ1ヶ月経ってないけど……たまには良いですよね?)

 神殿跡には屋根はなく、南国特有の水色の空と、ギラギラと照りつける太陽が白い柱を照らしている。

(セカイさん、セカイさんはここにあった国を知ってますか……?)

 あたりがふと静かになった。目を開けると、辺りが青い。いつの間にか水中になったのかと焦ったのと同時に、薄白い人影の様なものが沢山いるのに気づいた。耳には喧騒が聞こえる。それは、紛れもない人の営みだった。

(……えっ⁉︎)

 一瞬だった。周りは先程と同じ、白く、ボコボコと穴が空き、風化して今にも倒れそうな神殿がそこにあった。

「主様!」

「我が主人!」

(うちの子達は、なんで私が祈ると慌てるのかしら)

「何かありましたか?」

「ご気分は……?」

 カルラとブラドに、何でもないよと言ってから、海底遺跡を離れた。

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