11.小さな淑女
メリーベルさんは、入ってくると優雅に一礼した。カーテシーというものだろうか。足首まであるふんわりしたドレスに身を包んでいた。
「うん、綺麗にしてもらえたね」
「お辞儀も綺麗に出来ていてよ」
両親の言葉に笑顔になった。年相応の可愛らしい表情になる。ふと私と目が合った。
「リッカさんも、声をかけてくれませんか?」
サブマスがそう言ったので、私も心からの賛辞を送ることにした。
「とても素敵で可愛らしいです。ドレスもお似合いですね」
メリーベルさんは嬉しそうに笑う。そして、宙に浮くお菓子もといテーブルの上にいる精霊と紅花の妖精を見たのだろう、ハッとした顔をして…それをじっと見ていた両親に気付き…下を向いてしまった。
「メリーベル」
サブマスの声に、メリーベルさんの肩が跳ねる。サブマスとエリーナさんは、立ち上がるとエリーナさんの傍に行って、かがみこんで彼女と目の高さを合わせた。
「とても可愛らしい妖精だそうだね?」
「!」
「お話、きかせてもらえるかしら?私達にはどうしても見えなくって…」
メリーベルさんの眦に、泉のように涙が出て盛り上がり、丸い頬を伝った。
「わたし、わたし…」
「ごめんねメリーベル。苦しませてしまったね」
サブマスがメリーベルさんを優しく抱きしめる。メリーベルさんはかぶりを振って、しばらく静かに泣いていた。
午後からのマナーレッスンの講師は執事さんとエリーナさんだったようで、早々と中止が宣言され、ゆっくりとしたお茶会へと移行した。ミルクティーを飲んだメリーベルさんは、落ち着いたのか妖精の話を始めてくれた。昔から領地の花畑に行くたびに妖精が見えていたこと、領地の子供達に嘘つきと揶揄われたこと、見えてはいけないのかと思って黙っていたこと、領地に伝わる、妖精の怖い昔話を聞いたこと…。
「でも、先程リッカ様のフードから、そちらの方が覗いているのが見えて…ちょっとぼんやりしていたけれど…それで私、どうしても精霊のお話が聞きたくなって…」
ぼんやり…認識阻害の術のせいだろう。私は5人の精霊のそれを解いた。
「あ!」
メリーベルさんはビックリしたのか大きな声を出して、慌ててごめんなさいと謝った。
「いえ、ビックリさせてすみませんでした。この精霊達には、街に行く時には、認識を阻害したり隠蔽したりする術をかけているのです」
「精霊…これが精霊なんですね…!」
カルラは持っていたお菓子を皿に置いて、先程メリーベルさんが見せてくれたお辞儀をしている。他の子もそれに倣った。
「そして、この子が…」
乾燥紅花の蓑を着たような妖精は、メリーベルさんを見つめている。
「紅花の妖精です」
「はい、会ったことが…あると思います」
紅花の妖精はパアッと笑顔になった。
「メリーベルさんの側にいたくて、こっそり着いてきたようです」
「だから、こんなにカサカサになってしまったんでしょうか?」
メリーベルさんがおずおずと手を伸ばすと、紅花の妖精はトテトテと歩いて行った。
「私達は先程会ったばかりですので、元の姿を知らないのですが…弱っているのは確かなので、そうだと思います」
「…かわいそうに。でも、私も会いたかったわ」
小さな手が、輪郭を撫でるように妖精に触れる。
「触れた…やっぱり、やっぱり妖精はちゃんといるんだわ」
ほっとした、安堵の笑顔が浮かぶ。それは歳のわりには大人びていて、メリーベルさんが幼心に1人で抱えていた苦悩を表している気がした。
「メリーベル」
サブマスが優しく話し始める。
「妖精は、生まれた土地をずっと離れていると弱って消えてしまうそうなんだ。それは嫌だろう?」
「はい。嫌です」
「それを防ぐには、その子を領地に返してあげるか…そのまま、お互いそばにいたいのなら、メリーベルとその子が契約を交わすしか無いようなんだ」
「…けいやく…?」
「先程の精霊魔法の話と似ているのだけどね。でも、今回は少し違うようだ」
「…?」
サブマスは私を見る。説明してもいいのだろうか?
「簡単に言うと、その子に名前をつけてあげるのです。そうすると魂にお互いの存在が刻まれます。妖精の存在も安定するので、ずっとそばにいる事ができます。もちろん、名付けにはメリーベルさんの魔力をとてもたくさん使うので注意が必要になります」
特に最後のところをゆっくり丁寧に説明する。
「私達は精霊や妖精には詳しくないのだが…こういうことは軽い気持ちで決めるべきではないと思う。魂にお互いを刻むというのなら、尚更だ。メリーベルはこれから学園にも通うことになる。契約したら、おそらく一緒に行くことになるだろうし、その間は秘密を守り通さないと行けなくなるだろうね。大人になっても、ずっとだ」
メリーベルさんはサブマスの顔をじっと見つめている。しばらくして、エリーナさんとサブマスの顔を見つめて、口を開いた。
「私は、それでも一緒にいたいです。お父様」
紅花の妖精は、そんなメリーベルさんを見つめている。赤い虹彩がルビーよりもキラキラしていた。
「私は、この子達とずっと一緒に、領地の花畑を守って行きたいです。学園を卒業したら織物の工場を作りたいと思っています」
具体的な将来像まで出てきたのにはビックリしたが、きっとメリーベルさんには、幼いながらに考えることがあるのだろう。
(ということは…魔力消費を抑える名付け、か)
先程からいくつか考えて、精霊達に念話で相談もとい駄目出しをしてもらっている方法が幾つかある。
(今ある従魔法と組み合わせれば、メリーベルさんでも大丈夫だよね)
念のために護石や治癒も用意すれば、最悪の事態だって防げる筈だ。
(主様と一緒にしたらダメですからね!)
(分かってるよ。メリーベルさんはまだ子供なんだから)
何度目かわからない精霊達の念話のツッコミに返事をして、私はコッソリ自分のノートとアイテムボックスの中の幾つかの本を吟味した。
うん、これなら行けると思う。ぶっつけ本番で申し訳ないが、精霊たちもOKを出してくれたのだ。何よりもメリーベルさんと妖精の絆は私が思っているより強い。きっと上手くいくだろう。
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