10.隠者はダンジョンを探索する


 まずはダンジョンの入り口までやって来た。

「ごめんね、みんな付き合わせて」

「滅相もない!私たち、嬉しいんです」

「主様のお役に立つよ」

「罠の発見もできますのよ」

 思っていたよりやる気満々の様子にホッとした。

「ありがとう。あのね、行方不明者の探索は私がするから、あなた達には罠と敵の探知を任せて良いかな?」

「「「はいっ!」」」

 ギルドのくれたダンジョンの地図と、アイテムボックスの中のダンジョンの地図を見比べる。山の中腹に空いた洞窟が入り口で、下に階層が広がるダンジョンらしい。冒険者の最高到達点は32階層とのこと。アイテムボックスの地図によると…32階から下が本当に広いようだが…今は頭から追い払う。

「まずは、あいつらの言ってた地点に行くかな…転移するよ」

「え?主様ダンジョン内の転移は…」

「え?」

 一瞬で視界が変わった。

「いえ、ダンジョン内は転移魔法は出来ないって聞いたんですけど…出来たならいいかなと…」

 カルラの周りに???が飛んでいる様に見える。

「敵はいないの」

「とりあえず照らすの」

 水闇ペアの鈍い光りがあたりをぼんやり照らした。

 私はアイテムボックスの地図とマーカーを眺める。マーカー場所はここで間違いない。

(やっぱり適当だったのね)

 地図の検索入力欄に、セタンタさんの紋様を入れる。いわゆる世界地図と言うか、国レベルの地図上なら間違いなく重なる。あとは、地図を拡大して行くと…

(そもそも階層が違うし、場所も3キロはズレてるじゃないの)

「もうちょっと下みたい。転移するよ」

「はい」

 地図を出したまま、紋様が反応した時点の少し手前に転移する。

「主様、先に大きな魔獣が…」

「うん」

 カルラの声が緊張の音を帯びる。念のために普段は大雪対策にかける物理攻撃用の強めの結界を重ねてかけた。

 この階層は28階。ギルドの情報だと、普段はそろそろ大型魔獣が複数出て来る階層らしい。50メートルほど向こうに、大きな人影が見える。咆哮としか思えない声もする。

(転移?…いや……)

 一瞬迷ったが、身体強化と隠蔽術で近づくのを優先した。あっという間に相手の姿が視認できるところまで来た。

(1つ目の巨人…?)

「サイクロプスです!主様!」

 岩肌のような肌の巨人の足元には、人が仰向けに倒れている。巨人の手には大きな岩があり、正にその人に振り下ろされようとしていた。

「結界!」

 ガキィッ!と鈍い音がして、結界に岩が叩きつけられる音だと理解した。

 ガアア!と言う咆哮と共に、巨人はこちらを見る。一つしかない大きな目には、数本の矢が刺さっていた。

(あの人が…)

 近くには破壊された弓が落ちている。おそらくは倒れているセタンタさんのものだろう。

「ねぇカルラ。この巨人も呼吸はしているのよね」

「え?あ、はい。息をしていないとは聞かないですけど…え?え?」

水球檻ウォータージェイル

 水魔法を物理結界で包み、巨人の頭にガボッと被せて固定する。暴れると面倒なので呼吸が出来ずに混乱する巨人に鎮静をかけると、あっさり効いてその場に倒れる。セタンタさんにぶつかりそうだったので風魔法で軌道をずらした。

「水魔法にこんな使い方…」

「怖いけど…息する敵には使えますの」

「あの水球を維持できれば無敵かも」

 精霊達に監視を頼んで、セタンタさんに駆け寄った。

(うわ…)

 足は妙な方向に捻れているし、血だらけ泥だらけ。頭にも怪我をしているが…

「よし、まだ息がある!」

 紋様を起動して、極大再生をかけたまま、セタンタさんの紋様を見て行く。

「とりあえず頭部だ…」

(酷い…)

 よく見れば、岩で殴られたのか凹んでいるところがある。

「よく頑張ったね。今治すからね」

(紋様が消えそう…消えないで!)

 傷を治すと、体力を消費する。大きな怪我を一気に治すとなると余計にそうなるので、その分は自分の魔力を同時に流して回復をさせながら治していく。

 頭部をあらかた治したところで、身体の傷も同時に治して行く。

「骨折だらけと言うか…骨折してないところってあったかな」

「それでも、きっと這いずってでも戦っていたと思います。ほら」

 カルラの指差す方を見ると、何かを引きずったような赤黒い線が至る所にある。

(諦めなかったんだね。すごい…)

 天井には大きな穴が空いていて、この辺りは大きな岩がゴロゴロしていたり、砂の山が出来ていたりする。おそらくは、上の階層から落ちたのだろう。

「主様、上の階はここの手前で完全に埋まってますの」

「トンネルが埋まってる感じだよ」

 ファイとファーナの報告に、崩落は間違いないな、と心のメモに書き足す。


 大体治癒し終えたので、後は転移でギルドに戻ってからにしようと私は身体強化をかけてセタンタさんを抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。

「とりあえずギルドに戻るよ」

「はい!」

 精霊達は、壊れた弓やぼろぼろの鞄、あとは私の拳ほどの大きさの石を持ってきた。

「色々ありがとう。この石…あぁ、魔石?」

「そうです!ダンジョンの魔獣は、死体にならずにこう言う魔石になるのですよ」

「持っていって良いの?」

「倒した人のものですよ!」

 なるほど。サイクロプスがいたと言う証明になるかもしれない。

 私はそのままギルマスの部屋の転移点ポートまで飛んだ。

「リッカさん!」

「でぇ?」

 サブマスとギルマス、アーバンさんの声がした。

「もう終わった…のですか?」

「ま、まあ…これからもう一回治癒しますけど…ええと…」

 私が時間を確認しようとすると、察したらしいサブマスが懐中時計を出す。

「あれからまだ1時間しか経ってませんよ」


 ◇◇◇


 それから、事情を話してある冒険者達10名ほどと侯爵子息達で、捜索隊という名の現場検証隊がギルマス指揮の元に組まれ、ダンジョン内でも彼らの適当ぶりが明らかになった。

 後からギルマスに聞いたところ、この状況で階層の覚え間違いは冒険者としてはあり得ないようだ。

 もともと転移に頼ってばかりであまり気にしていなかったので、私も気をつけようと思ったのは内緒だ。


 私が治癒した3人は、ダン、ナナリー、セタンタという若手冒険者の中では有望株だそうで、ダンとセタンタは兄弟だそうだ。

 一応もう一度3人の紋様を眺めて軽く疾病探索をしたが、とりあえず疲労と出ただけだった。頼むから今夜は…とまたサブマスに懇願されたが、明日またこの転移点を使って顔を出すし、通信石で連絡をくれればすぐに行くから帰らせてと頼むと、ああその手がありましたね!と了承してくれた。


 家に帰って、風呂に浸かって、精霊達同士で今日のことについて盛り上がっているのは本当に可愛らしかった。明日私について行くメンバーをどうするか、額を突き合わせて話し合っているのを見ているうちに眠気がやって来た。

「主様、お疲れ様なのにごめんなさい」

「うるさかったでしょ?」

 私は微笑んで首を振った。食後に食べるように言われた精霊草のおかげか、特に体調に変化は無い。

「ううん、疲れてないし、貴方達の声は気持ちいいからうるさくないよ」

 精霊達の羽根から、キラキラと光が私に降り注ぐ。

「ありがとう。綺麗だわ」


 身体がふわふわと軽くなる。気持ちもふわふわと解れていく。


「主様、今日はすごくかっこよかったですよ」

「ううん、私はね、自分の疑問を解消したかっただけ。カッコ良かったのはあの冒険者3人だわ」


 明日は、色々とやらなければならないことだらけだ。それでも…

(私は、ここに帰って来れるのなら…)

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