閑話 冒険者ギルド辺境都市バルガ支部 ギルマスの部屋にて
リッカが書いた、辺境伯へのペンダントのお礼状を伝信鳥に持たせて、ギルドマスター、ジェイガンは椅子に深々ともたれかかった。
「お疲れ様でした」
サブマスターのルドヴィックも、珍しく放心気味だ。
「今回の事は…その…」
アーバンは、身を小さくして座っている。
「いや、お前のせいじゃないだろ。ミリィも子供も助かってよかったよ」
「そうですよ。おめでとうございます」
「ありがとう…」
ぐす、と鼻を啜ると、アーバンは懐からリッカに渡された石を出す。
「使い切り通信石作れるのかよ…」
「それ以前の問題ですよ。転移術の使い手なのはわかっていましたが、これ程とは…」
ルドヴィックは、アーバンから聞き取った今日の顛末をメモしたものを見返して行く。
「他人の体の中に干渉して転移を使える、か…その発想は無かった。そして、この魔法陣のようなものを4つ一度に無詠唱で展開して維持しながら魔法を使った、と…」
「その通りだ。一瞬で赤ん坊が産婆の婆さんの腕の中にいた」
「産むときのその状況も、本来なら子供はもちろん、母親も出血が多すぎて助からないことが多い状態のはずだ、と、医者も産婆も証言している…それを最後は正常な出産と変わらないところまで回復させたと…」
「……なあ…ルド、アーバン……これは、黙っとこうぜ」
「しかし…!」
「これは、隠者様の気まぐれ、偶然ってヤツだ。敢えて言えば、恩返しというかな。今後同じ状態の病人がぽんぽん現れたとして、確実に隠者が助ける保証は無ねぇだろう。
リッカは、今回の俺らのやり方に報酬を出そうとしてた。でもそれは俺らは仕事だからって断った。でも、偶然とは言え今回アーバンの子供のピンチを救った。これで貸し借り無し、ってしたほうが、リッカもスッキリしてまた来月来てくれるんじゃねえかな?そう信じようや?」
「……そうですね。結果として、彼女は通信石の使用許可を出してくれましたし…我らとの繋がりを持つことを許してくれたわけですね。その信頼には応えたいと思います」
「それに、今日はめでたい日だ!アーバン、ミリィちゃんにお祝いは何がいいか聞いといてくれよ。来月だと思ってたからまだ買って無ねえんだよ。今なら選べるぜ」
「ほんとうに、おめでとう。ほら、ミリィさんの所に帰ってあげてください。私からのお祝いは、明日にでも届けますから」
「おう。…悪いな」
まだ鼻を啜りながら、笑顔で帰っていく仲間を見送って、2人とも息をついた。
「それで、だ」
不意にジェイガンが、ルドヴィックに問いかける。
「アーバンが気に病みすぎるからやめたけどよ。どんぐらい凄いことだ?」
「無詠唱、見たことのない魔法陣4枚の同時展開、違うヒールの同時行使…しかも片方は聞いたことがない治癒魔法だった…これが知られたら、国としてはなんとしても囲い込みたくなるでしょうね」
ルドヴィックは、リッカのステータスを写した物を見せながら、話を続ける。
「気がついていますか?リッカさんのステータスの魔法の欄は、似てはいても聞いたことのない術の名前ばかりです。昨日できる限りの伝手を使って調べましたが、この表記で表示される魔法を、私は見たことがありません」
「閣下は気づいたか?」
「わかりません。ですが、このデータを明日には本部に送信しなくてはいけませんから、王都あたりなら気付く人は気付くかもしれません。一応国王陛下は通信書面では接触禁止と政治利用の禁止、保護の方向で動くよう閣下とギルド本部に指示を出されたそうですが…」
「リッカの素性が分からないから、その魔法の取得方法もわからん、で説明は通るだろうが……ふん、面白くなったな」
「面白いなんて、不謹慎です」
「面白くないか?」
「……興味はあります。私は魔法使いですから。あの時間から帰ると言い張る転移魔法の距離が1番気になりますね」
「魔法使いで無くても、俺だって興味あるぜ。なんせ、あの隠者様はアーバンと同じ速さで走ってたんだぜ?」
「身体強化の表示は無いですね」
「まだ隠してるのか、他の方法で強化してるのか…少なくとも、極悪人じゃねぇ。むしろ人見知りだがお人好しの優しい娘だ。これから楽しくなりそうだろ?」
さ、今日はこれで
◇◇◇
アーバンの子供は、当然のように関係者全員の提案により、リッカと名付けられた。レイヴァーンでは、恩人の名をそのままつけるのはごく普通のことだ。
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