第1章 諸事情により冒険者になりました

1.隠者になってしまっていた

 サントリアナ王国、辺境都市バルガ。私の家から、1番近い「神殿のある街」だ。

 この街に出入りする時に少し困ったのが、身分証を持っていないことだった。この辺りは、いわゆる辺境都市というやつで、国境に近く、塀に囲まれた城塞都市で出入りは門番によって管理されている。

 さて、私は月に1回セカイさんに祈りに行くために、毎回門番に仮身分証(有料)を使っていたのだけれど、流石に1年も経つ頃には、いつまで仮のままにするんだ?と門番さんにちょっと怪しまれた。その場は誤魔化して、後ほど色々思考を巡らして、街の中に直接転移するのも考えてみたけれど、万が一誰かに見られるのは嫌だったし、いきなり現れて門を通らずに去るのは、何度もするうちに誰かに訝しがられる気もして、しょうがないので身分証を作ることに決めた。

 本で読んだところによると、このレイヴァーンで作れる身分証はいくつかある。

 まず、町や村の身分証。生まれ育ったところで発行される。その町や村で形状材質も異なるが、その地域の首長の魔力で刻印をされている。

 次に、冒険者登録をして発行される冒険者証。ファンタジー世界御用達の冒険者ギルドと呼ばれるものに登録して、自身の魔力などの個人情報を登録したコイン状の金属板が発行される。

 そして、商人ギルドに登録して発行される商人証。露店にせよ実店舗にせよ卸売りにせよ、商売をするならこれがあったほうが良いらしい。これを通さないと闇市扱いになるようだ。


 最後に、技術者証。技術ギルドと呼ばれる所に出入りする者たちに発行されている。ある程度の技術者になると、名指しで依頼なんかもあるそうだ。鍛冶、服飾、彫金…文筆なんかもここに依頼すると良いとか…ただし、ここはあくまでも個人技術の登録と仕事の斡旋をするのがメインらしく、ここを通さなくても違法扱いにはならないらしい。だから、鍛冶屋をやるなら、商人証と出来れば技術者証があった方がいい、と言うことらしい。


 悩んだ末に、消去法で住所の記載がいらない冒険者証を発行してもらった。月1回、常時依頼の薬草セットやキノコやら木の実やらの森の幸の納品をしていれば失効もしないと聞いたのが決め手だった。

 首に下げた、安物の銀の鎖の先のコインのような金属板。これが私の冒険者証だ。


名前 リッカ

職業 採取者 隠者


 名前に関しては、アイテムボックスの所有者名にそう書いてあったので、そのまま使った。前世の名前かもしれないし、セカイさんがつけてくれたのかもしれない。レイヴァーンでは、男性名でも女性名でもよくある名前らしい。苗字は貴族以上にならないと無いらしいので、これで大丈夫。


 冒険者証の小さな金属板の裏には、名前と職業が魔術文様化されて刻まれている。読み取りのリーダーの上にかざすか置くかすれば、その情報が読み取れるし、ギルドの専用の機械で書き込みも可能だそう。


 ちなみに、職業に関しては自分で決められる部分と、行動に基づいた魔力の残滓によって決められる部分があって、後者は自分の自由にならない。だから、「隠者」ってのは断じて私がつけたんじゃ無い。なんだか偉そうな感じだからさっさと消えてほしい。隠蔽の書を読み込んでどうにかならないかと試行錯誤したけれど、そこだけは駄目だった。賞罰の経歴もそこに表示されるらしいので、そう言うことなのかもしれない。


◇◇◇


「アーバンさん、こんにちは。納品お願いします」

 昼下がりの、1番人がいない時間を見計らって、ギルド納品受付に背負い籠の中身を出していく。

「おうリッカさんか。もう1ヶ月経ったんだな。元気だったかい?」

「ええ。おかげさまで」

 納品受付にいるのは、大型獣の解体なんかも受け付ける男性たちと、受付嬢と呼ばれている女性受付係。この時間なら男性の時が多い。女性達は8割くらいの人数がランチの時間だそうだ。残った人たちは昼からの補助的な手伝いの人たちが多いそうで、人数が少ないのもあって受付の奥で何やら書類を片付けている。

「アカダケとアオダケ、黒キノコもこんなに採れたのか。あとはいつもの薬草セットな。はい、いつもご苦労サン。報酬はいつも通り半分は入金でいいか?」

「ええ。それでお願いします」

 この冒険者証は、個人の魔力識別機能を応用して、報酬をギルドにあずかってもらう、いわゆる貯金も可能だそうなので、半分は貯金してもらう。これは、他の冒険者がそうやっているのに倣っている。アイテムボックスには、貨幣も限界まで入っているようなので、実際は必要ないのだけど、目立たないのに越したことはないからね。

「ほい、これが今回の分な。品がいいからちょっとオマケしたぜ」

「ありがとうございます。また来月お願いしますね」

「おう!」


 今回受け付けてもらったアーバンさんは、40歳くらいのギルドの解体技術者だ。愛想の良い所と、必要以上に根掘り葉掘り聞いてこないタイプなのもあって、助かっている。解体の腕は凄いらしいが、私は魔獣の類は持ち込まないので噂だけだ。


 本来ギルド職員はあまり個人に対して関わらないことになっているのだが、下手に新人の受付嬢にあたると、家はどこだの、年齢はいくつ?だの、グイグイ来られる時があったので、この時間を狙って納品を済ませることが多くなってきた。建前上、個人情報は…となっていても、沢山の人が管理する以上、お茶請けに噂くらいはするだろうし……

(別に、この街にこだわってセカイさんに祈る必要は無いわけだし)

 いざとなったら他の国や街に行っても良いし、なんなら自分の家に神棚でも作れば良いのかも?なんて、門までの道すがら考える。

「試してみるかな」

 たぶん、時間はたっぷりある。家に帰って、読みかけの魔獣捕獲の書を読んでから考えてもいいだろう。

 門に備え付けのリーダーに冒険者証をかざして、門番に挨拶して家路についた。…転移魔術を使えるポイントまでの道のりだ。


◇◇◇


 私が暮らしているところは、高い山全体に広がる森の、だいぶ奥の方になる。辺境都市バルガからなら、徒歩だと2週間くらいかかると思う。道中には、廃村も含めていくつかの小さな村がある。さらにそれを超えて山に入ると、山全体にそれぞれの国が主張する国境線がいくつもかかっているのだが、森の中は自然の宝庫で魔獣と呼ばれる気象の荒い獣も多いし、山頂を挟んだ向こう側は切り立ったのようなところが多く、この山を越えるだけでも大変な労力なので、この辺りを挟んで戦争がおこることはまず無い。

 もっと南に行った辺り、バルガから街道が整備されているし、川向こうの隣国との関所も、設けられているので、人や物のやり取りはそちら側で行われているようだ。


 サントリアナ王国は内陸の方にあり、山の方で二つの国や、エルフやドワーフ達の大小様々な集落、南の川を挟んでドラン帝国と接しているようだ。サントリアナ王国自体は現在あまり大きな国ではないけれど、古い歴史と豊富な鉱石資源に恵まれており、王都にある美しい教会をはじめ、価値の高い美術品などを産み出していて、国外にも存在感を示しているとか…。


 魔獣捕獲テイムの書に少し飽きてしまったので、気分転換にサントリアナ王国について調べていたら、外はもう夕暮れだった。

 魔術で室内灯を付けようとして、ふと外にふわふわと飛んでいる光る虫を見つけた。魔獣捕獲の書に、魔術が発達する前は、この虫を捕まえてランプに入れ、山道を照らした旅人がいたと書いてあった。


 左手の掌をまっすぐ光虫に向ける。一呼吸おいて掌にほのかに光る紋様が浮かんだ。

捕獲テイム

 フワフワしていた1匹の光虫が、一瞬だけ強く発光した。ほぼ同時に最初の一匹を中心に、半径1メートルくらいの距離にいた光虫達が同じように光る。数にして、15匹くらいだろうか。

「ええと」

 しまった。何も考えないで捕獲テイムした。おそらく、捕獲テイムできていると言う感覚がある。このまま「ごめん、お試しだったよ」というのもちょっとアレかなと思ったので、一度家に入って、光虫の好物だという果物を小さく切って皿に出してみた。

「食べる?」

 ポワポワと光が皿に集中する。光虫の球状のお尻が、フワンフワンといつもと違う光り方をした。嬉しいのかもしれない。いや、嬉しいのだ。小さく、儚いけれど、跳ねるような感情がそのまま身体の中に伝わって来る。

 ふと、その中に一際小さな存在があるのに気付いた。皿の光虫の1番端っこで、1番小さい果実のかけらを食べている。近づいて見て、気づいた。本来なら羽が4枚あるのだが、その光虫の羽は、そのうち1枚が歪にしわが寄って、ガサガサしている。

「…ねえ、それ、私治せると思うんだ」

 弱い光が、ぴくっと跳ねた。他の光が、一瞬瞬いて、ピカピカチカチカも光る。

「ちょっとだけ、じっとしててくれる?」

 皿の上には、小さな光虫1匹になった。他の光虫は、食べかけの果実と一緒に私の後ろに下がっている。

「鑑定」

 鑑定魔術をアレンジして、光虫の魔力の流れを紋様化する。限りなく左右対にならないといけない箇所に、乱れがある。

鎮静スリープ、物質柔軟化、紋様再生治癒リジェネーション、あと治癒ヒール…」

 痛みが出ないように鎮静をかけた上で、自分で書き換えた再生治癒の上位互換で、紋様を修復する。魔力が詰まり変形したところを描き直して、それによって減った体力を治癒魔法で補う。四つの魔術紋がピタリと重なり、時間にして3分くらいで羽は綺麗になった。鎮静化の魔法が切れた途端、小さな光虫はふわふわピョンピョン飛び回る。よかった。成功したようだ。

「ねえ、貴方達。よかったらしばらく一緒に居てくれる?」

 光虫達は玄関先で舞い踊るように飛び回っている。そのまま流れ込んでくる感情と相まって、その光景は本当に美しかった。

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