10年ぶりに再会した幼馴染が超絶完璧美少女になっていた理由
亜咲
*Prologue
翌日に始業式を控えた、高校二年最後の一日。
朝から家に電子音が鳴り渡るのはなかなかに珍しいことで、
両親からの唐突な指令で、
伸びをして凝り固まった体をほぐすと、
眠い目をこすりながら玄関へと向かい、その来客の正体を想像した。
(誰だよ朝っぱらから。もしかして
万年人付き合いに苦手意識を抱いている悠斗にとって、思い当たる人物は一人だけ。級友の
しかしその
寝起きで頭が働かず、モニターを確認するのも忘れてしまったため、なんだか微妙な緊張を覚える。そうして眠いながらもなんとか
「はあい……」
朝一番の発声は、少しかすれ気味な気がした。
言いながら、ゆっくりとドアを開けると、現れたのはそれはそれは
小柄で
服装は
そんな突如として現れた美少女に、悠斗にとって見覚えがあるかないかで言えば、もちろん無い。
「……ど、どちらさんで?」
困惑気味でそう
「——はる、だよね?」
「もしかして……ゆ、
悠斗が「はる」と呼ばれていたのは、思い返せばもう十年以上も前のことだ。
そしてそう呼んでいた人物は、この世でただ一人——幼馴染の、
「よ、よかったぁ! 間違ってたらどうしようって、ひやひやしちゃったよ」
目の前の美少女はどうやら本当にあの結月らしい。向こうも変わり果てた俺を見て少し自信を無くしていたせいなのか、大きく
悠斗は小学校に上がるタイミングで、生まれ故郷である秋田を出ることになり、近所に住んでいた唯一の親友だった結月とはそれっきりだった。
転勤族の両親の都合でこれまで日本中を転々としていて、高校に入学してからは神奈川に移り住むことになり、今に至る。人付き合いが苦手で友達が少ないのもそのせいだ。
一年ほど前から両親が海外で仕事をするようになったために、悠斗は日本に残り今はマンションでの一人暮らしを強いられているのだ。
高校を卒業するまで、つまり今年一年はこの生活が続くことになる。
「……悪い。あまりにも変わり過ぎてて全然わからなかった」
「それっていい意味で言ってるの?」
「まぁ、悪い意味ではないけど……」
「ならちゃんと、言ってくれてもいいじゃん」
そう言って、結月は少し恨めがましげに悠斗を見上げる。
言葉の意味を察しつつも、悠斗は頬を掻いて視線を泳がせ口ごもる。
年頃の女子相手に「美人だ」、と率直に言葉にできるほどの社交性は生憎持ち合わせていない。いくらかつての幼馴染とはいえ、もう十年以上も会っていなかったのだから。
ツンと口を尖らせたまま悠斗を見上げ、じっと言葉を待っている結月。
その表情に、秘められていた年相応の幼さが
「——き、奇麗になった……と思う」
「ふふっ、ありがとっ。よくできました」
少し弾んだその声音で、結月がやんわりと頬を緩ませてくれている様子は理解できた。
「なんでお前に褒められなきゃいけないんだ。俺の方が二つも上なのに」
「いいじゃん。私とはるは幼馴染なんだし。それに、いい子にはいい子って褒めてあげないと、可哀想だもん」
「俺はお前の弟かよ」
ため息とまでは言わない吐息を小さくこぼすと、結月がくすりと微笑む。
そうしてつられるように、悠斗も自然と笑みがこぼれた。
確かに、これほどまでに美人な女の子の弟になら是非ともなりたいところだ。
しかし悠斗は結月の二つ上。具体的に言えば、悠斗は今年から高校三年生の、今は十七歳。対して結月は今年から高校生で、今は十五歳。数か月後には十六歳と十八歳になる。
昔と今は違うのだし、悠斗からすれば少しぐらいは年長者の
ふと、結月の背後にある大きなキャリーケースが目に付いた。
「にしてもすごい大荷物だな。なんか用事でもあったのか?」
結月がわざわざこうして、今になって悠斗の家を訪れたのもきっと何かのついでだろう。背後にあるキャリーケースは小柄な結月の腰ぐらいまであるサイズで、一週間分ぐらいの荷物が入っていそうだった。
高校入学前の春休みに、家族で観光にでも来たのだろうか。
「用事もなにも、これからこっちで生活するんだし、その荷物だよ。お洋服とか、その他諸々。これでも最小限に抑えたつもりなんだけどね」
えへへ、とはにかみながら答えた結月。
結月がキャリーケースをぽんぽんと叩くと、中の荷物がぎゅうぎゅうである様子が
そんなことよりも、悠斗は結月の発言内容にとてつもないほどの違和感を覚えて、眉を寄せた。
「……と言いますと?」
こっちで生活する、と。確かに今、結月はそう言った気がする。
秋田からわざわざこっちに引っ越してきたということだろうか。であるならば、高校はこっちの学校に進学したということになる。
何となくそういう推理はできたのだが、あたかも悠斗がその旨を前もって把握していたことを前提にしたような口調だったことが、この違和感の八割を支配している。
そうして丸い瞳を何度か瞬かせ、結月は告げた。
「ほら、昔約束したじゃん。大きくなったら結婚してくれるって」
「……は?」
——結婚? 話が飛び過ぎている。いやそもそも何の話をされているのか。
そんな約束をしたような、していないような。記憶が全くないというわけではなかったが。
それでも、結月が何を言っているのかやっぱり理解はできず。
「えっと、どういうこと」
戸惑いながら、悠斗は質問を重ねる。
「はるが言ってくれたんだよね。ほら、憶えてない? はるが引っ越すときに、私がお母さんとお父さんと一緒にはるの家にお見送りに行ったけど、はると離れるの嫌でずーっと泣いてて駄々こねてさ」
「う、うん?」
「そしたらはるが、『大きくなったらまた会えるし、ずっと一緒にいてあげる』って」
「……あぁ」
確かに、悠斗には憶えがあった。
まだ七歳で小学校に上がったばかりの頃、悠斗が引っ越す際に城鐘家がわざわざ見送りに来てくれていたことを。
当時の結月はまだ五歳で、幼稚園の年中さんだった。
思い返せば悠斗の引っ越しはこの時が最初で、それまではずっと秋田で暮らしていた。家が隣だったということもあり親同士も仲が良く、結月が生まれた時から悠斗がよく面倒を見ていた。一人っ子の悠斗にとっても喜ばしいことであり、まるで妹でもできたようだとはしゃいでいた記憶がある。
そんな結月ももちろん悠斗を兄のように
悠斗にしがみついて離れず終始大泣きしている結月を、朝から晩までかかって家族全員で説得し続けたの憶えている。
その際自分が口にした、まるで付け焼刃のようなプロポーズも。
「だから、ね?」
ふふっと小さく笑みをこぼした結月の頬には、じんわりと赤が差している。
うっとりとした眼差しで悠斗を見上げたまま、結月はゆっくりとその瞳を閉じて、静止した。
自分の方を向いた艶やかな桜色の唇がしっとりと
「——ごほぉん!」
「はる……? どうしたの? してくれないの?」
不服そうに、どこか寂しそうに、しょんぼりと眉を落とした結月。
成長した幼馴染のあまりの美少女っぷりに、悠斗は思わず「やはりこのまま……」と理性を失いかけたが、そうはいかない。
「ちょ、ちょっと待て! あれは、その……結月があまりにも泣き止まないからそうするしかなかったというか。そもそも小さい頃の約束なんて、そんな律儀に守ることないだろ。御飯事の延長線上みたいなもんなんだから」
「……は、はるはそうだったかもしれないけど、私はあの時から本気だもん! 御飯事なんかじゃないよ! はるが引っ越してから今日まで、ずっとはるのこと好きなままだもん!」
「んなっ……! そ、そりゃあありがたい話だし、まぁ嬉しいけど、とにかく考え直すべきだ! 第一俺たちはお互いまだ未成年だろ。年齢的にも、すぐには結婚なんかできないし、できたとしても早すぎだ!」
「そ、そんなのわかってるもん! だから将来ちゃんと結婚できるように、これから一緒に暮らして、ちゃんとお付き合いするの! それならいいでしょ? ね?」
まったく退く気配のない結月に
「お、お前なぁ。仮に俺たちがそうすると決めたとして、俺の両親もお前の両親もすんなり許すわけないだろ? 学校だってあるんだし、今日はもう帰れ。連絡先なら教えるから……」
そう言って悠斗がポケットからスマホを取り出そうとすると、ちょうどスマホが振動し始める。数秒間ずっと振動を繰り返しているので、恐らく電話だろう。
取り出して画面を見やると、噂をすればなんとやら。悠斗の母親、
「……悪い、ちょっと電話」
「誰から?」
「母さんから」
「ふぅん……ふふっ」
何故かにんまりと勝ち誇ったような笑みを浮かべた結月に不信感を抱きつつ、とりあえずはと悠斗は電話に応じた。
「——もしもし俺だけど。うん……え? は⁉ ——ちょっとまっ……」
悠斗の抗議を遮るように、プツリ。
久しぶりの母親から電話は、目の前の結月のしたり顔と、謎の空き部屋掃除命令と合点のいくものだった。
結論から言うと、律子はこの事態は全て把握していたのだった。
当時目の前で悠斗が結月にプロポーズじみたことをしたのも黙認済みであったし、その結月が未だに本気ならそれは大歓迎だと悠斗の両親は賛同しているらしい。
そして実際、結月がこうして大荷物を
しかも話によると、結月はすでに悠斗と同じ高校に入学することになっているのだとか。
どんな理由があってそうなったのかは見当もつかないが、いずれにせよ、現状悠斗に逃げ道など存在しないわけで。
というか実際、こんな絵に描いたような美少女にこうも積極的に交際を申し込まれて、NOと言い貫ける男などこの世にいるはずもなく、悠斗自身もその美しさと熱烈なアプローチを前にすれば、本能が騒いでかぶりを振るほかないわけで。
静かに頷いては吐息を漏らした悠斗の胸に、幸せそうな笑みを湛えた幼馴染がえいっと飛び込んでくる。
「うわっ! ちょっ!」
「改めまして、今日からよろしくね! はる!」
十年ぶりに触れたその体は春の日差しをめいいっぱい吸い込んでいて、ほんのりと温かく、柔らかい。
腕の中に埋もれた小さな頭からはふんわりと甘い
——こうして悠斗の最後の高校生活と、疎遠だった幼馴染との交際及び同棲生活が、同時に幕を開けたのだった。
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