第74話 最強の王④

 ずっと後ろへとレダが下がっていくのを見て、俺は視線を全てアルティージェのみに集中させる。


 援軍など不要だ。

 こいつは俺の手で、片をつけてやる。


「せっかく立ってくれたけど、寝てる方がお似合い」


 アルティージェが、手を振るう。

 放たれる、無数の糸。

 見える……!?


 一瞬驚いたが、すぐに納得する。

 エクセリアのおかげだ。

 倒れていた場所に、すでにあいつの姿は無く、どこを捜しても見つけることはできない。

 しかしすぐ近くにいるのが分かる。

 あいつは身を削ってまで、俺を認識することに力を傾けている……!


「二度も食らうか!」


 薙ぎ払う。

 それを見て、アルティージェは柳眉を跳ね上げた。不愉快そうに。


「いい気になるのではないわ!」

「く!」


 再び剣によって打ち据えられる。

 白兵戦。

 望むところ――!


「は――っ!」


 打ち返す。

 舞い戻る。

 弾き返す――!


 続く。

 何度だって繰り返す。

 きた分だけはね返してやる。


「はぁっ――はぁっ――はぁっ――――!」


 ひたすら凌いでやる。

 それだけでいい。

 はねのける際の力でさえ、相手へのダメージになる。


「こ……の……っ」


 剣が届かないことへの苛立ちか、アルティージェの顔から余裕が消えていく。

 そのせいかは分からないが、一撃を仕損じる。

 誘いでもなんでもなく、純粋なミス。


「だああああっ!!」


 チャンスとばかりに、今度は俺が叩きつけるように剣を振るった。

 アルティージェはすぐにも対応するが、防戦一方となる。


 形振り構わず、俺は剣を振るった。

 幾度となく剣戟が響き渡る。


 剣が折れるかと思える一撃を、何度も繰り出す。

 火花が舞う。


「いい加減に……!!」


 業を煮やしたように、アルティージェは戦法を変えようとした。

 剣だけでは埒があかない。

 そう判断したか、アルティージェは戦地を離脱し、咒を発現させる。


「消えろ!!」


 放たれる、真紅の業火。

 しかしそれを、


「――〝ザイオレスの嵐〟よ!!」


 黎の声が遮った。

 突如起こった圧倒的な暴風が、炎を吹き散らす。


 その業火はさすがに消えることは無かったが、道は開く。

 俺はそれを一気に駆け、再び打ちかかる。


「――まだ」


 アルティージェは目を見開いた。

 動揺ではないが、驚愕。

 咒法は防がれ、再び剣戦に引き戻される。


「この――」


 受ける。

 弾く。

 再び打ち込む――!


「たかがエクセリアの楔にすぎぬくせに!」

「知るかそんなこと!」


 アルティージェは確かに強い。

 ここにいる誰もが、一対一で臨めば勝つことなどできないだろう。

 これだけ打ち合っただけだが、それは何となく分かった。


 それでも、今は違う。

 俺は一人じゃない。

 エクセリアもいれば、黎もいる。由羅だってな……!


「はああっ――!」

「ち……!」


 俺の剣圧が増す。

 重くなる。

 打ち崩す。

 前進する――!


「――――」


 アルティージェが下がった。

 追撃を許さぬほど後ろへと飛び、そして。


「これまでよ」


 その全身から白い閃光が沸き立つ。

 髪が逆立ち、揺らめく。

 その圧倒的な熱量――これは。


「真斗!」


 隣に、黎が並ぶ。

 俺の持つ剣に手を添えて。


「行く……わよね」

「当然だ」


 ここまできて逃げる気など無い。

 正面からぶつかってやる……!


「なら、手伝わせて」


 有無を言わせぬ口調で、黎が剣を握り締める。

 剣から、水蒸気が溢れ出した。


「二度と凍らせてはだめ……全てを出し尽くして、ぶつけるの」


 黎は自分の生命力すべてを燃やして、この憎悪の剣を溶かしていた。

 凝固されていた力が、広がっていく。


「私……だって」


 もう一人が、俺の横へと来た。

 由羅だ。


「誰も、殺させないんだから……!」


 三度、由羅の髪が逆立った。

 俺らを包み込み、溢れ出す熱量。

 アルティージェが放つものと、全く同質なもの。

 力が満ちて、集まり、充実していく……!


「あははははっ。それで、勝てるとでも思っているの――――!?」


 ふざけるなと、アルティージェの感情が爆発する。


「消滅すればいいわ――!」

「私が行く!」


 まず飛び出したのは、由羅。


「〝三界打ち滅ぼすクォルティカ――――」

「〝光陰千年の息吹ラウザンド・ゼロ〟!!」


 二つの光がぶつかり合う。

 二人の放つものは、全く同質なもの。


 千年ドラゴンとしての全てと全てがぶつかり合う。

 天地が割れるかと思わせるほどの、激流。

 二つの力がぶつかり、相殺し合うその中で。


「これで、消し去ってしまって……。すべて」


 黎が微笑んだ。


「あとは任せるから」

 そのまま駆ける。


「〝氷解せし悪魔が涙レア・ザウハーグ〟!!」

「――天魔千年の吐息ザイザレフ〟!!」


 光の中、アルティージェの槍剣が振るわれた。

 圧倒的な一撃。


 由羅と同じ〝光陰千年の息吹ラウザンド・ゼロ〟を纏いながら、〝九天打ち崩す降魔が牙アリア・シャクティオン〟を打ち放つその威力たるや、まさに天地を滅ぼす勢いだった。

 大地が鳴動し、大気が悲鳴を上げる。


「くううううううううう――!!」

「はああああ――!!」


 由羅と黎が、それに耐え凌ぐ。


「ふふ、あはははははは――。いつまで頑張る気――!?」

「っあう……!」

「ぐ……!」


 黎の直撃を受けた由羅は、もはや余力など無い。

 一方の黎は素手だ。氷の剣を手しているならばともかく、溶かし得た水蒸気のみにて立ち向かった以上、それを使い果たせばもはやどうすることもできない。


 それでもなお、これを置いていったのは、俺に武器を残すため。

 最後の決め手となるべきものを、俺に託したのだ。


 覚悟は決まっている。

 由羅、黎、そして。


 これで、決める!


「行くぜ」


 誰もいはしない。

 それでも確かに、頷くエクセリアを感じることができたような気がした。

 地面を蹴る。

 力尽きる寸前の二人の間を駆け抜け、圧倒的な力の奔流の中へと飛び込む――――!


「くらえええええええええ!!」


 火がつく。

 氷涙の剣が、発火する。

 蒼い炎の軌跡を描いて、光を呑み込む。


「――――!」


 真正面から、シャクティオン降魔九天の剣を叩き伏せる。

 今だ――

 刻み込む。

 一瞬とはいえ硬直したアルティージェへと手を伸ばし、最後の一つを刻み込む。


「…………!?」


 アルティージェが目を見開いた。

 己の失態に気づくが、もう遅い。


 終の刻印がなされ、完成の証に鮮血が噴出す。

 まるで、あの時の由羅のように。


「よくもっ……!!」

「お前の負けだ――!!」


 支配は為された。

 しかし予想通り、アルティージェはその支配に耐えた。

 全霊をもって耐えてみせた。

 こいつのどうしても譲れぬ誇りだろう。


 上等っ……さすがだよ!

 それでも動きの鈍ったアルティージェに対し、この瞬間しか無いと確信していた俺は、迷わず切り伏せた。


「ぐっ………!」


 袈裟懸けに、斬撃が走る。

 鮮血が舞う。

 光が、弾ける。


 すり抜け、地面へと倒れこむ俺を、どこからか現れたエクセリアが支え、助け起こしてくれた。

 それでも立っていられなくて、両膝をついてしまう。


「…………」


 光が消える。

 周囲には、みんな倒れていた。

 黎も、由羅も。


 俺だって、立っているとはいえない。

 今更のように、無茶をした反動と疲労とが、全身を覆ってくる。

 だがその中にあって、アルティージェは膝を屈することなどなかった。


 こいつ、まだ……?

 身構えようとした俺へと、アルティージェは誰にともなくぽつりとつぶやいていた。


「なあんだ……。みんな、強いじゃない……」


 気だるげにそう言い、くすくすと笑う。

 しかしその声に、もはや力は感じられなかった。


「お前……?」


 違和感を覚えて、振り返る。

 アルティージェは大きな傷を受けたまま、俺を見ていた。

 その瞳が、今までと違っていた。

 怒りや侮蔑など、微塵も感じられはしない。


「お前、ではないと言ったわ……。アルティージェ、でしょ?」


 いつかのように、そう言う。


「ふふ、ようやく消えたわね……」


 何を言っているのか、すぐにはわからなかった。

 その視線の先には、氷の剣が――


「な……?」


 無かった。

 氷の刀身が、溶けて消えていたのだ。


「これでいい加減解放されるわ。由羅も……レネスティアも」


 満足そうに微笑む。


「エクセリア……あなたはどう? 今、どんな気分?」


 聞かれて、エクセリアは戸惑った。


「…………?」

「答えられない? でも悪くはないはずよ。そんな簡単なことに、今でも気づけないから馬鹿だというのだけど」


 そこでふう、と息をつく。

 全員を見やった後、再びアルティージェは俺を見た。


「そして真斗、か。まったく、見事に刻印を刻んでくれちゃって……」

「……けどお前、俺に支配なんかされてねえだろうが」

「それはまあ、ね。王として、いえわたし自身として、許せぬものというのはあるわ。それでも……まあ、あなたなら」

「……なんだよ?」

「少しくらい、戯れても悪くないかもね」


 それはどこまで本気だったのかは分からない。

 それでもそれはアルティージェなりの、賞賛だったのだろう。


「それにしても……ちょっと疲れたわね」

「もしかして、お前」

「なあに?」

「今までの、全部――」

「さあ、ね……」


 俺の疑問に答えることはなく、眠るようにアルティージェは瞼を閉じた。

 そのまま、倒れ伏す。


「――――」


 それきり、動かなくなった。

 風が吹き、気づけばその身体は、灰となって消え失せていく……。


「はあ……」


 俺は空を仰ぎ見た。

 どこまでも長い吐息が洩れる。

 どうやら――とりあえずは、終わったらしい。


「ふうん」


 今に至り、これまで観客に徹していたレダが、歩み寄ってくる。


「終わったのね」

「……だろうな」

「なかなかやるじゃない」

「俺はユウシュウ、だからな」


 普段はまず言わないような台詞を、誰かを真似て言ってみる。


「認めてあげるけどね」


 少し笑ってレダはそう言い、由羅の方を見やった。


「彼女を見るのも千年振り、か……。もらっていくわよ?」

「冗談じゃねえぞ」

「冗談じゃないわよ」


 あっさり切り返される。


「……馬鹿言え。こんだけ苦労して取り戻したあいつを、何が哀しくてお前に渡すかよ」

「別に悪いようにはしないわ。それに、あなたたち自身がそんなにぼろぼろなのに、彼女の面倒までみれるって言うの?」


 実はあんまり言えないことだ。

 俺自身、もはや一歩も歩けない。


「でしょ? そういうわけだから」


 言い切って、力の使いすぎで気を失っている由羅の元までいくと、軽々と肩に担いでみせた。


「あなたたちも、さっさとここから移動した方がいいわ。さっきのぶつかり合いで、結界は吹き飛んでしまったみたいだし。騒ぎになったら厄介よ」


 言われる通りだった。

 その証拠に、いつの間にやら雨が降り出している。


「それにしても、何なのかしらね。初代の千年ドラゴンには会えるし、アルティージェも出てくるし、レネスティアの小型みたいなのもいたし……」


 ぶつぶつとそんなことを言いながら、レダはその場から去っていく。


「……真斗、エクセリア様」


 ふらふらと、黎が近づいてくる。


「黎、無事か?」

「真斗こそ」

「俺よりエクセリアを心配してやってくれ。多分、一番頑張ったんじゃないのか」

「それは違う」


 エクセリアは、首を横に振った。


「力があっても、活かせなくば意味はない。そう意味で、そなたは私などよりもずっと」

「……別に、強けりゃいいってもんでもないさ」


 俺一人では何もできなかった。

 黎やエクセリア、そして由羅がいなければ、こういう終わり方はできなかったはずだ。

 それにもう一人、アルティージェ自身……。


 まあいい。あいつのことは。

 俺の想像が正しければ、そのうち何かあるだろうしな……。


「ところで、さっきのあいつ、誰だったんだ? レダ……とか呼ばれてた、あいつ」

「レダ・エルネレイス……。由羅やアルティージェと同じ。最後の千年ドラゴンよ」


 最後のって。


「まったく……」


 苦く笑う。

 あんなとんでもない力を持った奴が、三人もいるとはな。

 そんな連中が、こんな所で何やってるんだか……。


「はあ」


 疲れた。

 さすがに。

 眠ってしまうその前に、俺は黎へと一方的な言葉を投げかけて。


「なあさ。俺、これからのお前らに……期待していいんだろうな」


 それは希望。

 黎と、由羅のこと。そして、エクセリアのこと。


「お礼は、するわ……」


 黎はただそれだけ言って、俺を抱きしめる。

 とりあえずそれで安心して。

 俺は眠ることにした。

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