第73話 最強の王③

 それはまさに九天直下。

 あらゆるものを転落させる、非情な一撃。

 全てを薙ぎ払うその威力は、眼下に打ち落とされる。


「く――――!?」


 何も見えなかった。

 その凄まじいまでの威力は、落ちた場所での存在を、何一つ許そうとしないかに感じた。

 何者だって耐えられない。


 それを。

 エクセリアは耐えていた。


「…………!!!」


 相手の一撃は、まさに力ずくの存在否定。

 それに、全力で耐える。

 それは、いつまで続くのか。

 長くも、短くも――やがて結果がおとずれる。


 ズッ……!!!


 鼓膜が破れるような衝撃。

 為す術なく、俺達は吹き飛ばされていた。


「く――あ……」


 全てが収まった時、全身を打つ苦痛に俺は顔をしかめていた。

 もうどこが痛いのかすら分からないくらいに、激痛が全身を巡っている。

 俺に限らず黎も由羅も、吹き飛ばされている。


「…………!?」


 ハッとなった。

 エクセリア――あいつは!?


「ふふふ……あははは。なぁんだ。その程度?」


 俺がエクセリアを見つけたその場所に、アルティージェは立っていた。

 その足元には、ズタズタになって倒れている、エクセリアの姿。


「な――?」


 身体中は痛い。

 しかしそれだけだ。


 どこも壊れておらず、無事であることは分かる。

 しかしエクセリアは違った。


 その姿は、見るも無残なほどに、引き裂かれてしまっている。

 それでも五体満足であるのが不思議なほどに。


「観測者って言っても、大したことないのね。これじゃあなに? こんなのじゃ、イリスをどうこうしようなんて、初めから無理じゃないの」

「てめええ――!」


 立ち上がる。

 剣を拾い、打ちかかる。

 何度も何度も繰り返す。


「ふふ、なあに? ゴキブリみたいにしぶといのね。意外と」

「――黙れ!」


 横薙ぎに振るう。

 しかし受けることなく、アルティージェは後ろへと飛び、剣を持たぬ方の手を一閃させる。


 何をしたのか分からなかった。

 実際、何も起きない。

 俺はそのまま向かっていって――


「っく!?」


 それ以上、進めなかった。

 足が空回りをする。


 なぜだ?

 なぜ――


「お馬鹿さん」


 愉しげに、アルティージェはささやいた。

 両腕が、まるで何かに縛られたかのように、びくともしない。

 無理やり動かせば、手首から血が滲み出した。

 そしてそれは、空間に赤い糸の筋を形どらせて見せていく。


「これは……!?」

「見ての通り、わたしの〝絲魂しこん〟よ。千絲封せんしふうのね……」

「真斗……っ」


 駆け出す黎へと視線を転じると、アルティージェは手をまた一閃させる。


「くっ……!」


 見えない糸をかわし、距離を縮めようとする黎だったが、結局それは徒労に終わってしまう。


「無駄よ、無駄」


 何度目かで、捉えられた。


「――ぁッ!」


 全身に糸をかけられ、地面に叩きつけられる。


「黎!」

「あは。無様ね」


 黎を見下しながら、俺もまた地面へと打ち据えられた。


「ほら。今までの気迫はどうしたの? もう終わり?」

「くそ……っ!」


 何とか立ち上がろうと、全身に力を込める。

 しかし駄目だ。

 動かない。

 いったいどうなってるっていうんだよ……!


「ジュリィ――真斗……!?」


 こっちの惨状に、由羅が声を上げた。

 こちらに来ようとするが、足元がおぼつかずにその場で転倒してしまう。


 黎が放った咒法に対して、由羅は無傷に見える。

 しかしダメージそのものは深刻なようだった。

 動けていない。


「お、お願いアルティージェ……! それ以上、みんなにひどいことしないで……!」


 泣きそうになりながら、懇願する。


「駄ぁ目。由羅、あなたはそこで大人しく見ていなさいな」


 しかしアルティージェに、聞く耳などないようだった。


「でもまああなたに免じて、すぐに終わらせてあげるわ。楽に逝けるように、ね」

「そんな……! アルティージェ……っ!」


 それ以上は何も聞かぬという様子で、アルティージェは由羅から視線を逸らした。

 ――見下ろすのは、俺か。


「もう足掻かないの? いかに千絲封の片鱗とはいえ、百にも見たぬ糸に絡まれた程度で動けないなんて、あまりに拍子抜け。少しでもあなたに期待したわたしが愚かだったのかしら」


 くそ……動け、動け、動け……!


「呆れた。本当に駄目そうね。まあいいわ……。どうせなのだし、あなたの刻印はわたしが譲り受けてあげる。殺してね」


 アルティージェが、槍剣を掲げる。


「真斗……っ!!」


 黎の悲鳴。


「ふふ。さよなら――」


 振り下ろされる。

 駄目だと、そう思った。


 しかし。

 俺に突き刺さるまさに目前で、槍剣はあらぬ方向へと吹き飛んでいった。


「――――!」


 一瞬上空を見て、アルティージェはその場から退く。

 その場所へと、何者かが降り立った。


 軽い足取りで降り立ち、アルティージェの剣を弾き、地面へと突き刺さった見慣れぬ長大な斧を引き抜く。


「女……?」


 その背格好から、そう判断した。

 更に顔を上げて、間違い無いと確認する。

 この場に乱入し、からくも俺の命を救ったのは、見知らぬ女だった。


 いや。

 どこかで見た顔。

 どこで……?


「邪魔したかしら」


 その女はまずそう言って、周囲を見渡した。


「知った顔が殺されそうになってるみたいだったから、思わず助けちゃったけれど。何なの、これ?」


 俺のことなどどうでもいいような口調で言いながら、アルティージェの方を見て、不意に顔をしかめた。


「……あなた。どこかで……?」

「奇遇ね?」


 邪魔をされた当の本人は、なぜか気分を害した様子も無かった。

 侵入者の顔を見て、微笑む。


「この結界は、千年ドラゴンとして時の力を転化させて展開させているもの。同朋の由羅やあなたならば、素通りは可能ね」


 そう言いながら、嬉しげに落ちた槍剣を拾う。


「お久しぶりね。レダ・エルネレイス。千年ぶりになるのかしら」

「――――」


 息を呑む気配が、伝わってきた。

 レダと呼ばれた女は目を見張り、そしてまじまじと見返す。


「……まさか。あの時の………?」

「そう」


 嬉しげに頷く、アルティージェ。


「まさか、ここまで強く美しくなってくれるなんてね。本当に、嬉しいわ」


 その率直な感想に、戸惑いをみせるレダ。

 しかしそれも、長くはなかった。


「……あなたのことは知ってるわ。本来ならば敬意を払うべき方なのかもしれないけれど、私には」

「イリスがいるものね。いいわ。それにあなたにそんなもの、求めてなんかいないもの」

「助かるわ。……それより何なのこれ。何やってるの?」

「あなたこそどうしてここに?」

「私は……」


 応えながら、レダは周囲を見やり、由羅を見つけて視線を止める。


「あれを捜しにきたの」

「由羅を?」

「そうよ」


 頷くレダ。


「イリスさまからのご命令。生死を問わず、連れてこいってね。まったくどこの馬鹿か知らないけれど、あんなにイリスさまを怒らせるなんて、本当に命知らず。ま、身をもって知ればいいけど」


 そうつぶやいて、由羅の方へと歩き始める。

 それを。


「嘘は駄目よ?」


 あっさりと、アルティージェは言い切った。


「嘘?」


 レダが振り返る。


「そう、嘘。本当は助けに来たんでしょ? 九曜茜に頼まれて」

「…………」


 二人の視線が、ぶつかり合う。


「どうしてそんな風に思うの?」

「わかるわよ。違うの?」


 聞かれ、レダはやがて、溜息と共に頷いた。


「……違いやしないけどね」


 乗り気でないといった感じで、続ける。


「でも彼女を連れてこいという話は本当のこと。何でもあなたにさらわれたらしいから」

「否定はしないけど。それで、わたしが嫌だと言ったら?」

「私にとってイリスさまの命令は絶対だわ」

「ふうん……そう。今度はあなたが相手というわけね」


 くすくすと笑いながら、アルティージェは槍剣を地面に叩きつけた。

 その威力に、アスファルトは粉々に飛び散る。


「あなたならちょうどいい相手になりそう。ザコばっかりで、つまらなかったから」


 ザコっていうのは俺達のことらしい。

 言ってくれるぜ……!


「素直に返してくれないの?」

「そりゃあせっかく手に入れたんだもの。大事にしないとね?」

「ふん、そう」


 交渉は決裂したとばかりに、レダは大斧ハルバードを僅かに引き、構えを取る。


「――千年前と同じにしないでよね。後悔するわ」

「そう。その硝魔八凶の斧イクティオンがあなたに相応しいかどうか、確かめてあげるわ」

「……ちょっと待て……」


 二人の戦意が高まる中、俺は精一杯の力を込めて、立ち上がる。


「勝手に話を進めてるんじゃねえよ……!」


 糸の束縛は消えていた。

 アルティージェがレダの方に、意識を向け始めたからだ。


「しつこいわね。あなたなんて、地面に這いつくばってるのがお似合いなのに」


 いちいち嫌味を言ってくれる。


「くそったれが。さっきとどめを刺せなかったのを、後悔させてやる」

「本当に鬱陶しいわね。死に足りないのなら、いくらでも殺してあげるわ」


 殺気が、こっちへと転じられる。


「レダ? 悪いけど先にこっちを片付けさせてくれる?」

「……好きにすればいいけど。でも、まさかとは思うけど……侮ってはいないわよね?」

「こんなザコを相手に、何を侮るというの?」


 鼻で笑う。

 それを見て何を思ったのか、レダは一旦斧を収めて下がった。


「……火傷をしなければいいけどね」

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