第71話 最強の王①


     /真斗


 暗闇に、火花が散る。

 最大限の気迫を込めて、斬撃を打ち込んでいく。


 蒼い軌跡を描いて打ち込まれるそれを、一振りたりともかわすことなく、アルティージェはその槍剣で受けていた。

 どれもが重い一撃に違いないというのに、乱れることなくそれを受けていく。


「は――!!」


 剣戟が響く。

 今の俺の力は尋常ではない。

 エクセリアの借り物とはいえ、由羅にだって充分に対抗できる力がある。

 その一撃は、岩をも砕くだろう。

 しかし、その長い剣を砕くには至らない。


 剣の扱いに関して、その他の武器と共に、俺は幼い頃から修練を積んでいる。咒法の苦手な俺にとって、むしろ武器の扱いの方が得意分野だ。

 もっともその携帯性から、俺は銃やせいぜい短剣程度のものまでしか利用はしていなかった。


 しかし扱えないわけではない。

 呼吸に関しては、どれも同じだ。


「――ふふ」


 楽しげな声が洩れた。

 勢いの、風向きが変わる。

 長大な剣が、弧を描いて俺に襲い掛かる。


 速度は俺の方が速い。

 しかし威力は勝る。

 受けるは不利だったが、受けざるを得なかった。


 相手のリーチは長い。下手に間合いを開ければ、こちらの射程から離れてしまう。

 再び相手の懐に潜りこむのは骨だ。

 ――受ける!


「ち……っ!」


 刃を立てて受けねば刀身が砕けかねない威力。

 手が振動に痺れたが、構ってられない。

 即座に反撃に転じる。


「でやぁああああああ――――!!」


 思いつく限りの連撃を叩き込む。

 猛攻だ。


「――――」


 俺の攻撃を全て受けつつも、アルティージェの表情から笑みが消えた。

 少しずつではあるが、余裕を削ることができている。

 この機を逃さす、俺は息が続くまで叩き込んだ。


「ふん……っ!」


 受け難いと判断してか、初めてアルティージェが後ろへと退いた。

 同時に俺も限界で、背後へと下がる。


「はぁ――はぁ――はぁ――」


 そこから更に下がって、俺は息を整えた。

 ……いかにエクセリアの力を受けているとはいえ、俺は未だに元の身体に依存している。

 どんなに身体そのものの力が上がっても、やはり限界はある。それだけの力を、今放出しきったのだ。


「…………」


 存外早く、呼吸は元に戻った。

 一方で嫌な頭痛が頭に響く。

 身体の回復は早い。

 しかし力を受け入れている俺の精神の方は、徐々に亀裂が生まれ始めているようだった。


 だが、まだいける。

 それに、今の俺の目的はあいつを倒すことじゃない。

 ただ、黎と由羅から視線を逸らし、妨害させないことだ。

 そのためにはもっとこちらに関心を持たせ、没頭させねばならない。


「大したものね」


 素直ともいえる表情で、アルティージェはそうつぶやいた。

 槍剣を肩に背負い、くすりと微笑む。

 その顔には勿論、衣服にすらかすり傷一つ無い。


「さすがは観測者、というべきかしら。観測による本来在り得ないものの〝捏造〟……。この〝捏造〟こそ、あなたのもっとも忌むべきものだったのでしょうに」

「…………」


 ずっと背後で、エクセリアが眉をしかめた。

 しかし、何も応えはしない。


「まあ、それをそれなりに使いこなせている真斗も、少しは褒めてあげるわ。伊達に、紋章の継承者ではないということね」


 やはり、アルティージェはあの刻印のことを、充分に承知しているようだった。


「それとも、よほど信頼し合っているのか。即席にしては、大したものよ」

「ち……余裕ありげだな」

「だって余裕だもの」


 さっき僅かに見せた真剣な表情など微塵も無く、当然のようにそいつは言う。


「さあ……続きをしましょう。なかなかに楽しいわ」


 くそ重そうな槍剣をいとも簡単に振り回し、剣舞のように舞う。

 それはなかなか綺麗で美しくはあったが、見惚れているわけにもいかなかった。

 そんなことをしていれば、首が飛ぶ。


「次は、わたしの番ね?」


 舞い踊る。

 俺はそれを、


「――来い!」


 正面から迎え撃った。


     /黎


 何度、交錯したか。

 由羅の攻撃をかわし続け、咒法で迎撃する。

 しかし放つ炎も、氷も、由羅には通じない。

 傷をつけても、火傷を負わしても、そんなものはすぐに治ってしまう。


「はあ……はあ」


 息が乱れてきた。

 致命的な傷は何も受けていないが、体力がもたない。

 真斗達に補充してもらい、エクセリア様には生気を〝捏造〟までしていただいた。


 それでもそれらがどんどん失われているのが分かる。

 動けば動くほど、霧散していく。

 理由は分かってる。

 わたしの最大のエネルギー源であったエクセリア様が、もはや真斗しか見ていないからだ。


 それはそれでいい。

 アルティージェを抑えるには、絶対必要なことだ。

 わたしは残された力で、由羅と対峙せねばならない。

 そして刻印をあらわにする。


 由羅がこちらに近づいてくる。

 その顔は、無表情。

 それを見て、身勝手な感想がよぎる。

 こんな顔をするのは、わたしの妹なんかじゃない、と。


「……そうね。今のあなたはユラじゃない。憎む価値もない、ただのつまらないものよ」


 歩む足が、止まった。

 言葉が聞こえたからか。

 いや違う。

 咒の発動に気づいたからか。

 一歩、下がる。


「どうしたの? 立ち向かいなさい。この咒法など、あなたは一度破っているのだから」


 挑発し、わたしは咒を練り上げていく。


 ――我が知る・全なる者よ。

 善を厭い、呪いし者よ・災厄を愛し、導きし者よ。

 我が胎動・栄華の大路に響き、崩壊の旋律とならん。

 落とせ・落とせ・落とせ。

 落下の悪夢・否、奇蹟によりて・天地の交換、速やかならん。

 されば求め、望み、身を砕きて、天変に臨まん。

 下りし赤子の生誕に、我歓喜す。

 その涙・贄となりて、悪夢とならん――


 これは、かつてクリーンセスが最後の闘いに用いた、禁咒。

 レ・ネルシスでの闘いにおいて、悪夢と為ったユラスティーグを詠んだもの。

 千年殺しの大禁咒。


 あの時、クリーンセスは敗れた。

 全てが発動しきる前に、呑み込まれて、消えた。

 そして失われた。


 けれどあの時、わたしはその一部始終を見ていた。

 だから知っている。

 だから、扱える――!


 わたしの目前に、黄金の光が収束する。

 圧倒的な、力。

 最後の力をもって、搾り出す。


「…………」


 ユラは逃げない。

 ただ、何かを思い出すように両手を掲げた。

 白い閃光が、溢れる。

 ユラの髪が沸き立ち、逆立つ。


 先日見たものと同じ。

 彼女を中心にして湧き上がる熱量は、まともではない。

 けれどそれを見て分かる。

 それをわたしが見るのは三度目。

 だから、分かるのだ。


「――――ラクリマ・レ・ネルシス」


 最後の咒言を言い終える。

 ユラもまた、その収束し終えた力をわたしへと向けた。

 後はもう、お互い迷うことなど無かった。


「〝ダルディオヌの砕〟――――!!」


 黄金の光が轟く。

 破壊が破壊となる前の光。

 それが渦を巻いて、ユラへと迫る。

 それを、ユラは迎え撃った。


「――――〝光陰千年の息吹ラウザンド・ゼロ〟!!」


 白光が満ちる。

 溢れる。

 チャンスはこれが最初で最後と。


「真斗――――!」


 わたしは彼の名を、呼んだ。


     /真斗


 次々と繰り出される連撃に、俺は後退しながらも耐えていた。


「あははははっ! どうしたの? その程度!?」


 威力が増す。

 踊るように繰り返される、剣の舞。


「ちい――!」


 振り払う。

 しかしすぐにも取り付かれる。

 そして舞う。

 死の舞を。


「ざけんな――っ!」


 真正面から受け止める。

 刃と刃が悲鳴を上げる。


「強い、強いわ――もっと愉しませて!!」

「そうかよ畜生!」


 精一杯の動作で受け切り、押し返す。

 まるでお互い紐で繋がっているかのように、離れてもすぐにぶつかり合う。


 ったくこいつ、女のくせに何て馬鹿力してんだくそったれ………っ!!


 両腕の感覚が消えかけている。

 だが構っていられない。

 今この瞬間の感覚が無くとも、動きはする。俺の命令は、間違いなく腕に届いている。

 感覚が無かろうか、関係無い。


「だああああっ――――!」


 反撃する。


「やるじゃない!」


 愉しそうに、アルティージェは声を上げる。

 間違いなく、愉しんでいる。

 それでいい――それで。

 俺だけを見てろ。

 盲目になれ。

 あいつら二人のことなど目に入れるな――!!


「うらぁ!!」


 更に一撃。

 アルティージェの剣が揺らぐ。


 もう一撃!

 アルティージェはもうこちらしか見ていない。

 けど俺は違う。

 常にあの二人のことを見ている。

 見ていなければならない。


「真斗――!」


 黎が声を張り上げた。

 しかしその声を、俺は渾身の力を込めた一撃で、打ち消す。


「――――ッ!」


 その威力の前に、さすがにアルティージェが顔をしかめた。

 今の声が、こいつに届いたかどうかは知らない。

 だけど俺が気づいていない振りをすればいい。

 それでアルティージェは引き付けられる。


 ――悪いな黎。

 結局勝手にやらせてもらうぜ……!

 俺自身の目的はすでに定まっている。


 伸るか反るか。

 賭けてやる――!

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