第42話 ジュリィ・ミルセナルディス①


     ◇


 落ち着いたのは、近くの公園。

 途中で買い込んだ朝飯を持って、ベンチに腰を落ち着ける。

 最遠寺は立ったままで、こちらを見ていた。


「そんじゃ……まず最初に聞かせてもらうぜ」


 そう前置きしてから、俺は続ける。


「これからどうする気だ?」


 昨夜のことよりも、まずはそのことを聞いた。

 最遠寺は苦笑する。


「どうもこうも……。わたしはあの異端を狩るわ。変わりはない」


 ふむ……予想通りの返事、か。


「俺が……昨日あいつに言ったこと、覚えてるよな?」

「あの子を許す、と?」

「ああ。今もそのつもりだ。ならお前は……俺をどうする? 前言通り、用済みは処分か?」


 皮肉に聞こえたのか、最遠寺はわずかに顔をしかめた。

 すぐに、元に戻りはしたが。


「その気はないわ。あなたはわたしの大事な協力者だもの。昨夜のは、ただの狂言。わかっているでしょう?」

「わかっていても、不快だ」


 答えたのは、茜。


「それに本当に狂言だったのだと、私は信じているわけじゃないぞ」


 剣呑な口調なまま、茜は最遠寺をねめつける。


「――ごめんなさい」


 あっさりと、最遠寺は頭を下げた。


「でも、必要だったの。わたし達は、決着をつけなくては終われないと……ユラにも、桐生くんにも……わかって欲しかったから」


 それはどんな説得もきかないと、言外に語っていた。


「ユラには逃げられたけれど、あれであの子は……絶対にわたしを殺そうとするでしょうね。それでいいのよ」

「なにがそれでいいんだよ」


 俺は不機嫌になって言った。


「俺はそういうのが嫌だから、やめてくれって言ってるんだろうが」


 少なくとも由羅の方は、何とかなりそうだった。

 最遠寺が邪魔さえしなければ。


「ならばユラについて、わたしを殺す?」

「お前なあ」

「だとすると、わたしは笑いものね。味方を作ったつもりが、実は敵を増やしていただけということだったのだから」


 自棄っぽく、そんなことを言う。

 あくまで表面的に――であったが。


「ああ笑ってやるよ。くそ」


 まったく……。


「――黎」


 茜が、言葉を滑り込ませてくる。


「真斗のことはともかく、少し話してもらおう。お前自身のことを」

「……わたしのことを?」

「そうだ。お前があの異端を執拗に追う理由を。それに、お前が何者なのかも」


 確かにそれは、聞いておきたいことだ。

 最遠寺の動機。由羅と何があったのか。


 それに、最遠寺自身のこと。

 いくら最遠寺家の者とはいっても、あの由羅とああも戦えるのだ。どうもその正体は、ただものじゃない。


「聞いて、どうするの?」

「判断する。最初は協力するつもりでいたが、再検討したい。お前が私が協力すべき相手かどうか。少なくとも私は、騙されるのは嫌いだ」


 つまり茜自身、自分のこれからを決めたい――というわけか。


「確かに……。今のままでは、この先もあなたの協力は得られないでしょうね」


 そうつぶやくと、最遠寺は小さく頷く。


「いいわ。もうここまできたのだから、全て話しましょう。……まずは名前からね」

「名前?」

「偽名ということか」


 首をかしげる俺とは対照的に、茜がそう言う。


「む?」

「聞いていなかったのか? あの異端が、何度か黎のことを指して呼んでいただろう。最遠寺黎とは違う名を」


 そうだったっけかな……?

 記憶を探ってみるが、あんまり思い出せない。

 まあ俺、あんまり余裕無かったしな……。


「九曜さんの言う通りよ。最遠寺黎という名は、ただの偽名。まあこの国で動くには、この国らしい名の方が、動きやすいと思ってね」

「じゃあ、本名は何ていうんだ?」

「ジュリィよ。ジュリィ・ミルセナルディス」


 ジュリィ、ね。

 明らかに外国のものだと分かる、名前だった。


「ちなみに桐生くんが由羅と名づけたあの女の本名は、ユラスティーグ・レディストア。そんな名前よ」

「……確かあいつ、自分の名前覚えてなかったよな」


 辛うじて頭の部分だけ覚えてて、ユラと名乗ったってわけか。


「――ミルセナルディスだと?」


 俺があいつのことを思っていた一方で、茜が怪訝な声を上げていた。


「どうした? 茜」

「いや……。その名前はアトラ・ハシースで聞いたことがあるような気がして……」

「博識ね」


 微笑んで、最遠寺がそんなことを言う。


「ミルセナルディス。この名は、最初の魔王の姓。レイギルア・ミルセナルディスの」


 ……魔王?


「――ああ、そういえば」


 言われて、茜が頷く。

 俺にしてみれば、初耳だけど。


 もちろん、魔王という存在のこと程度は知っている。

 実在したかどうかはともかく、異端の中で、魔族やら妖魔やらと呼ばれている存在は、その血を受け継ぐ者であるとか何とか。


「現在に至るまで、悪魔との契約によって魔王となった人間は、四人いるわ。レイギルア・ミルセナルディス、シュレスト・ディーネスカ、クリーンセス・ロイディアン、そしてフォルセスカ・ゼフィリアード」

「はあ」


 と言われても、俺には知らない名前ばかりだ。

 九曜家でも、そんなことまで習わなかったし。


「なん……だと?」


 俺にはまったく縁の無かった名前でも、茜にとってはそうではなかったらしい。


「今なんて……ゼフィリアードと言ったのか……!?」


 驚きつつ詰め寄られて、最遠寺は小さく頷く。


「ええ。ゼフィリアードと言ったわ。最後の魔王、フォルセスカのね。もっとも彼に関しては、フォルセスカという名前以外、伝わってはいないけれど」

「まさか……」

「そうだったわね……あなたはあの方をご存知だったものね。迂闊だったわ……」


 少々口が滑ったと、そんな表情になる最遠寺。


「知っているのか!? あいつのことを!」

「お会いしたことはないけれどね。でも……九曜さん。今あなたが疑問に思ったことを、決して本人に聞いては駄目よ?」

「……どうして?」

「どうしても、よ。知りたければ教えてあげるけど、あの方にだけは言っては駄目。いい?」

「わかった、けど……」


 釈然としない茜だったが、もっと釈然としないのは俺だ。


「おいこら。俺に全然わからん会話を二人で進めるなって」

「そうね。九曜さん。この話はまた後でにしましょう」

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