第41話 救いの手か、それとも


     /由羅


「ん……」


 誰かが私に触れている。

 それに気づいて、私は目を覚ました。

 視界に映ったのは、見覚えのある光景。自分の部屋だ。


「ようやくお目覚めね」


 横から、どこか嬉しそうな声が響いて――私はびっくりする。


「え、なに……!?」


 だってこの部屋に、自分以外の誰かがいたことなんて、ないから。

 驚く私とは対照的に、そこに座っていた少女は、とっても優雅な微笑をこしら拵えて、口を開いてきた。


「おはよう、由羅。勝手にあがらせてもらったけど……いいわよね?」

「あ、え、あ……え?」


 私はこの状況がちっとも理解できなくて、たぶん、笑われるくらいに動揺しまくっていた。


 えっと、確か昨日は……。

 まずはと記憶を探って――顔をしかめた。


「……私、何でこんなところに」

「それはね」


 説明してくれたのは、目の前の少女。


「わたしが助けてあげたから。あの場所から、ね」

「あなたが……?」


 そうだ。

 昨日の夜――わたしはジュリィと戦って。

 真斗と……会って。

 でもジュリィにやられてしまって……。


「あっ」


 私は思わず刻印のある手を見た。

 そこに、相変わらず刻印はされている。

 でも……痛く、ないのだ。それこそ全然……。


「それならば、わたしが封印しておいてあげたわ。綺麗でいいけれど、少々痛いでしょうから」


 事も無げに、言ってくれる。


「封印って……あなたが? 中和……じゃなくて?」

「中和はもうできなくなってしまったからね。仕方無いから、左手そのものを封印したの。だから注意してね? 今のあなたの左手は、いつものように力を振るえないから」

「あ、ありがとう……」


 何でそんなことをしてくれたのかと思うよりもまず先に、口から出たのはお礼の言葉だった。

 そんな様子の私を見て、少女は気を良くしたように、続けてくる。


「覚えている? あなたの左手は、更にもう一回、呪われてしまったの。そのせいで、うまく結界が張れないというわけね」

「呪われた? でも、そんなの……?」


 首をかしげたが、すぐに思い出した。


『汚れるがいいわ……!』


 確か――ジュリィがそう言っていた。

 あの女を貫いた時に、そんな風に。


「あの、時……」

「そう。あの女、自分の血を媒体にして、ちょっとした咒をかけたようね。解けないわけじゃないけど、まあ面倒くさい代物には違いないわ。あなたの様子から、そんなに時間をかけるわけにもいかなかったし。だから封印という形でとりあえず、ね?」


 ちゃんと理解できたわけじゃなかったけど、とにかく――自分は助けられたのだ。

 それは素直に嬉しかった。

 相手の意図なんかを考える前の、感情ではあったけど。


 でも……同時に身体が震え出す。

 昨夜のことを、鮮明に思い出せば思い出すほど。


「よくも……」


 自分でもぞっとするくらい、暗い声。

 私の記憶に残っているのは、自分がやられたことなんかよりも、ジュリィが……真斗を、殺そうとしたこと。

 それに……。


 嫌な光景まで思い出してしまい、私は頭を振った。

 長い髪が振られて少女にもぶつかったけど、彼女は気にする風も無く、こっちを見つめている。


「真斗……。――真斗は? 真斗は大丈夫だったの……?」


 思わずすがるように、私は尋ね聞いた。


「ああ、彼ね」


 ちゃんと知っているのか、少女は頷く。


「大丈夫でしょう。恐らくね」

「で、でも……だって……」


 そう言われても、安心はできなかった。

 私は真斗を助けるつもりだったけど、それができなかったのだ。


 その後のことを考えると、不安で不安でたまらない。

 そんな私の様子を見て、興味を覚えたように少女の瞳が妖しく光る。


「ふぅん。ずいぶんご執心ね?」

「え、な、なに?」

「だから、その真斗という人間」

「だって……真斗は……」


 真斗会ってからあんまり時間もたっていないけど、それでもその時間は不快ではなかった。むしろ楽しかったくらいだ。


 出会いは最悪だったけど、昨日真斗は……許してくれるって……。

 なのに……。


 ぐすり、と涙が込み上げてくる。

 同時に怒りも湧いてくる。


 ――と、そんな私の感情を包み込むように、少女は私を抱きしめていた。


「な、なに……?」


 私はびっくりして、あたふたするしかなく。

 けど、どうしてだか撥ね退けることはしなかった。


「あなた、いいわ……。わたしはね、そういう純粋な感情が好き。良くも悪くも……ね?」

「ね、ねえ……?」


 戸惑いながらも、私は今更のように――尋ねる。


「あなた、誰なの……?」

「わたし? わたしはね……」


 くすりと笑った後に。

 少女はその名を名乗った。


     /真斗


 柴城興信所に行くと、まるで待っていたかのように事務所で最遠寺が座っていた。

 ついでに上田さんの姿もある。


「思っていたより、早かったわね」


 そう言う最遠寺には、ぱっと見た目、昨夜負ったはずの重傷の様子などは見当たらなかった。


「待ってた……ってことか。ちょうどいい。俺らもお前に話があったんだ」

「そうね」


 最遠寺も頷く。


「場所を変えましょう。ここじゃあ……ね?」

「そうだな」


 事務所には、所長はもちろん東堂さんの姿もある。

 明らかに、こちらの方を注視していた。


「ってなわけで所長、ちょっと出てくるな」

「なんだ。内緒話か?」


 所長の言葉に肩をすくめ、ああと頷く。


「そんなとこだよ」


 適当に答えた後、俺と茜、そして最遠寺は外へと出た。

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