第36話 幼馴染の説得②

「説得……?」


 首を傾げる茜。


「とりあえず、あいつを殺そうとするのはやめてくれないか」

「なに……?」


 単刀直入に言った俺へと、茜は更に不審げな顔をみせる。


「説明しろ」

「ああ」


 俺は茜に向けていた銃口を外して頷いた。


「殺し合うのはけっこうだが、その前にあいつの意志を確認したい。これから先もずっと、同じことを繰り返していくつもりなのかって、な」


 確かにあいつは人を殺していた。

 しかし俺と再会してからは、恐らくやってはいない。


 俺に刻印を刻まれて、そんな余裕が無かったからか、それともそれ以外の理由なのかは知らないが。

 それに再会してからのあいつは、そんな様子など微塵も無かった。


「俺だって人を見る目くらいあるつもりだ。あいつが更正できるかどうかくらい、判断つくさ。あいつがこれからはしないって言うんだったら、俺は約束通りに刻印を何とかして、助けてやりたいと思ってる」

「……黎の話では、お前はあれに殺されかかったんだろう? 記憶が戻っていないからかもしれないが、あまりにもお人好しすぎるぞ」


 まあ、非難はもっともかもな。

 けど、決めたことだ。


「記憶なら、今朝方戻ったよ」


 よく分からない経緯ではあるが、とりあえずらしきものは戻っている。


「確かに俺はあいつにかなり痛い目に遭わされてたよ。普通だったら許せないくらいのな」


 だが、普通じゃないのだ。

 少なくとも俺の場合、そうだった。


「だから考えが変わった……ってわけでもないか。俺自身にもよくわからねえけど。人間っていうのは不思議なもんで、ちょっと出会い方の順番が変わるだけで、印象一つ変わってしまうものらしい。俺にとっては記憶を失っていたことが、その原因だろうな」

「それで、あれを許そうと、そう決めたのか」

「いや、そいつはまだだぜ」


 それはこれからだ。


「言っただろう? あいつの意思を確認してからだって。あいつが結局これからも、お前らが言うようなことを続けるんだったら、俺はあいつのことは諦める。きっちりと恨みを返す――と言いたいところだけど、まあ感情的に無理だろうから、お前らを止めたりしない。好きにすればいい。でもあいつがずっと、この数日間のように生きていくって言うんだったら、俺はあいつの味方だ。お前らを止めてでも、な」


 それが、俺の結論。


「でもまあ……まずはあいつと話さなきゃいけないだろ。本当はお前らとやり合う前に由羅を見つけたかったんだけど、捜せなかった。おかげでこんな時間になっちまったというわけだ。で、あいつと話すにはまずお前らを止めないといけねーってわけで……」

「まず私を?」

「ああ。最遠寺と違ってお前なら、多少は話しやすいからな。最遠寺は……何か無理な気がするから、強引にでも割って入るつもりだ。その時に、少なくともお前には邪魔して欲しくない」

「……そうか」


 茜は頷いた後。

 俺へと無造作に銃口を向けた。

 まあ予想通りか。


「帰れ。私の目的はあれの抹殺だ。妥協の余地はない」


 ……ったく。


 相も変わらず頭が固いよな。

 仕方無いといえば、仕方無いんだろうけど。


「俺は引くつもりはないぜ? 何の覚悟もなく、ここに来たわけじゃない」


 同様に銃口を向けて、俺は言う。


「力尽くで、私を止めるっていうのか?」

「希望じゃないが、結果的にそーなるかもな」


 俺は不敵に笑ってやった。

 正直俺にあいつを止めることができるとは思えないが、それでもやらなきゃ始まらない。


「この分からず屋が」


 少し怒ったように、茜は言って。

 俺たちの戦いが、始まった。


 あらゆる面で、茜の方が俺より上だ。

 けれど、現実はずいぶん予想と違っていた。

 幾度かの交錯を経て、驚いているのは茜だけではなく、俺自身もそうだった。


「お前――?」


 茜が口を開く。

 俺にも身体能力を強化する類の咒は扱えるが、ごく初歩的なものだ。

 茜が使っているような恒常的にかけて、己の一部にしてしまうようなものなど、扱えるわけもない。


 もちろんその効果だって違うわけで、俺は基本的な身体能力に関しては、茜に敵うはずもないのだが。


 なぜか、互角以上に俺は渡り合うことができていた。

 あいつが弱いわけじゃない。

 やけに身体が軽くて、信じられないくらいに力を出せて、また反応できてしまうのだ。


 理由は分からないが、明らかに俺の身体は以前とは違っていた。

 跳べるはずのないところまで跳べ、今までだったらかわせないような茜の一撃をかわし、また受けることさえできた。


 むしろ、やけに力の出せるこの身体を、俺はうまく扱えないほどだった。


「――いったい何をした……!?」


 声を上げる茜。


「俺が聞きたいな」


 茜の短剣の一撃を銃で跳ね除け、間合いができたところで口を開いた茜へと、俺も曖昧な返事しか返せない。


「馬鹿を言うな。アトラ・ハシースの中でもここまでの動きができる者なんて、そうはいないんだ。九曜にいて、何かしたのか」

「それはないな」


 俺は断言した。


「俺が由羅とやりやった時には、こんなことはできなかったんだ。できてたのなら、逃げることくらいはしてたと思うぜ」


 そう、あの時は出来なかった。

 ということは、変わったのはその後……か?


 俺が失っていたあの時の記憶。

 それは確かに戻ったが、それで全てが把握できたわけではない。


 俺に記憶を戻してくれたあの少女と、最遠寺の言っていたことは少し差があった。それも、俺の生き死に関して。


 その時に、俺の身体がどうにかなった可能性がある。

 思いつくのは、それくらいだ。


 気にはなるが、今は好都合だった。

 茜に引けをとらずに戦えるということは。


「どういうことだかわからねーけど、今はお前をおさえてみせるぜ。それで絶対に、納得させてやる」

「いいだろう。やってみろ!」


 再度の、交錯。

 茜と本気でやり合うのは、ガキの頃以来だ。

 一度も勝てたことは無かったが、今日は同じようには終わらせない。

 終わらせるわけには、いかない。


 今までになかったスピードで、一気に俺の懐へと侵入してくる茜。

 刹那の間に、あいつが逆手で持った短剣の刃が、俺の喉元を掠めてくる。

 避けていなかったら、間違い無く致命傷だ。

 俺を殺す勢いで、あいつは短剣を振るう。

 いや。


「ラグン・レデス!」


 突如膨れ上がったのは、咒法の炎。

 湧き起こった炎は、あいつだけを避けるようにして、一瞬にして俺を囲む。

 その炎がこっちを完全に包み込む前に、俺は茜へと体当たりをかけた。


「――!?」


 炎に囲まれ、一旦退くと思っていたのか、逆に俺に跳び込まれたことで、あいつの顔に一瞬動揺が走る。


 そのままがむしゃらに体当たりをして、俺と茜は地面をごろごろと転がっていく。

 俺を襲おうとしていた炎も、すぐ近くに茜がいるせいで、ぎりぎりの間を保ってそれ以上は近づいてはこない。


「――お前が優秀な咒法士で良かったぜ。俺だったらこうはいかない」


 倒れこんだ茜に銃を突きつけて、俺は言ってやる。

 この炎はよほど飼い慣らされているらしく、決して茜に危害を加えたりしてこない。もし俺が同じものができたとしても、誰彼かまわず襲っていただろう。


「勝ったつもりか?」


 答えてくる茜の声は、澱み無くて。


「!」


 俺は思わず仰け反る――その喉を、短剣の刃がかすめた。

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